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「起きてください」
「ん?どうした?」
野営での見張りが終わり翌日。移動中の馬車の中で寝ていた俺は、ミランに起こされた。
「何かあったようです」
そう教えてきたミランの視線の先を辿ると……
「あれは馬車か?」
「そうですね。上の方には騎士の方が見えますね」
俺たちの視線の先には、落差10mくらいの崖があり、かなり危険な場所に見える。馬車はそこから落ちたようだ。
「確かに落ちたらやばいが……実際落ちるもんか?」
道幅は10メートル以上はある。崖の反対は斜面になっていて道もくねっているけど、馬車同士がすれ違っても余裕があるように見える。
「普通は落ちませんね。どのみち私達も通るので、騎士の方に聞いてみましょう」
わからなければ人に聞けだな。
「止まれ!」
騎士から停止の合図がかかる。
「何かありましたか?」
馭者をしていた聖奈さんが騎士に尋ねる。
「馬車が落ちた。救助に向かいたいが、ロープがない。持っていないか?」
地球産の登山用のザイル(クライミングロープ)ならある。
流石に人命には変えられないので、聖奈さんに頷きを返した。
「あります。異国のロープで良ければですが」
困ったら外国製と言うことにしていたので、この言い訳で通す。
「なんでも構わん。一刻を争う故、早く貸してくれ」
落ちているのは俺たちが乗っているような幌の馬車ではなく、お貴族様が乗っているイメージの箱型のタイプだ。
騎士の焦り具合から、どうやら自分達の雇い主でも落ちたのかな?
俺は荷物を漁り、ザイルを騎士に渡した。
「助かる。ん?変わった色だな…」
カラフルな色のロープが珍しいのだろう。騎士は少しザイルを見つめた後、思い出したかのように行動を開始した。
「結構人がいるな」
「そうだね。騎士さんだけでも10騎いるもんね」
「その他にも荷馬車が一台ありますね」
大名行列を小規模にしたようなものかな?
「ザイルを留めるものがないから、荷馬車に結んでいるな。
長さは50mくらいあるから余裕だろう」
「私達はここにいても良いのかな?」
「出来ればザイルを回収したいから仕方ないな」
「何か言われてから退ければいいでしょう。いくら騎士様やお貴族様でも、ロープを貸した私達に問答無用で危害を加えるとは思えません」
流石にそこまで横暴ではないか。
そんな国ならすぐにクーデターや革命が起きそうだもんな。
「おっ。下に着いたようだぞ。鎧を脱いで軽くなったとはいえ、素人がこの崖を降りるとはな。
俺なら無理だな」
「セイくんは私達が落ちても置いていくのかな?」
「そうなのですか?」
ヤバい…ホームなのにアウェイになってしまったぞ……
「2人が落ちたなら、転移で助けに行くから安心してくれ」
よし!完璧だな!
「…そういうことじゃないんだけどなぁ」
「…」
どうやら間違えたようだ。よくわからん。
「おっ!壊れた馬車の椅子を使って、担架を作っているな。
担架ごと下の人を引き上げるみたいだ」
咄嗟の判断が凄いな。騎士団とかではそういう役目の人なのかな?
どうやら無事に引き上げられたようだ。
助け上げられた人は、ミランより少し年上に見える男の子で、腕の裂傷から血が溢れている。
この世界でも止血の概念があるようで、心臓に近いところを固く縛っている。
その少年は痛みと出血で顔が真っ青になっていた。
「セイくん…」
聖奈さんが懇願してくる。
「はぁ。仕方ない。助けるか」
俺は馬車の奥から医療セットを持ち出すと、馬車はミランに任せて聖奈さんと騎士達に近づいていく。
「失礼します。私達は医学の心得があります。
良ければ応急処置をさせて頂けないでしょうか?」
聖奈さんが助ける方なのに、えらく下から出た。
まぁ、『無礼な奴!』とか言われて斬られたらかなわんからな……
「少し待て」
騎士はそう言うと、上役と思われる男性に声を掛けて何やら話をしている。
戻ってきた騎士は、神妙な顔つきで俺たちに告げる。
「治療を頼む。こんなところで死なせてはならないお方だ。
無事に終えたなら、礼をしよう」
それは助けられなかったらどうされるのですか?
とは、聞けない。いざとなれば転移で馬車まで移動しようと、俺は心構えを新たにした。
患者の男の子の所へ行った俺達は、一先ず様子を確認する。
「大丈夫だよ。少しチクッとするけど、その後は痛くないから頑張ろうね」
聖奈さんは兎に角男の子を安心させようと話しかけている。
流石だ。俺ならちゃっちゃと治療に掛かっていたな。
俺は医療セットから麻酔と注射器を取り出して準備をした。
その後は綺麗な桶に魔法で水を張る。そして、医療針と糸を用意した。
「少しちくっとするね」
聖奈さんは手慣れた様子で、男の子の患部近くに注射をした。
注射が出来るようになるまで、俺は聖奈さんの練習台にさせられたからな。
麻酔が効いたのを確認した後は、患部を水で洗い流した。
「どうだ?」
「血管は大丈夫そうだよ」
「骨折は?」
「レントゲンがあるわけじゃないからわかんないけど、動くみたいだから安静にしてたら良さそう」
血管が無事なら、後は消毒して縫えば俺達に出来ることはおしまいだ。
もちろん手先が器用な聖奈さんが丁寧に縫った。
「一先ずは、これで大丈夫です。ただ頭を打っていたようなので、一晩は様子を見てください」
治療を終えた聖奈さんが騎士に伝えた。
「ありがとう!治療の代金とお礼は、王都に着いたら渡そう」
「私達が勝手にしたことなのでお礼はいいです。下の馬車の他の人は?」
「そうはいかん!これを王都にある王城の門番に見せれば、案内がある。必ず受け取りに来るように。
下の者だが…他は息をしていなかった」
騎士から階級章のような物を渡された。
「そうですか。では、これで」
話を終えた聖奈さんと一緒に、馬車まで戻ることに。
「大丈夫でしたか?」
心配したミランがすぐに話しかけてきた。
「大丈夫だ。助からなかった人もいたようだが、聖奈が治療した男の子は無事だ」
俺がミランに答えると、すぐに聖奈さんが馭者席に乗り込み、出発を告げる。
「じゃあ行くよー」
聖奈さんは掛け声と共に馬車を走らせた。
その日の夜、王都まで後半日の場所で、俺達は野営をすることに。
「じゃあ、王族の方でしょうか?」
「多分ね。もしかしたら騎士の人が勤めてるのが王城かも知れないけど、口振りからはその可能性が一番高いと思うよ」
「良かったな。聖奈の待ち望んだ展開だぞ」
「うーん。私的には、王子様よりお姫様を助けたかったなぁ」
うん。その拘りは、よくわかんないや。
「じゃあ、月も出たし行ってくるよ」
「ミランちゃん、よろしくね」
「はい!お気をつけて」
ミランを残し、俺と聖奈さんは転移魔法で一旦家を経由して、地球へと帰った。
マンションへ帰った後は、それぞれ携帯の電源を入れて、聖奈さんは税理士さんから連絡があったみたいだから電話をしている。
「ん?メッセージが来ているな」
何何…!?
「忘れてた…」
そこに書かれていたものは……
『お父さんが纏まって取れた休みは、来月の最初の週よ。良い温泉宿を期待しているわね』
温泉旅行があったな……
まあ、聖奈さんに頼めば問題ないからいいか。
「お待たせ…」
聖奈さんのテンションが下がっている。
何か問題があったのか?
「どうした?」
「あのね。新しいバイトが決まったの」
「?それは良かった。ハーリーさんも、胡椒を心待ちにしていたからな」
「明日!来るの!だから…私だけ…王都を…お預け…」
それでテンションが低いのか……
「いや、それなら俺とミランは、聖奈の予定が空くまで野営しながら待つよ。
急いでいるわけじゃないからな」
「聖くーん!」
いや、泣き真似しながら抱きつくほどのことか?
「それはいいんだけど、例の温泉の日付が決まったんだ。任せて良いか?」
「うん!任せて!それで、私は明日一杯はこっちにいるから、会社に送ってくれたら予定通り砂糖とかを転移させて、そのままミランちゃんのところに帰ってね。
明日は夜に会社で待ってるから、バイトさん達のことは気にせず転移してきてね」
「俺は運転が減るから助かる。じゃあ、そうしよう」
俺達は会社に向かった。
道中聖奈さんが明日は何をするのか聞いてきたが、そんなもん予定にないからわからん、とだけ返しておいた。
会社に着いた俺は、車の鍵を聖奈さんに預けると、異世界へと戻った。
「そうでしたか」モグモグ
うん。ミランは食べながら話すのをやめられそうにないな。
諦めよう。小動物みたいで、これはこれで可愛いし。
ミランと合流した俺は、日本の弁当屋で買った弁当とミラン用のデザートを食べていた。
ミランは相変わらずデザートを美味しそうに食べている。
「だから明日は近くの魔物でも探して討伐しようと思うが、どうだ?」
「いいですね!いつもと違い2人での討伐なので、良い鍛錬にもなりますしね!」
鍛錬…?本番なんだけど……
「じゃあ明日に備えて今日は馬車で寝よう。俺も流石に寝ないときついから、交代での夜番な」
「はい。では私から寝ますね」
俺はホントはダメだが、することがないので酒を飲みながら夜番をする。
酔っ払ってもちゃんと機能する魔力波様様だな。
今日も月夜が綺麗だ。
月の神様にも何かお礼をしなくちゃな。