テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夕方。
任務帰りの長瀬ゆきは商店街を歩いていた。
両手には紙袋。
こころに頼まれたお菓子。
臨時に頼まれたジュース。
結び屋で使う備品。
思った以上に荷物が増えていた。
「重い……。」
小さくため息を吐く。
その時だった。
「ねぇ。」
後ろから声がした。
ゆきは振り返る。
そこには見知らぬ女性が立っていた。
長い黒髪。
柔らかい笑顔。
優しそうな人だった。
「長瀬ゆきちゃん?」
「え?」
ゆきは目を瞬かせる。
「なんで私の名前……。」
「知ってるから。」
女性は当然のように答えた。
「私、若菜。」
「若菜さん?」
「うん。」
若菜はにっこり笑う。
そして。
「ねぇ。」
「はい?」
「雷ちゃん知らない?」
聞いたことのない名前だった。
「雷ちゃん?」
「うん。」
「誰ですか?」
若菜が不思議そうな顔をする。
「知らないの?」
「はい。」
若菜は少し黙り込んだ。
それから鞄を開く。
「じゃあこれ。」
取り出したのは一枚の写真だった。
何度も見返したのだろう。
角が少し擦り切れている。
若菜はそれを宝物みたいに扱っていた。
ゆきは写真を見る。
そこに写っていたのは一人の少女。
茶髪。
内側だけピンク色の髪。
少し不機嫌そうな顔。
「可愛い人ですね。」
ゆきが言う。
若菜は嬉しそうに笑った。
「でしょ。」
まるで自分のことを褒められたみたいだった。
「私の大好きな人。」
ゆきはもう一度写真を見る。
知らない人。
そのはずだった。
でも。
何か引っかかる。
目元。
表情。
雰囲気。
どこかで見た気がする。
「……あれ。」
ゆきは写真を凝視する。
そして。
思わず呟いた。
「りいさん……?」
若菜の目が見開かれた。
「知ってるの?」
声が大きくなる。
ゆきは驚いた。
「え、はい。」
「会ったことあるの?」
「あります。」
「今どこにいるの?」
一歩。
若菜が近付く。
「結び屋です。」
「結び屋。」
「はい。」
若菜の顔がぱっと明るくなる。
本当に嬉しそうだった。
今にも泣きそうなくらい。
「生きてたんだ。」
ぽつりと呟く。
「よかった。」
その言葉だけ聞けば。
ただの知り合いだった。
でも。
ゆきは何となく違和感を覚える。
嬉しそうなのに。
どこか怖い。
そんな感覚。
「今はりいさんって呼ばれてます。」
ゆきがそう言った瞬間だった。
若菜の表情が固まる。
「……りい?」
「はい。」
「りいさんです。」
沈黙。
若菜は写真を見る。
何度も。
何度も。
何度も。
「そんな名前じゃない。」
小さな声。
「え?」
「雷ちゃんだ。」
写真を胸に抱き締める。
「ずっと。」
震えた声だった。
「ずっと雷ちゃんだった。」
ゆきは困ったように笑う。
「でも本人がそう呼んでほしいみたいで。」
若菜が顔を上げる。
その目を見た瞬間。
ゆきの背筋が冷えた。
笑っていない。
さっきまでの優しい雰囲気が消えていた。
「本人?」
「は、はい。」
「誰が決めたの。」
声が低い。
「えっと……。」
「誰が。」
若菜の肩が震える。
怒っている。
ゆきは本能で理解した。
「その名前。」
「誰が付けたの。」
怖い。
理由は分からない。
でも怖い。
逃げた方がいい。
そう思った。
「わ、私は詳しく知らなくて……。」
若菜は黙る。
写真を見つめる。
まるでそこにいる誰かと話しているみたいに。
数秒後。
若菜は笑った。
「そっか。」
優しい笑顔。
だけど。
さっきの目を見てしまった後では。
その笑顔すら怖かった。
「ごめんね。」
「いえ……。」
「驚かせちゃった。」
若菜は写真を大事そうに鞄へ戻す。
「また会おうね。」
そう言って歩き出す。
ゆきはその背中を見送った。
心臓がうるさい。
嫌な汗が流れる。
「……なんだったんだろ。」
ただ。
一つだけ分かることがあった。
あの人は。
普通じゃない。
その頃。
若菜は人気のない路地を歩いていた。
鞄から写真を取り出す。
茶髪の少女。
神崎雷。
若菜の大好きな人。
「りい。」
小さく呟く。
知らない名前だった。
自分の知らない時間。
自分の知らない人生。
自分の知らない誰か。
「嫌だな。」
若菜は笑う。
でも目は笑っていない。
「そんな名前。」
写真を撫でる。
優しく。
愛おしそうに。
「雷ちゃんは。」
声が震える。
「雷ちゃんなのに。」
しばらく黙り込む。
そして。
ぽつりと呟いた。
「結び屋。」
その名前を覚えるように。
確かめるように。
「そこにいるんだ。」
若菜は微笑む。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
「待っててね。」
写真を胸に抱く。
「迎えに行くから。」
その笑顔は。
恋する少女のようでもあり。
何かが壊れている人間のようでもあった。
コメント
2件
わあ…第16話、めっちゃ怖かったし切なかったよ…😥 ゆきが荷物抱えてる日常シーンからの、あの若菜さんの登場。写真見せて「雷ちゃん知らない?」って聞くところ、もう何か違うってわかるのに、ゆきが「りいさん?」って言った瞬間の空気の変わり方、ほんとゾッとした…。 「そんな名前じゃない」「誰が決めたの」って声、もう完全にヤンデレだよね。最後の「迎えに行くから」の笑顔、恋してるのか壊れてるのかわかんない感じがたまらなくて、続きが気になって仕方ない…💔 るあのすけさんの描く“闇”の温度感、すごく好きです…ちゃんと受け取ったよ🌙