「また間違えてる」
静かになった部屋に俺のいらつきを含んだ声が響く。冷たい視線を投げかける先には涼ちゃんの姿。彼はうっすら目に涙を浮かべながら、それでもそれをこぼすまいと、真剣な表情で謝罪の言葉を述べた。まだ演奏慣れしていない新しい曲ということもあり、いつもなら俺もこんな態度はとったりしない。罪悪感で締め付けられる胸の痛みを感じながら、いや、まだだ、と思い直す。
当たり前だが、別に涼ちゃんをいじめたいわけじゃない。今日はある作戦の下に、こんな態度をとっているのだ。
事の発端はある番組の企画でのこと───
「人柄キーボード」としてその温厚な性格と親しみやすい人柄が世間にすっかり広く馴染んだ彼に、とある番組が「ドッキリ企画」を提案してきた。それはつまり、あの「人柄キーボード」が何をしたら怒るか、というものである。番組スタッフが持ってきた企画書に目を通しながら俺と若井は首をひねった。
「涼ちゃん、まず怒らないよね。一緒に暮らしてた時ですらなかったもん」
若井の言葉にスタッフが慌てたように付け加える。
「何をしても怒らなかったという結果ならそれでもいいんです。ミセスの皆さんに出ていただくというのが話題になるので」
うーん、と二人で顔を見合わせる。
「もちろん藤澤さんのレアな一面とかが撮れたら最高なんですが」
まぁ新曲発表を控えているこのタイミングでのバラエティ出演は正直言ってありがたい話だ。しかもオンエア予定日はこちらに合わせて新曲発表直後に予定してくれるというから、宣伝効果も抜群。別に涼ちゃんが怒ってるところを撮りたいとかでないのならいいか、と勘案する。ドッキリを仕掛けられる側の涼ちゃんには申し訳ないけれど、後で彼の大好物のプリンでも買ってあげることにしよう。企画を承諾する意を伝えると、スタッフは見るからにほっとした表情になって
「ドッキリの具体的な内容なんですが後日、案を詰めてお伝えするので、お二人が採用したい内容を教えてください。もし不都合なものや逆にこうしたらいいみたいな提案があったらそれもご連絡ください」
と言い置いて帰っていった。
そして、後日。マネージャーに俺と若井だけ呼び出され、届いた企画案を渡される。目を通した若井が苦笑しながら
「さすがプロというか……よくこんなに考え付くよなぁ」
「プリンのやつとかはいいんじゃない、涼ちゃんがプリン好きっていうキャラも立てれるし……楽器傷つける系はいくらフェイクでもアウトで」
これならアリか、と思うものにチェックをつけていく。10個採用する必要があるので、それぞれ5個ずつ選ぼうということになった。
「下手したら涼ちゃん気づかないでしょこれ、撮影後に元貴が間違えて涼ちゃんの服着て帰ろうとするってやつ」
「そんなのあんの、え、どこどこ。ていうかさすがに気づくだろ!自分が着てきた服だぞ」
さすがにそっか、と笑う若井。
「でも、あれ今日何着てきたっけ~って言いそう」
「うわ、言いそう。なんかやだな~」
「でも元貴着れんのかな?ぶかぶかじゃね?その違和感で気づくか」
はぁ?と低い声で威嚇するも、若井はどこ吹く風だ。涼ちゃんがどんな反応をしそうか、あれこれ予測を立てるのが楽しくなりながら、なんとか10個のドッキリ案を選んだ。
その後、細かな打ち合わせを重ねてから迎えた撮影当日。今日一日のスケジュールはすべてこのドッキリ企画のためのものとなっている。
まずはニセ雑誌の表紙撮影。ここでは
①スタッフに名前を間違えられる
②撮影時にスタッフと間違えられてレフ板(※撮影時に使用する光の反射を調節する板)を持たされる
③休憩時に差し入れのプリンを大森が藤澤の分まで食べてしまう
④苦手な生姜を騙されて食べさせられる
⑤撮影終了後、若井が間違えて藤澤の服に着替える
⑥移動用のバスが遅れて、30分外で待たされる(大森と若井は別のバスで移動)
の6つのドッキリが用意されており、その後のスタジオ練習では
⑦バケツの水をぶっかけられる
⑧休憩時に若井が藤澤のゲームデータをうっかり消す(フェイクのため復元可能)
⑨練習時に大森から理不尽にキレられる
⑩かなりストレスが溜まることの連続だったはずのため、1人にして反応を見る(別室で二人はその様子を隠しカメラで確認)
という流れでドッキリ撮影が進んでいく、という訳である。正直、どれもせいぜい「も~」とむくれるくらいの反応しかなさそうだが、⑩の様子は結構気になる。そこまで、これがドッキリだとばれないようにしなくてはならないし、その前の⑨での俺の振る舞いも重要なポイントだろう。
撮影スタジオに入ってさっそく説明を受けるためにパイプ椅子に並んで腰かける。机の上には今回の撮影コンセプトなどが書かれた企画説明書。こんなところまでしっかり作りこんでいるんだな、と妙に感心してしまう。
「本日はよろしくお願いいたします!大森さん、若井さん、藤本さん!」
年の頃は俺とそんなに変わらないような明るい笑顔の男性スタッフが、はっきりと名前を間違えてくる。涼ちゃんに目をやると、あれっ?というような顔をしているが、特に気にした様子も訂正する様子もない。
「それでは今日の撮影について説明させていただきますね。まず大森さんですが……」
仕掛け人の男性スタッフは滞りなく説明を進めていく。
「次は藤本さんですね。藤本さんは……」
気づかれていないと困ると考えたのか、強調するように間違った名字を連呼するスタッフに、さすがに困ったのか、あの、と涼ちゃんが小さく手を挙げる。
「はい、何でしょうか藤本さん」
「すみません、僕、藤澤なんです……」
間違えられた側なのになぜか申し訳なさそうな表情の涼ちゃん。
「あっ、申し訳ありません」
仕掛け人のスタッフは役者ということもあり、さすが反応がいい。
「いや、藤がつく名字って多いからややこしいですよね~!僕もたまに間違えます」
それはないだろ。自分の名字だぞ。
「僕はよく涼ちゃんって呼ばれるので、覚えにくかったらそっちでも」
おかしいだろ。この人初対面で、しかも雑誌の撮影スタッフだぞ。アーティストをあだ名で呼ぶって。
「あ、じゃあすみません、涼ちゃんで」
お前ものるんかい!俺は笑いをこらえきれそうになく、思わず机に突っ伏した。
※※※
新連載、よろしくお願いします!
とは言っても全4話、しかもギャグ系という軽めなものになってます。
他の中編のストックがちょっと内容が重めなこともあり、新年度1発目だし勢いがほしいなということでこちらの作品からに📖
楽しんでもらえたら嬉しいです!
コメント
17件
いろはさんが書くギャグっぽい雰囲気ほんとに違和感なく楽しく読めるので大好きです...!!クスッと笑えるけどあーたしかになぁって思えるのがほんと凄い!🫶🏻💗いつもありがとうございます!今回も最高です!🫰🏻💕
小説でこんなにクスッと笑えるのもあるんですね!新連載、ずっと笑ってる自信しかない笑
涼ちゃんドッキリ大作戦✨ミセロのもめっちゃ感動したよなぁ🥹 これは続き楽しみ過ぎます!