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 部活終わり。汗の匂いがまだ少しくすぶる部室から解放され、カバンを背負って駐輪場へ向かう。からりと隙間のある道を通って、福は自身の自転車の鍵を開ける。カチャン、と軽快な音が鳴った。その後、荷物やらなんやらをカゴの中に放り投げて、自転車を押していく。押して、正門のところまで漕いでいると、正門付近に見知った少年の姿が見えた。福はその少年を知っていた。

「……颯真」

 その少年の名前を呼ぶ。颯真と呼ばれた少年は嬉しそうに福に手を振った。福は手を振り返すことはなく、颯真の近くで自転車を停めるのみだった。

「なにしに来たの?」

 福はその少年、綾部颯真綾部颯真あやべそうまを見上げるように気だるげにたずねる。

「福さんに会いたくて」

「それだけの理由でわざわざここまで来たの? 家と逆方向じゃん」

「それでも、福さんに会いたかったんです。最近、連絡くれないから……」

 颯真は寂しそうに目を逸らす。福ははあとため息を吐いた。

 綾部颯真は中学の頃の一個下の後輩だ。同じ部活に所属しており、家の方向も同じということでよく二人で帰ることが多かった愛嬌のある後輩だ。そして、今の福の恋人である。始まりは福が中学三年に、颯真が中学二年になった春のこと、誰もいない校庭の桜の木の下でずっと好きだったと告白をされた。

「だとしてもだよ、こんな真夏の太陽の下で待つもんじゃないって。もう少し涼しいところで連絡でもしてくれればよかったじゃん」

「でも、福さん、俺からの連絡見ないでしょ?」

 う、と言葉に詰まる。それもそのはず。颯真はただ福にとっての自分の存在意義を誇示するだけのための道具にすぎないのだから。

 恋人がいる。恋人が自身を思ってくれている。待ってくれている。連絡してくれる。それだけで愛されている感じがする。顔を葛西にすり替えてしまえば、葛西と付き合えてる擬似体験ができる。……そんなことを颯真に言うことはできないけれど。

「……でも、ありがとう。最近は一人で帰ることが多かったから、颯真がいてくれて嬉しい、かも」

 颯真は嬉しそうに唇にぎゅっとに力を入れて、ぱあっと顔を輝かせる。そして、福をぎゅっと抱きしめる。

「……ねえ、外で抱き付かないでくれない?」

「無理ですよう……こんな、こんなに可愛いんですから……」

 はあ、とため息が出る。でも、嫌ではなかった。愛されていると実感ができたからだった。

「それじゃ、早く帰りましょう! 俺、福さんとイチャイチャしてたいんです」

「……僕、もうすぐテスト……ていうか、颯真は今年受験生でしょ。勉強しなくていいの?」

「俺は優等生だから大丈夫。福さんの通ってる高校には余裕で入れるよ」

「それって僕のことバカにしてる?」

「バカにするわけないじゃないですかあ。こんなにも素敵な福さんに、わざわざバカにでいるほど、俺はできた人間じゃないんで」

 くふふと笑う颯真。それに合わせて笑ってみるが、いつバカにされてもおかしくないと思った。恋人でもない男女と無差別に体を重ねて、本当の恋人には長年の想い人を重ねて付き合い続けている。なんて、最低なクズなんだろう。いくら温厚な颯真だって、福の本性を知れば幻滅するはずだ。……なんて恐ろしい。

「ねえ、福さん。福さんの後ろに、乗らせてくれません? 今日は歩きできたんです」

「はあ? お前、中学からここまでどれだけあると……」

「だって、そうしたら、福さんは俺を後ろに乗せてくれるでしょ?」

「はあ……なんて罪なやつ」

 颯真は福の自転車の後ろに乗り、ぎゅっと福の胴を抱きしめる。湿った汗が背中を伝って、なんとなく匂いが気になったが、気にするのも面倒だったため、そのままペダルに足をかけた。そして、かけていない方の足で地面を蹴った。

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