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「よし。じゃあ行こっか」
そしてこの家から初めて樹と二人で会社へ出勤。
「ん」
「ん?何」
樹が手を差し出してくる。
「手」
「じゃあ、会社に着くまでの二人の時だけね」
「まぁオレは別に全然ずっと繋いだままでいいんだけど」
「やっぱりここは我慢しよう。ね、樹?」
「わかった。じゃあそれまではしっかり繋いでく」
「うん」
そう言って納得したモノの、私は元々人前でイチャつくのは苦手で。
密かに手繋いで歩くのも、休みの日なならまだしも、さすがに出勤前に朝からというのはなかなかなことで。
だけど、駅に着いて人が多い時は、逆にこの繋いでくれる手が頼もしくて。
人混みに紛れそうな時はしっかりと繋いで守ってくれる。
そっか。
人前で手を繋ぐことはただ恥ずかしいと思っていたけど、樹は何も言わなくても、ちゃんとこういう時もしっかり守ってくれてるんだ。
一人でいる時は、別にそんなことも考えたりもしなくて、そんな日常な時でも好きな人に守ってもらえる幸せがあるのだと知った。
そして人が少なくなった辺りで、樹が話しかけてくる。
「ねぇ。明日からは車で会社に行こっか」
「えっ?車で?」
「うん。会社でオレの車停められる駐車場も確保してもらってるし、一緒に会社行く時は車にしよう」
「私は電車でも大丈夫だよ?」
「いや、思ったより新しい家からだと人多いし。社長の代わりしてからは車で行くことのが多くて、オレも気づかなかったんだけど」
「これくらいなら前の家からでも変わらなくない?」
「まぁあのマンションからもこんな感じだったけど、もう今はオレが嫌なの」
「なんで?」
「ん?透子が他の男に囲まれるのが嫌だから」
「言い方(笑)通勤ラッシュなんだから仕方ないよ」
「だからだよ。どさくさに紛れて透子になんかされても困る」
「されないよー(笑)それに樹が一緒にいてくれてるんだし」
「うん。オレが守れるのはいいんだけど、そんなことするんなら、車で二人きりでいた方がいい」
「まぁ車だと早いし安心だけど。でも、電車だとその分長く一緒にいられるし、手繋いで守ってもらえるのも案外好きだったんだけどな」
「車なら会社には早く着くけど、その分長く一緒にいたいなら家でもっとイチャついてから出ればいいよ。手も車の方が家からもずっと車の中でもずっと繋いでられる」
「危ないよ」
「大丈夫。そんなくらいじゃ事故らないから。なんなら信号ごとでもいいし。その方がずっと近くで透子も見つめてられるし」
なんかもう樹の思うように言ってる・・・。
まぁ樹と一緒にいられれば本当は私もなんでもいいけど。
「そうじゃん。そしたらその分いくらでもチューも出来るし。うん、そうしよう。よし決まり」
「えっ!?」
そしてどんどんよくわからない理由まで付け加えられて勝手に決まった。
「オレは一秒でも多く透子と一緒にいたくて、安全に透子を守りたいだけ。わかった?」
「うん・・。わかった。樹が思うようにしてくれていいよ」
ちゃんと樹の気持ちはわかってる。
私を大事にしてくれてるって、ちゃんと伝わってるから。
そして会社の近くに行って自然に手を放そうとするけど・・。
「樹・・。もうすぐ会社」
「うん。だったら何?」
「手。そろそろ放さない?」
「うーん。どうしよっかなー」
「会社行くまでって行ったじゃん」
「確かにそう言ったんだけどさー。なんか気が変わったというか」
「は!?気が変わるとか何!?」
話が違うんですけど!
さすがに会社の前では恥ずかしすぎて手は放したい・・。
「だって一回繋いだら放したくなくなった」
「だからー!そういう問題じゃなくてー!」
「あっ、オレの気が変わっただけだから気にしないで」
「気にしないで、って。私が困るんだけど~」
「なんで?オレが嫌?」
「いや、樹が嫌とかじゃなくて、会社の皆に見られるのは恥ずかしいっていうか」
「そっかー。そういう理由ね。わかった」
「わかってくれた?じゃあ・・」
「うん。そんな可愛い理由なら却下かな。オレは見せつけたいから問題ない」
いや・・樹、全然わかってない・・・。
ダメだ。相変わらず樹はまたこのペースに持っていく。
そして徐々に近づく会社。
もう観念して私もそのままでいると。
スッと人が多くなり出した辺りで、樹が手を放す。
えっ?
手放してくれた。
「人増えだしたから。透子からかうのはこれくらいにしとく」
「樹」
「透子嫌がることはしないって」
そう言って優しく笑う樹。
あぁ、やっぱこういうとこが樹なんだよね。
私を今もこうやって振り回すだけ振り回して、だけどちゃんと最後には男らしいところを見せてくれる。
実際、私はこのギャップにやられてしまう。
今の自分はきっと恋は盲目と世間で言われるそんな状況で。
樹が何をしてもドキドキしてキュンとしてしまう。
こんな風に意地悪されてからかわれても、あとからちゃんと優しさを見せてくれて甘やかす。
こんなのどんどん好きになっていくだけじゃん。
もう・・・。
そして部署が別れるフロアまで来ると。
「じゃあね樹」
「いってきますのチューは?」
「はっ!?!?」
思わずビックリして大声が出てしまう。
「透子。声デカすぎ。そんなビックリしなくても」
「ご、ごめん。だってビックリして」
「じゃあハイ」
そう言って私の方に向き直し手を広げて笑顔で構える樹。
いやいやいや!何してんの樹!
「ちょっと!ここ会社!」
「わかってるよ?オレ的には特に場所とか関係ないし。っていうか、やっぱ皆に見せつけたいっていうか」
「は!?会社で意味わかんない!」
完全に朝から照れて顔も真っ赤になってるであろう自分。
「ハハッ。ごめん。嘘嘘。透子の可愛い顔見れたからもう満足」
「ちょっともう!」
そしてやっぱりまたからかって一人で満足して機嫌よく笑ってる。
「じゃあね。透子。またお昼に屋上で」
「ちょっと!」
そしてクルッと振り返って背中越しにヒラヒラと手を振り部署へと歩いて行く樹。
もう!
こんな風にいつでも余裕でいつだって樹はからかってくる。
だけど、こうやって反論はするけど、恥ずかしさと戸惑いの裏に嬉しさと幸せも隠れている。
きっと私もどこかで皆に見せつけたいとか思ってる自分もいるのかもしれない。
あんなにも会社でも人気だった樹が、気付けば今私の隣にいる。
現にまだ私とのことを知っても、樹に憧れている女子社員も少なくない。
実際は社員同士がただ婚約してるってだけで、まだ結婚はしてないワケだし、密かにまだ樹を狙っている女子社員がいるらしいっていう話も耳にした。
確かに若い女の子なら、どうやったって樹は魅力的に見えるだろうし、そんな人が近くにいたら好きになっても仕方ないことで。
それにこんな年上の女が婚約者だとか言ったところで、若い子たちは余裕なのかもしれない。
アプローチしたら樹も何かのきっかけでコロッといくかもしれない。
急に衝撃的に私じゃない運命の人に出会ったとしたら、樹はそっちにいっちゃうかもしれない。
前以上に自信をつけてカッコよくなった樹は前よりも更に素敵になったから。
そんなことを考えてもキリがないってわかってるけど。
だけど、樹は現に今でもそれほど魅力的なのは変わらない現実だ。
まだ口約束。
籍も入れてなければ結婚式も挙げていない。
私の家族には樹はちゃんと会って結婚したいと挨拶はしてくれたけど、私はまだ樹のご両親にはちゃんと挨拶出来てなくて。
それが少し今はひっかかる。
樹は一緒に暮らし始めて、私との結婚に迷いがあったりするのかな・・・。
だから、まだ何も話があれから進まないのかな・・・。
焦っているワケでもないし、今こうやって出来ているだけで幸せだけど、少しだけ不安になる。
一緒に暮らし始めて私の何かに幻滅されてないかなとか、一緒に暮らし始めて息苦しくなってきたんじゃないかなとか。
こうやって愛情表現を変わらずしてくれるのに、なぜかふと不安になってしまう。
樹の気持ちが変わらないかなって。
このまま樹の隣にいられるのかなって。
幸せになればなるほど、樹を好きになればなるほど。
なぜだか心配になる。
ただこのままこうやって一緒にいられれば幸せだけれど。
だけど、多分カタチじゃない何か。
最後にはそのカタチにはきっと憧れるけど、だけどそこに行くまでの何か。
なんとなくまだ何か解決出来てないことがあるような、そんな気がする。