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ダイニングの窓の外はもう夕暮れ時だ。ついさっき夕飯を済ませて三人の婚約者たちと幸福な時間を噛み締めている。やはり俺は剣を振り回しているよりも、自分の身体を傷付けながら術式を放っているよりも、こういったスローライフの方が好きらしい。ぶつぶつ文句を言いながらも迎え入れてくれる彼女たちには感謝を禁じ得ない。帰る場所があるって有り難い。
「えーっ!?帰ってきたばかりなのに今度は王都に行くーーーっ!?」
「……声がデカいってララ。ああ。でも勘違いしないでくれよ?。俺が行きたいんじゃなくて、行かなきゃならなくなったんだからな?。この前みたいに誤魔化すの嫌だからこうして話してる。理由もちゃんと話すよ。」
「………………。」
俺の胡座の中にちょんと収まって、白磁のカップを持ったララが信じられないって顔で俺を見る。次第に深くなる眉間の縦じわ。眼を細め始めたからには非常に不機嫌なったらしい。このままではまた叱られるので、俺は両腕で彼女の身体を抱き包む。ふにゅんと当たった乳房がピクッと反応した。もうっ!って感じに、ちょっと睨みながら照れるララが凄く可愛い。
「それにしても急すぎるにゃ。しかも婚約者を増やしておいて、またすぐ旅に出るなんて非常識とか思わにゃいのかニャ?。この女ったらしは…」
俺の右肩に凭れている猫人娘が恨めしそうに言ってくる。新調したグレーなローソファーの高級セット。かつての古びたダイニングの床も今ではピカピカに磨かれて、漆黒な毛足の短いラグを敷いてある。俺は貯め込んでいたギルドの報酬を婚約者たちに丸投げした。お陰で彼女たちの機嫌は良かった筈なのに、なんとなく雲行きが怪しい。左手を握っているミミだけは無言を貫いているのだが、三人の中で一番恐ろしいコトは心得ている。
「まぁまぁ、ミアン。わたしはすぐに嫁げる訳では無いから婚約者に数えて貰わなくても良いんだ。ただこの旅には同行するがな?。王都の宮殿に入るにはそれなりの爵位かギルド公認の階級が必要なのだよ。判るな?」
「別にギルマス様が今すぐに、レオさんのランクをA級にしてくれれば良いだけのお話ではないでしょうか?。それにミアンちゃんだってA級ですよ?。ギルマスだけが同行できるなんて、何かおかしくありませんか?」
俺の斜向かいに座っている白い軍服な麗人の言い分に、すかさずミミが噛みついた。ブロンドな髪の間から見据える目つきがホラー映画のようだ。彼女は俺への怒りを直接ぶつけない代わりに、周囲にはかなり手厳しい。たとえば俺が明らかに悪くても必ず周囲のせいにしてしまう天才なのだ。
「う〜。ミアンは猫人だから王都が嫌いだにゃ。富裕層ばかりなあの街では慰み用の性奴隷か玩具として見られるのニャ。そもそも旧白人系な混血種のコピーばかりだから、ケモノビトへの偏見や差別が猛烈なのにゃ。」
「まぁ奴らは…自分たちのルーツそのものに根強いコンプレックスがあるからな。それよりもララ、そろそろヤツカドの膝から降りたらどうだ?。それにミアンも、そんなにもへばり着いていたら紅茶も飲めぬだろうが。ほら?お前たち。少しはミミの行儀の良さを見習ってみてはどうだ?」
「………………。(あはは。言うだけ無駄だってムラサキさん。まぁ、四日も五日も家を空けたのは俺なんだし。これくらいで良いのなら有り難いくらいだよ。でも、サクラさんが一緒に来てくれなかったのはショックだったなぁ。『必要な時には呼んでね♡』とか言って消えちゃうんだし。だからって呼んでも来てくれないなんて。もしかして嫌われたのかな?オレ…)」
あの温泉街からオーランド商店に帰ってきて五日目。1日の職務を終えたギルド・マスター、リン・ムラサキが、関所のパスを二枚持って訪れた。フォロンで細かいやりとりはしていたのだが、やはり皇国が動き出した。彼女の言う通りなら、何としても王都守備隊ギルドの責任者に会いたい。
王都は俺の身体や遺伝子を使って何かしらを起こそうとしている事は解っている。その事案にどう対処するかの話し合い中だったのだが、何事かと集まってきたララとミミとミアン。相変わらずな密着が今日も半端ない。
「別にレオちんは嫌がってないにゃ。それに寂しい思いをさせた分くっつくのは夫になる牡の義務だニャ。第四夫人になるんなら覚えとくにゃ?」
「うぐ。……そ…それは…覚えておくとしよう…」
ムラサキ氏の話では、やはり俺のクローンを量産したいとゆう皇国の意向に変化はないらしい。あの旅館で話し合った初動対策として『八門は天災に呑まれ、天災と共に消滅した。』と報告してくれたのだが、それでも王都の守備隊ギルドは『八門の遺伝子サンプルを送れ』の一点張だそうだ。
「そりゃあギルマスはメギドの町で、レオくんを思う存分に満喫したんだろうけどぉ?。良いなぁ〜職権乱用と爵位の威光で温泉旅行なんてぇ。」
「う。……それは。……わたしは意図していないが……す、すまぬ。ララ…」
「ほらほら二人とも!。ムラサキさんが凹んでるから、もうそのへんにしといてやれよ。…しかしギルマスとの二人旅はちょっとなぁ。そもそもネオ・クイーンの街をギルマスが空けるのは良くないんじゃないのか?。この街には5000人以上の討伐者がいるんだし。…管理はどうするの?」
終いにはギルド・マスターとしての責任追及までされているらしい。今回の王都への旅も彼女への出頭要請に乗じての事だ。リン・ムラサキも俺に忠誠を誓うと言い、惚れていると真っ赤な顔で告げてくれた。サクラさんの強い勧めもあって了解したのだが…本当にこれで良かったのだろうか?
「うむ。わたしは行きたいと言ったのだが、どうしても秘書が許してくれなくてなぁ。なのでヤツカドにこの、わたし直筆の親書を託そうと思う。王都には代理人を送るとだけ伝える予定だ。何せ報告だけなら『レオ・ヤツカドは天災と運命を共にしている』のだからな?。まぁその事については私がアタマをひとつ下げれば済む話だ。表向き捜索隊も出したしな?」
「討伐者ギルドって、意外とユルユルなんですね?。レオさん、本当にこんな人を信じていいんですか?。王都に着いた途端に拘束されたりしませんか?。生態サンプルだとか言い出して、毎晩、代わる代わる『精』をヌかれたりしませんか?。…王都の女兵は軒並みインランらしいですよ?」
「えっ!?そうなの!?。それって…まじなんですか?。ギルマスぅ。まだアタシたちでさえ抜かせて貰えないレオくんの『精』をヌクなんて!婚約者の1人として絶対に看過できませんっ!。断固として拒否します!」
ララの拒絶にミミとミアンが大きく頷いている。この五日間、彼女たちのハニー・トラップにわざと引っ掛かりながらも、俺は一線を超えない様に逆トラップを駆使する。とにかく満足するまで構うのだ。それこそくんずほぐれつしながらもサクラさんに教えてもらった『女性のツボ♡』を撫で回してやった。俺としては悶々とする物もあったが約束は約束なんだし…
「いっ!?いやいや!。それは語弊があるぞ?ミミ!。確かに王都は人間の肉体を持つ男性が少ない。しかも持つ者は貴族階級ばかりだ。だが亜種族や獣人の牡なら掃いて棄てる程いるぞ?御用達の色街があるからな?。だから心身ともに健全な女兵ばかりな筈だぞ?。収入も悪くないしな?」
「ふぅん。むかしは牝の獣人も牡の獣人も、王都攻防戦に尽力したのににゃ。今では惨めな性欲のはけ口なのニャア。…ホントに旧型な人類って勝手だにゃ。…いっそネオ・クイーンが独立国家になれば良いのにねぇ?」
まだ疑心暗鬼な眼でギルマスを見るミアンが少しつまらなそうに言った。しかしその一言で俺は閃く。そうだよ、この国家の歪さはそこにある。資源や食料を調達するナイト級やポーン級の城塞はどれもクイーンほどは栄えてはいない。それなのに人ばかりが集まって毎日がとても慌ただしそうだった。メギドでの建物を見ても立派なのは旅館やホテルばかりで、その裏街道には粗末なバラック小屋が犇めき合っていた。貧民街なのだろう。
「お!?。おおーミアン。それは良い考えかもだなぁ。もしネオ・クイーンが独立すれば、近隣の町を繋ぐ道路もずっと良くなるだろうし、あのナイト級の城塞ももっと豊かになるだろうしなぁ。何よりもクイーンは女性向けの娯楽が少ないんだよ。酒と男と博打だけだし。たまに見かけるスイーツ屋台とかも王都の3番煎じみたいなのばかりだろう?。な?ミアン。」
「ばっ!?。(小声)馬鹿なことを言い出すなよヤツカド!。国家反逆罪は死刑だぞ?裁判さえ行われない。…しかも…どこに監視の目があるか…」
「大丈夫です。この建物はわたしにジャミングされてますから。通っている魔術学校で教わりました。…そうですよね。良い物を発見しても全て王都に献上されていてはネオ・クイーンの街はいつまでも発展しませんし。実際、この前の地揺れで倒壊した学園の講堂は1000年以上前の建物だったんです。…王都は常にアップデートされるのに。なんでですかぁ?」
俺の突飛な提案にミアンは耳を立て、ミミは眼を輝かせる。ララは俺の胸に甘えるのに夢中みたいでどこ吹く風だった。そして一番過剰な反応を見せたのはやはりギルマスのリンだった。ブロンドの髪を逆立てるかのような慌てぶりで否定してくる。確かに彼女の立場からすれば当然の反応なのだろうが、やはり納得しないミアンとミミ。そして魔物は人の業が産み出すと俺は知っている。サクラさんの部屋で読んだ歴史書が物語っていた。
「はぁ。現実として、王都シルバー・ローズの都市力を推算すれば、軽く見積もってもクイーンの12倍だ。50万規模の軍隊を持つ上に王都守備隊のギルドや討伐者たちを含めれば、戦力はもはや列強国をも凌ぐぞ?。総人口8000万人からなる独立国家の中心なのだ。そしてクイーンの人口が約1000万。残りの三大城塞都市もとうぜん王都に着くだろう。この大き過ぎる差を埋めるのは絶対に不可能。考えるだけ無駄なのだよ…」
「それでもレオくんは納得できないって言ってるわよ?。そもそもクイーンやキングやビショップやルークってゆう四大都市が支えているから王都は成り立っているんでしょう?。いくら建国からのルールでも王都以外の都市だって、いい加減にアップデートされなきゃ反乱だって起きるわよ。」
「俺もララの言い分に賛成だ。この街は規模のわりに、道路も建物も街並みも全てが古すぎる。それは耐久性さえも問われているんだぞ?。国が管理できないのなら街で管理するのは当然だと思う。しかしその予算も資源も現地調達して、その上に大量な食料や物資や資材を運ばせられている。最低でも欲しけりゃ取りに来いって話だよ。リン。アンタはギルマスでありこの城塞都市のトップだ。よく考えてみろ。無駄はどっちの街だよ?」
「そんな事は私だって解っている!。しかし国の歴史や先人から受け継いできた伝統とゆう物を軽んじる訳にはいかないのだ!。もしも侵略する国があれば王都シルバー・ローズ無しでは戦えない。それがネオ・クイーンの現状であり現実なのだよ。…何より予算さえ自由にはならない。ギルドでの報酬は都市の資源を買い取らせた金から支払われている。つまり需要と供給の輪が途絶えれば…今よりもクイーンは廃れるのだ。…解るな?」
やはりギルマスはギルマスか。俺みたいに5人の花嫁を抱え込もうとしている下衆よりも、ネオ・クイーンで暮らす、そして関わる人たちの命を護る重責な義務があるだけのことはある。慎重になるのは当然として、データ的な比較もほぼ完璧なのだろう。そこから成る解析とその結論は全て裏付けられている。しかし国家そのものを必要悪とするのはどうだろうか?
「わたくしも…ヤツカドさまのお言葉に賛同いたします。…失礼。私、ギルド・マスターの秘書を務めます『キュバス・ラ・ミコビッチ』と申します。見ての通りの銀髪な極東系美女です。…これよりヤツカドさまを王都へとご案内いたします。…それとミミ・バーランドさま。この野心や下剋上とは縁遠いムシケラのお世話をよろしくお願い致します。…がっかりですムラサキさま。貴女さまなら私の思想実現役立つと思いましたのに。」
その場にいた婚約者たちが目を大きくして見ているその女性の顔に俺は全く見覚えがなかった。それなのになぜ俺の名を?とか思っているうちに突如として星空に包まれる。これは間違いなく亜空間への干渉魔法だ!。サクラさんに何度となく見せてもらっているから確かに覚えている魔法だ!
「迂闊ですね?レオ・ヤツカド。ジャミングのせいで魔力への嗅覚が阻害されていたとは言え、こうもわたくしに接近を許すとは。…ふぅ♡。…やはり野良犬には首輪と鎖は必要ですね。さて、着いてきて頂きますよ?」
「つ!?。…どーゆーつもりだよ?フロントの眼鏡っ娘。こんな空間に運んだからって俺を閉じ込められるとか考えてたら大間違いだぞ?。(ヤバいなぁ。次元干渉術式なんてやったこと無いんだよなぁ。部屋に籠もってる間に、サクラさんにちゃんと教わっておくんだったよ。…どうする?)」
もしかしてこの女は、俺を誘拐する気なのか?。そう考えた途端に俺の首にチクリとした痛みが走る。しかし今はそれどころではない!この銀髪女は、このまま俺をどこかに連れて行くつもりだ。最も手っ取り早いのは王都の管理下にある監獄か隔離施設にでもこのまま放り込めばいい。なんの装備もしていない、着の身着のままな俺を拘束するのは容易いはずだ。
しかしその事が俺には好機に繋がるだろう。俺を特別な存在とするならば最も警備の手厚い場所に転送するはずだ。だとすればそれは王城の付近になるのは間違いない。なにより俺の遺伝子の解析は国家的な研究であり、俺はその材料であるからには、その場に王都の汎ゆる頭脳が集結されるはず。俺はそこに悪魔的な活路を見いだす。天災の二の舞いにしてやろう。
「…そんな眼でわたくしを見ると後悔しますよ?。なんならその黒い瞳をくり抜いて差しあげましょうか?。…とは言え…あなた様はたった今よりわたくしの盾と剣となって頂く特別な殿方。…取り敢えず魔力を封じさせて頂きました。もしも無理に放てば…首が飛びますのでそのおつもりで…」
「え?。首が…とぶ?。そ、それじゃ俺は術式や魔術を使えないのか?」
「…はい。そうなりますね。攻撃系の魔術はいっさい無理でしょう。」
「まさか。…自動的な身体強化とか…障壁術式も使えないのか?」
「恐らくは。…大きな魔力消費が必要とされる物は一切つかえません。」
「じゃあ!肉体の自動再生とか!耐熱術式とか!結界術もダメなのか?」
「あーしつこい!。だから一定量以下の魔力消費なら大丈夫です!。その範囲はご自分でご確認下さい!。それでは…よい旅にいたしましょうか…」
俺と、小狡く笑うこの銀髪の女はまだ星空に浮いたままだった。しかし彼女が背を向けると、俺の意思とは関係なく身体が勝手に歩き出す。これにはきっとさっきの首の痛みが関係するのだろう。もしかしてこの女の術に嵌められているのかも知れない。しかしそうなれば、この女は俺以上の魔力濃度を持つことになる。まさかサクラさんに匹敵する魔女がいたとは。
そして導かれてゆく白く丸い光の中。その白銀の髪の女は俺の手を取り光の中へと踏み入ってゆく。あの迷宮から地上へ送られる聖王教会のゲートを思い出す。もしかして俺は、身の丈に合わない冒険をしたのかも知れない。そしてこれこそはその報いなのだろう。どこかで間違ったのか間違ってなかったのかがこれから問われる事となるだろう。せっかく磨いた術式を封じられては俺に成す術など無い気がする。だがこのまま終われない。
この新たな試練を超えさえすれば、またあの婚約者達の胸に帰れる筈だ。いいや、何としても帰らなければならない。どんな手を使ってでも王都をひっくり返して、現状の歪んだ支配を終わらせなければ誰も報われない。言うなれば、彼女たちと平和に暮らすにはこの程度の壁にビビってなんかいられないって事だろう。社畜はただ突き進むのみだ。ただ前を向いて。