テラーノベル
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太陽はとっくに暮れ、月が昇った頃、敬虔な賢人はベンチに座って一階の隅にある若木を観察していた。青白い光をほのかに出す枝の一部にはすでに蕾がついていた。デイリークエストやらで若木を愛でにくる星の子も光学者も今日はいない。特に何事もなければ今日は静かに植物の観察に励むことができる…
「プエ」
はずだった。
顔を上げると降りてきたエレベーターに小さな星の子と精霊が乗っていた。
「賢人か。またそんなことをしているのか?」
ため息混じりに声をかけるのは念動力。彼におててを繋いでもらっている星の子が先ほどの鳴き声の主だろう。
「どうも、こんにちは。」
賢人は立ち上がって丁寧にお辞儀をする。
「その子が数ヶ月前にやって来たっていう件の新入りさんですか?」
「ああ。」
地に着いたエレベーターから飛び降り、星の子は小さな足取りで賢人のもとへ駆け寄ってくる。彼の足元で挨拶をするように一鳴きした。賢人はそれに応え、手を合わせて深く礼をした。
それが面白かったのか星の子は目を輝かせ何度も鳴いた。
「どうしたのですか?念力殿がこんなところまで来るだなんて。」
短い間隔で鳴き続ける星の子を落ち着かせながら彼が言う。
「そいつ…ヲーリーが、部屋の外を見てみたいと言って聞かなくてな。仕方なく、仕方なく、こうして連れて来てやってるわけだ。」
「ははあ、それはまた。なんとも。子育てらしいですね。よろしければ私も同行しましょうか?」
賢人の提案に念動力は顔をしかめる。なぜそんなことをする必要がある、とでも言いたげな顔に彼は答える。
「ほら、念力殿一人だとこう、漠然とした不安がありますから。」
「どういう意味だ」
「例えば三階や四階の高いところでヲーリーさんを放置したりとか…」
「私がそんなに非人道的に見えるのか?」
「念力殿ならやりかねませんよ!」
「…」
笑って自信満々にそう言う彼に対する苛立ちと念力を抑えきれず髪がざわつく念動力を横目に賢人は姿勢を低くしてヲーリーの手を取り、エレベーターを指差す。
「では、行きましょうか、ヲーリーさん。書庫を案内しますよ!」
三階より上は建物かどうかすら怪しかった。まるで夜空が無限に広がっているような感覚さえ覚えさせるほど、壁や床らしきものが見当たらなくなっていた。
浮いている足場を進むと屋根のある所につく。その脇には一階にあった若木と同じ色、同じ光をした大木が立っていた。
「どうです?圧巻でしょう!」
胸を張って木の前に立つ賢人。ヲーリーは木を下から上までじっと見つめて、プエと鳴いた。
「お前は本当にそればかりだな…理解できん。」
「いつかわかる日が来ますよ。ヲーリーさんは植物は好きですか?」
ヲーリーはこくりと頷いて幹に触れる。不透明ではあるが透き通っているようだった。見上げると、枝の先には葉が点々とついていた。
根は地面に埋まっていたが、地面と木の間にはいくらか隙間があった。ヲーリーでもギリギリ通れそうにない小さな隙間だ。
「もう良いだろう、行くぞ。」
退屈したのか念動力は踵を返して歩き始めた。賢人もヲーリーの手を引いて名残惜しそうに彼に続いた。
四階は宇宙だと言われても頷けるほどだった。足場として利用できる空中に浮く岩、この空間に点在する三つほどの小さな建物の残骸、エレベーターの周りを旋回する透明なマンタ、とても現実離れしていた。
「とりあえず、一番上まで行きましょうか!」
「は?」
マンタの一匹に乗せてもらい、賢人は最も長く高く続く道のてっぺんを指差す。
「正気か貴様!誰が好き好んであんなところ…!」
「念力殿体力ないですもんね。」
「黙れ!」
「四階を一望できますよ!さあ行きましょう! 」
張り切ってマンタから足場に飛び移る賢人に呆れ果て、念動力はエレベーターに戻ろうとする。
「まったく…あんなやつ放っておいて上行くぞ、ヲーリ…」
手を掴もうとしたが空振りに終わった。振り返るとすでにヲーリーは賢人の後を追っていた。
「…はあ…」
深くため息をついて、念動力もまた彼らを追いかけた。
「記憶の語り部は…?いないのか…?」
「あの子は今日は花鳥郷に行っていますよ。」
「またか…」
足場に飛び乗ったり、高い足場によじ登るのはかなり骨の折れる作業だ。小さなヲーリーは持ち上げてもらったり引き上げてもらったりなどの助けが必要だった。
すでに息が上がった念動力は表情ひとつ変えずにポンポン上がって行く賢人を信じられないという顔で見上げている。
「さ、頑張って!頂上までもう少しですよ!」
頂上からは四階の全体が見下ろせた。下を見ると気が遠くなりそうだった。
「もうちょっと外に出て体力つけたらどうですか?念力殿。」
膝に手をついてゼエゼエ呼吸する念動力に賢人は言う。
ヲーリーはキョロキョロあたりを見回して、別のところも見ようと崖の端を歩き回っている。
「黙れっ…マンタを使えば良いものを…何故わざわざ歩いて行かねばならんのだ…!」
「語り部さんがいないから私たちは彼らを従わせることはできませんぞ。」
「ぐぬぅっ…!」
「それはさておき、いかがです?眺めがいいでしょう!どこに行きたいですか、ヲーリーさ」
ぱっと横を見ると、そこにいたはずのヲーリーは跡形もなく消えていた。
「…ヲーリーさん?」
「落ちたか…?」
下を見てもヲーリーの姿はない。ふと階層の中央に目を向けると、あったはずのエレベーターがない。まさかと思い視線を上げるとすでにエレベーターは上の階へと上がっていた。
「あーーーーー!!!」
「急に大声を出すな!」
「ヲーリーさんが一人で上に行っちゃいました!!!」
「はあ!?」
「追いかけましょう念力殿!」
「ま、待てまだ体力が」
有無を言わせぬ勢いで賢人は念動力の手を引いて来た道を駆け降りて行く。エレベーターは止まらない。
遠くに大きな生き物が見える。四階で見たマンタと似ているが、まるでそれが何匹も繋がっているような見た目の生き物はゆっくりとエレベーターの周りを漂っている。
ヲーリーはそれに顔を向けて、一声鳴く。マンタからの返事はない。エレベーターはぐんぐん昇っていく。
上空にある程度の大きさの島?が見えてきた頃、ようやくエレベーターは止まった。ヲーリーは立ち上がって辺りを見回すが、これ以上行けそうなところもない。
するとふわりと体が浮いた。一匹の透明なマンタがヲーリーを持ち上げているのだ。マンタはエレベーターがある場所を軸に回りながら上へ上へと行く。陸地の上でヲーリーを下ろし、マンタはもともといなかったかのように消えてしまった。
遠くから子供の声がする。ヲーリーが顔を上げるとそこには自分と同じ星の子が二、三人遊び回っていた。島の奥ではいくつかの石像の前に座っている人影が見える。
「おやおや。もう帰ってきたのかね。」
それに向かって一歩踏み出そうとした時だった。後ろの方から声がする。
ヲーリーが振り返ると、椅子を背負い、髭を生やした精霊がいた。彼は浮いていた。地面から数十センチ離れたところにふよふよと浮いていた。
ヲーリーがプエと返事をすると、精霊は首を傾げる。
「はて?もう全員言葉を話せると思っておったが…」
精霊はヲーリーの顔をまじまじと見つめ、ハッとして手を打った。
「そうか、別の者か!はっはっは、すまんのう、歳を取ると物覚えが悪くなるもんでの。」
精霊はにこやかに笑うとヲーリーの頭を撫でた。
浮遊をやめ、地に足をつけて姿勢を低くし、ヲーリーに手を差し出す。
「さあ、使命の子よ。大精霊様に用があるのじゃろう?一人が不安ならばわしがついていってあげよう。もっとも、すぐそこであるがの。」
ヲーリーは精霊の顔と差し出された手の間で視線を行き来させ、訝しげな雰囲気を残しつつ彼の手を取った。
精霊は手が握られるのを確認するとゆっくり歩き始めた。
「さっきは使命の子と言ったが…それはお前さんたちよりも前の世代の話じゃった。」
裸足で草を踏んで駆け回る星の子は二人など気にも留めない。
「新しく命を授かったのかのう?よく来てくれた。ここは静かで良いところじゃろう。」
ゆっくりと、しかし着実に近づいていく。
「大精霊様には一度は会ったか?」
ヲーリーが頷くと精霊は「穏やかなお方じゃろう」と続けた。また頷いた。
石像の前で祈りを捧げていたのは書庫の大精霊だった。ぴしっと正座して手を合わせ、頭を前に少しだけ傾けて、動かない。
少し離れたところで精霊とヲーリーも正座して大精霊を見守っている。精霊は少し身を屈めて小さな声で言った。
「大精霊様はお祈り中だから、大きな声をだしてはいかんぞ。」
「あっコラ」
言われてすぐにヲーリーは大鳴きした。大精霊はそれに反応し、頭を上げ、手を下ろして、ゆっくり振り返った。その表情は怒りでも驚きでもない、全てを予測していたように落ち着き払っていた。
「こんにちは。」
ヲーリーと精霊、大精霊が向かい合って正座する。
「あなたは、この前の子ですね。もうここには慣れましたか?」
ヲーリーは頷く。
「それは良かった。ところで念動力はどこへ?」
ヲーリーは首を横に振る。
「ほう、念力殿がこの子を育てておるのか?」
「はい。私から頼みました。」
「ははあ、それはまたなんとも面白い。」
大精霊はふと、ヲーリーが周りではしゃぐ星の子をじっと見ていることに気づいた。
「彼らはあなたと同じ星の子です。あなたの先輩達ですよ。」
ヲーリーは大精霊に視線を向け、再び星の子達へと戻した。
「…一緒に遊びたいのですね。」
大精霊の言葉に星の子は目を輝かせ何度も激しく頭を縦に振った。
「いいですよ。気をつけて遊んでおいで。瞑想、引き続き見守りをお願いします。」
許可が降りるとヲーリーは急いで立ち上がって遠くにいる同族達へと駆けて行った。
瞑想と呼ばれた精霊、瞑想する修道士は片手で髭をいじりながら得意げに頷いた。
「ヲーリーさーーーーーん!」
賢人達がようやく最上階へと辿り着いた。元気そうな賢人とは対照的に念動力は膝をついて息を整えている。
「はあっ…は…ヲーリ…はあ…」
念動力が顔を上げると、ヲーリーは他の星の子達と手遊びをしていた。
足が棒のようになりながらもヲーリーの後ろまで移動して声をかける。
「ヲーリー…!」
ヲーリーは手を止め、振り返る。声の主を認識するとぱっと顔を明るくして手遊びなど忘れたかのように念動力に抱きつく。
「一人で勝手に行動するなっ…馬鹿者っ…」
疲労が滲み、思うように大きく出せない声で叱りつける。が、怒られているとは毛頭思っておらず嬉しそうなヲーリーを見下ろすと怒りも霧散してしまった。深くため息をついて念動力はその場に座り込んだ。
そばにいた星の子は念動力を見上げ首を傾げる。見ない顔だった。彼は大抵は二階のあの部屋に閉じこもっているから。
賢人もすぐに駆けつけた。遠くで瞑想している修道士を一瞥して顔の向きを戻すと、いつのまにか隣で座っていた大精霊に驚いた。
「念動力。」
大精霊の声で念動力はびくりと肩を跳ねさせ、振り向く。
「大精霊様…」
「子供から目を離してはいけませんよ。」
優しい声で諭され、イライラはするものの相手が相手なので強くは出れなかった。
「…善処します…」
「私の無理難題を引き受けてくれて、本当にありがとう。」
「…命令ですから。」
「そうですね。命令でした。」
穏やかに笑う大精霊にため息をついた。
一方賢人は念動力の膝の上に座るヲーリーを見ながら星の子達に手遊びを教えてもらっていた。
書庫は依然として夜だった。しかし最上階には夜らしい寒さはなく、暖かさがあった。
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