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突然目の前に現れた上司に俺は動揺を隠せない。その場に片膝をつき、レオンの姿をした上司の動向を窺う。額には汗が浮かび呼吸も乱れてきた。ヤバい、ヤバい、ヤバい……
「いつから……?」
いつからだ……いつからレオンの体に入り込んでいたんだ。まさか、今までのレオンの行動は全て……
『ああ、ついさっきだよ。キミも知っての通り、ボクは実体のある体を持っていないからね。話をするにはその都度、依代が必要になる。今回はたまたまこの少年の体を拝借した。そうだな……5分くらい前かな』
そもそも目を覚ましたのが数日前らしい。あからさまにホッとしてしまった。レオンが長時間お上に乗っとられていたのではなくて良かった。
『それはそうと……この子凄いね。人間とは思えない強い力の持ち主だ。メーアレクトの血が入ってるみたいだから、純粋な人間とはいえないのかもしれないが……ここまでの力を持って生まれる人間は、後にも先にも出てこないだろうな』
稀にこういう異質なのが生まれてくるから生き物というのは面白いと、お上はけらけら笑っている。
「お上、その子供に手は……」
『……相変わらずキミはヒトに甘いね』
お上が俺に近付いてくる。俺は地面に俯いて、徐々に大きくなっていくお上の足音に耳を傾けた。まるで沙汰を待つ罪人のようだな。実際似たようなものだけれど……
『ルーイ……ボクが今この場にいるのはどうしてだか分かるかい?』
「はい……」
『だよね。キミのお仕置きが終わるのは後700年先だったはずだ。それと……キミ、時間の流れを弄っただろう? しかも理由はたった1人の人間の運命を変える為にだ』
お上はクレハのいる方向を横目で見やった。クレハはお上の手によって時間を止められているため、視線を向けられても微動だにしない。
クソが……全部バレてやがる。呑気に昼寝なんてしてるから大丈夫だと思ったのに。
『10年程度なら気づかれないと思った? それはちょっとボクを侮り過ぎじゃないかなぁ』
お上は膝を曲げて腰を落とすと、俺の顎を片手で掴み取った。強引に上を向かせられ、至近距離でお上と見つめ合う。怒っているのか、それとも呆れているのか……両方だろうな。真綿で首を絞められているかのように、俺はじわじわと追い詰められていく。
『ルーイ、ボク達神は常に平等でなくてはならない。人間は勿論、この世界に生きる生物全てに対し客観的な視点を持ち、かつ傍観者に徹すること。たまに刺激を与えてみるって意味で、多少関与する場合もあるけれど、間違っても個に執着するなんて事はあってはならないよ』
「執着だなんて大袈裟ですよ。クレハの……あの人間の子供の事を仰っているんでしょうが、あいつの命を救ったのだってただの気まぐれです。それこそ、お上の言う刺激って奴です」
『そうかなぁ……』
「偶然ではありましたが、あの子供が宝石を壊したことで俺は外に出ることが叶ったのです。少し浮かれていました……申し訳ありません」
ここは素直に謝り、殊勝な態度を見せておく。多少なりともお上の機嫌を取っておかなくては……
「それに刺激と言ってもたかが人間の子供1人の生き死にが、この世界全体に与える影響なんて無いに等しいでしょう。お上が気にするような事ではありませんよ」
見た目はレオンの姿だが、内側から滲み出ている気配がヒトのそれではない。特に今は故意に力を隠さず、俺を威圧しているからな。プレッシャーに押し潰されそうだ。
『ふーん……。ボクは優しいからね、今回はそういう事にしておいてあげようか。ただ、勝手に出てきた罰はしっかり受けて貰うからね』
俺の足元を中心に、丸く円を描くように地面が輝きだした。そこから無数の光の帯が現れ、俺の右手首に何重にも絡み付いていく。
「お上!! 何をっ……」
『そんなに人間が好きならさ……一度人間として、同じ場所で生きてみるのも面白いんじゃない?』
払い除けようと七色に輝く光に手を伸ばす。すると、バチッと大きな音を立て、俺の手は弾かれてしまった。光に触れようとした左手が微かに痺れた。俺の力ではどうする事もできないと思い知らされる。抵抗するのは無駄だ。俺は歯痒い気持ちを抱え、光が収まるのをただ眺めるしかなかった。
その後……まとわりついていた光が散っていき、はっきりと見えるようになった俺の右手首には、細い鎖が巻き付いていた。思い切り引っ張ったら千切れるのではと思うほど華奢な物だ。見た目はただの鎖にしか見えない。
『それは、どこにでもある何の変哲もない鉄の鎖だよ』
そっと鎖に触れてみる。お上の言う通り普通の鎖だ。体の方にもこれといった異変は感じない。狐につままれたような面持ちで小首を傾げる。しかし、直前にお上が言っていた言葉が引っかかる。人間がどうとか……
『一見するとただの鎖だけれど、これにはボクの術がかけられている。外したり無理やり壊そうものなら、その時は今までの比じゃない位キツいお仕置きが発動するから覚悟しておくといい』
「なっ……!?」
『鎖はキミの力にも反応するよ。つまり……この鎖がある限り、キミは魔法は一切使えないというわけだ』
人間と同じようにって……そういうことかよ。しかも力自体を奪い取るのではなく、あくまで俺の意志で使わないように制限する……お上らしい嫌らしいやり方じゃないか。
「期限は?」
『あれ? 結構あっさり受け入れるんだね。そうだなぁ……じゃあ100年くらいにしようか』
「100年……」
『人間の寿命が大体これくらいなんだろ? 彼らと同じ様に生活するわけだから、それに合わせてみよう。ほんとボクって優しいよねぇ……たった100年なんて昼寝してるうちに終わっちゃう』
寛大な処置に感謝してくれたまえと、お上は嘯いた。白々しい……俺がクレハ関連で力を使えないようにするのが目的だろう。この先、クレハが目の前で困っていても、俺は魔法を使って助けてやることができない。もどかしい思いをすることになる。
「お上、ちなみにキツい仕置きというのはどんなものなんでしょうか?」
『それは秘密。分からない方が怖さが増すだろう』
ほんと、腹立つ性格してるわ。口が裂けても言えないけど……
『さて、用事は済んだことだし……ボクは帰ってもう一眠りしようかな』
お上がそう呟くと、止まっていた時間が動き始めた。まるで何事も無かったかのように……
「ルーイ様!! レ、レオン……?」
クレハが俺に向かって叫んだ。お上の術が解かれたようだ。ただならぬ雰囲気の俺とお上……姿はレオンを見て困惑している。
「クレハ、動くな!! その場でじっとしていろ」
こちらに向かって来ようとしたクレハを慌てて制止した。お上はまだこの場にいる……追加で何をしてくるか分からないのだ。完全にいなくなるまで安心はできない。しかし、お上はクレハには構わず、俺の方を見据えたまま話を続けた。
『ルーイ、甘やかすのは今回限りだよ。あんまり好き勝手すると……次は無いかもね」
脅しのような一言を俺に言い渡す。その直後、レオンの体が一瞬ビクッと跳ねた。今の俺には気配を探ることはできないが、お上はレオンの体を解放してここから立ち去ったのだろう。
俺は崩れ落ちるように尻餅をつくと、緊張状態を緩和するため大きく息を吐いた。
「……これからどうすんだよ」