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パタン。
扉が閉じる微かな音が響いたような気がした。
もしかして、母がもう起きてきてしまったのだろうか? だが、それ以降物音がする気配はない。
(――気のせい、か……?)
胸を撫で下ろし、起きてこないうちに汚してしまったバイブを洗おうと、柊吾はそっと部屋を出た。そして、そこで致命的な違和感に気づく。
きちんと閉めたはずの、母の部屋へと続く引き戸が開いているのだ。
「母さん……!?」
かすれた声が、冷たい廊下に虚しく吸い込まれていく。
慌てて部屋に入ると、布団の上は既にもぬけの空だった。トイレや風呂場にも姿はなく、背中に嫌な汗が吹き出す。もしやと思って玄関へ駆け寄ると、そこにあるはずの母の履き古したスニーカーが消えていた。鍵は開け放たれたままで、梅雨時特有の雨を含んだ深夜の冷気が、容赦なく足元を掠めていく。
(嘘だろ……っ! 僕が……僕がくだらないことにかまけてたから……!)
脳が沸騰するほどの恐怖と自己嫌悪が、胸の奥を直接押し潰す。
自分が浅ましい欲望に溺れ、くだらない快楽に浸っている間に、母は一人で夜の街へ出て行ってしまったのだ。万が一の事態が脳裏をよぎり、視界がチカチカと不吉な火花を散らした。
手に持っていたバイブをそのまま床へ放り投げ、カツンと虚しい音が響くのも構わず、履き潰したスニーカーに無理やり足を突っ込む。柊吾は部屋の鍵を開けたまま、夜の街へと飛び出した。
梅雨の湿り気を帯びた熱気が立ち込める深夜の住宅街。降り始めた細い雨を含んだ生温い風が、汗ばんだ肌にべったりとまとわりついて不快感が募る。
(母さん、どこに……!)
心臓が痛いほど激しく脈打つ中、柊吾は当てもなく夜の街を駆けずり回った。
いつも母が好んで散歩する公園の周りを探しても、人影はない。濡れたアスファルトに街灯の光がぬらぬらと反射しているだけだ。
(駅か……? いや、終電はとっくに過ぎてる。それとも――)
万が一、タクシーに乗ってどこか遠くへ行ってしまったら。あるいは、街灯の無い暗い道を歩いていて、車にでも轢かれてしまっていたら――。
最悪の想像が次々と脳裏をよぎり、荒くなった呼吸で喉の奥が焼き焦げるように痛む。雨に濡れた前髪が濡れて額に張り付くのも構わず、柊吾はひたすら暗い路地を走り続けた。
(お願いだ……どこにも行かないでくれ……!)
視界が歪み、半ば泣きそうになりながら角を曲がった、その時だった。
暗い路地の先、白々とした眩しい光が目に飛び込んでくる。二十四時間営業のコンビニの明かりだ。反射的に足がそちらへ向いた瞬間、店頭の光の下に見覚えのある小柄な後ろ姿が映り、柊吾はぴたりと足を止めた。
母だ。そして――その隣には、見知らぬ長身の男が立っていた。
(――誰だ、あの人……)
街灯と店舗の光を背にしたその男は、銀縁の眼鏡をかけ、モデルのようにすらりと背が高かった。夜の住宅街にはあまりにも不釣り合いなほど洗練された佇まいが、暗闇の中で逆に異様な圧迫感を纏わせている。
母に何かしているのか。何か悪意ある人間じゃないのか。安堵よりも先に鋭い警戒心が胸を突き上げ、柊吾は雨に濡れるのも構わず二人へ駆け寄った。
コメント
1件
わああ、第5話読んだよ〜!!😭💦 柊吾が必死に母さんを探すとこ、焦りと自己嫌悪がリアルで胸がギュッてなった…。♡♡♡放り投げて飛び出すシーン、切なすぎるよ。最後のコンビニの光と見知らぬ男の存在、一気に不穏で続きが気になりすぎる!! かんなさん、この展開マジでエモい…✨
#心音
そあふぃー
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