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そんなことを思いながら、貴弘は、あのあばら屋敷の前に立っていた。
自分が居ない数日の間に、すっかり様変わりした家を見て、あれから長い年月が流れたのかも、と不安を抱いたのだ。
今、中から、のどかが出てきても、霊かもしれん。
『貴方のお帰りをずっとお待ちしてましたのに……』
……とは霊になっても言いそうにはないが、と思ったとき、家の中からのどかと泰親猫が飛び出してきた。
「社長っ、お帰りなさいっ」
とのどかは、なんとなくだろうが、抱きつきそうになって、あわわわ、という感じに逃げていた。
泰親の方は迷うことなく飛びついてきて、足に爪を立てながら落ちていく。
いたたた……と顔をしかめながらも、貴弘がふかふかの泰親を抱き上げると、泰親は頬に頭をすりつけてきた。
……何故か、泰親が俺に懐いている。
そして、のどかもいつもより、懐いている。
何故だっ？ と思いながら、貴弘はすぐ側でニコニコと自分を見上げている、のどかを見た。
しばらく居なかったから、寂しくなったとか？
押して駄目なら引いてみるのが正解だったとかっ？
とかいろいろ考える。
じゃあ、一年くらい姿を消していたら、俺にラブラブになるのだろうか、と思ったが。
油断ならない連中とのどかが、みんなで楽しく寮で暮らしている姿しか浮かんでこない。
……一年経ったら、綺麗に忘れられてそうだ、と思いながら、貴弘は目の前にある、かつて、あばら屋敷だった建物を見上げた。
「なんだ、この素敵な古民家は」
外壁も綺麗に直された小洒落た古民家が草むらに出現していた。
家が綺麗になったせいで、雑草だらけの庭が余計目立つようになってしまったのが、ちょっと困りものだが。
「大工さんたちが頑張って急いでくださったんですっ」
と言うのどかの横を作業着を着たおじさんが笑いながら通っていく。
「いや～、来週、雨が降りそうだったからね。
外はちょっと急いでみたんだよねー」
「あ、蒲田さん、甘いコーヒー、買ってありますよー」
とその大工さんに声をかけているのどかは、すでに業者の人たちと打ち解けているようだ。
ありがとよっ、と言って、蒲田という大工は八神の住居だった方のスペースに入っていく。
「あ、成瀬社長、お疲れ様です」
と後ろから、飯塚が現れた。
今、様子を見に来たところのようだ。
暑そうに額を拭っている飯塚にのどかが、
「飯塚さん、いつものとこにクーラーボックスありますので、お好きなのを」
と言っていた。
「やあ、ありがとうございます」
と言ったあとで、飯塚は笑顔で言ってくる。
「住居の方、八神さんもお困りでしょうから。
先にやっておきましたよ。
帰って寝るだけなら、明日にも入れます」
「そうなんですかっ？」
と手を打つのどかを貴弘は呆然と見る。
「おっ、かなり出来てるじゃないか」
背後からまた声がしたと思ったら、外回りの途中で寄ったらしい綾太と中原だった。
中原が、ふうん、という顔で、素敵な古民家と化したあばら屋敷を見上げ、
「雑草カフェにはもったいない家になりましたね」
と言う。
「……どういう意味ですか」
とのどかが苦笑いして言っていたが。
そのとき、
「どうした？」
と綾太が青ざめている貴弘に気づき、訊いてきた。
「いや……、気の利きすぎる設計士をクビにしようかと思って」
ええっ？ と飯塚が横で叫んでいた。
呑気に構えていてはいけなかった。
前髪しかないチャンスの女神は張り倒してでも、こちらを向かせないといけなかったようだ……。
すっかり出来上がっている寮の廊下に立ち、貴弘は、そんなことを思っていた。
今、自動販売機が搬入されたのだが。
聞きつけた八神まで戻ってきて、のどかと二人、喜んでいる。
……自販機、早く来るよう頼んだの、こいつらだな、と貴弘は思う。
のどかと八神は自販機にお金を入れただけで、手を打ち、はしゃいでいる。
まあ、家の中に自販機って、ちょっと嬉しい感じはするが、と貴弘が思っていると、
「明日から、大工さんたちにはお金をお渡しして、これで買っていただいた方が冷たくていいかもですね。
甘いコーヒーもありますし」
とのどかが言ってきた。
なにか買っては喜ぶ二人を眺めていると、八神が、
「成瀬。
あと、カップ麺の自販機とホットドッグとかの自販機が欲しいな」
と振り向き言ってくる。
「じゃあ、カフェいらないじゃないか」
と思わず、言ってしまい、今度は、のどかに、ええっ!? という顔をされてしまった。
「なんだか幸せです……」
とのどかがあの中庭の草原で缶コーヒーを手に言う。
……俺が一ヶ月近く一緒に居ても、のどかに言わせられなかったセリフを缶コーヒーが、
と自販機のコーヒーに負けた貴弘はのどかの横で膝を抱えていた。
八神たちは仕事に戻ったので、二人で草原にしゃがんで、綺麗になっていく家を眺めていたのだ。
それにしても、明日にはもう此処に住めるとは。
綺麗になった家に早く入りたいだろうから、すぐに入るんだろうな。
此処でも、のどかと暮らせることには変わりないが、他の連中も居るし。
のどかに迫るなら、今夜しかないのか？
と思ったとき、のどかが、ふふふと笑って言ってきた。
「社長が居ない間に、家も変わったけど、私も少し変わったんですよ」
な、なにが変わったんだ、のどか。
男ができたとかっ？
と中原に冷静に、
「いや、絶対ないです」
と言われそうなことを思い、貴弘は焦る。
のどかは案の定、
「なんとっ。
給料日が来たので、貧乏じゃなくなったんですっ」
と平和なことを言い、笑って貴弘を見た。
「今日、お食事にご招待しますね～。
あっ、お仕事のご都合がよろしければですけどっ」
実に嬉しそうに、ぜひ、おごらせてくださいっと言ってくる。
あまり、こちらがおごりすぎるのも、のどかのような性格だと負担になるようだ、と気がついた。
でも、夫婦なんだから、なにも遠慮しなくていいのに。
そう思いながらも、純粋に、おごり返せることを喜んでいるのどかが可愛らしく。
ぎゅーっとしたいな、と思ったのだが。
すっかり身も心も猫になっている泰親がてんとう虫を追いかけて飛んできて、のどかの膝に飛び乗った。
のどかが泰親を捕まえ、
「泰親さん、今日も可愛いですねーっ」
と言って、ぎゅーっとしている。
おのれ、泰親～っ。
今まで猫か霊体かのどちらかでしか、のどかの側に居ないから、まあいいかと見逃してきたが。
気がついたら、一番、のどかに、ぎゅーっされているではないかっ。
「……成仏させてやる」
と思わず呟く。
のどかに抱かれたままの泰親が気配を察し、ひっ、と固まっていた。
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