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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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実験も兼ねてビゼに『プリンセスのおまじないポエム』もとい『咒詩編』を預ける。


ユカリが宿を出た途端、「ユカリいいいいぃ」とグリュエーが湿った風を吹き付ける。「もう大丈夫? 痛いところはないの? 死なないよね? ユカリ」

「大丈夫だよ。死なないよ。グリュエーは心配性だね」

「どこ行くの? ユカリ」

「ユーアのところ。女神像の残骸の近くにいるらしいから」


新市街の被害はほとんどない。街角に安置されていた無数の女神像が姿を消していることくらいだろう。対して、丘の頂付近の旧市街は遠目に見ても目に余る光景だ。滅茶苦茶に生えた樫の木とそれに突き上げられた家々がばらばらになって散らばっている。


それでも新市街では、久しく姿を見せなかった幸いが幾多の喜びに迎えられて家々の窓辺を巡っている。子供たちは駆け回り、女たちは元気に笑い、男たちは威勢よく忙しそうにしている。ユカリがこの街を訪れたばかりの時に比べれば人々は晴れやかな面持ちで街を行き交っている。


二柱の女神の残骸はしばらく放置されるだろう。今まで双子の女神の祈りと呪いを通じて夢の向こうの祖神を信仰してきた街の人々はこれからもとこしなえに、そのような営みが続いていくのだろうと思っていたのだった。その衝撃は大きいが、怒りとも哀しみともつかない虚ろな感情を押しやって、それでも変わらず続いていく実りを拠り所とする生活に取り組むために奮い立つので精いっぱいだった。それに、余りに巨大な像の残骸は、どこから手を付ければいいのか分からないような有様だ。


ユカリはユーアの姿を苦労することなく見つけた。祈りの乙女の頭が半分になった残骸の前でクチバシちゃん人形を抱えて、野原に座り込み、『羊の川』を口笛で奏でていた。


ユカリが隣に座り、微笑みかけるとユーアは恥ずかしそうに俯いた。


「ありがとう」と言ったのはユーアだった。今度こそ紛れもないユーアの言葉だ。


とても軽やかに響く声だ。例えるならば夢幻を境界とする野原で春の穏やかな風に転がされて鳴る小さな鈴の奏でるような声音だ。


「どういたしまして。怪我はない?」ユカリは壊れやすい硝子細工に触るように話しかける。


ユーアはこくりと頷く。喉に引っかかる言葉を上手く出そうとしている。


「あるけど、なんでもない」


ユカリは驚きを秘めつつ、ユーアの露わになっている手足をさっと見るが目立つ怪我は見当たらない。


「それなら良かった。ここで何をしてたの?」


ユーアの視線を追ってユカリも哀れでなお雄大な残骸に目を向ける。祈りの乙女も呪いの乙女もばらばらに混ざってしまって、どれがどちらの残骸なのかほとんど分からない。


「皆にさよならって言いたかったけど言えなかったから。ここに来るの」

「そっか。じゃあ、私も」


ユカリはそう言って目を瞑る。ユーアにはこれから先、向き合わなければならないことが沢山あるだろう。それは過去であり、未来でもあるが、いつだって目の前に現れる。それに立ち向かっていけるのだろうか、と不安になる。


「ユカリさんは」と言われてユカリは目を開いてユーアの方を向く。恥じらいを感じさせる目と目が合う。「これからどうするの?」


ユカリは少し考える。まだ深く考えてはいない。ユカリの未来は茫漠としていて、行き着く先も分からないのに嵐の海に漕ぎ出すようなものだ。


「しばらくしたらまた旅に出るよ。魔導書はまだまだあるからね。ユーアはどうするの?」


あの荒野にはもう戻れないだろう。ユーアには故郷がない。


「ビゼさんかパディアさんか、ビゼさんとパディアさんが親になってもいいかって」

ユカリの声が少し高くなる。「ビゼさん、と、パディアさん? それってつまり、そういうこと、だったんだ。そういうことになったんだ。知らなかった」ユカリはユーアの横顔をちらと見る。そこには確かに不安の色があったが、同時に確かな期待もあった。「でも、良かったね。ユーア。きっと幸せになってね」


ユーアがささやかな笑みを浮かべた。


「うん。でも」ユーアは俯く。「ユカリさんとお別れしたくない」

「私もだよ」ユカリはユーアの艶やかな髪をそっと撫でた。「いつかまた会おうね。約束」

「うん」ユーアの声は少し震えていて何かを堪えているようだった。「約束」

「そうだ」ユカリはもう一つ伝えたかったことを思い出し、努めて明るくユーアに伝える。「パディアさんがもうすぐ昼食だって。行こう。ユーアは何が好き?」

ユーアは両眼を拭って立ち上がる。「蜂蜜菓子!」

「私も好きだけど、それは昼食の後かな。さあ、早く帰んなきゃ冷めちゃうよ」


ユーアが楽し気に笑い、立ち上がると元気いっぱいに駆けていく。


「待って、ユーア」


ユカリも立ち上がり、そして落ちている何かに気づく。羊皮紙だ。何ごころなくそれを拾う。

ユカリには読めるつたない文字で、そこには物語が記してあった。


それは口のきけない女の子の物語だ。


楽の音が好きなある女の子は、裏切りの魔女によって声を奪われる。

それでも得意の口笛を奏でて、それに聞き惚れた四人の仲間と共に、声を取り戻す旅に出る。

世界の果てで裏切り者の魔女と対決し、そして力尽きる。

最期まで声が戻ることはなく、その口笛の音だけが世界の果てで寂しく響く。


『口笛吹きの乙女の伝承』と書いてあった。


人形劇のクチバシちゃんの物語と多く共通しているが、四人の仲間などユカリは知らない。あの物語のクチバシちゃんには理解者がいたものの一人きりの冒険だった。それに魔女なんて出てこない。この不幸な終わり方もまるで正反対の結末だ。


紛れもなく、これは魔導書だ。『わたしのまほうのほん』や『プリンセスのおまじないポエム』と違い、物語が記されているが、その気配は隠せない。


ユカリは自分の恐ろしい想像におののく。この魔導書はユーアに憑りついていたのではないか、と。そしてこの魔導書こそがユーアに過酷な人生を強いていたのではないか、と。


ユカリを呼ぶ声がする。ユカリが顔を上げると、ユーアが手を振っているのが見えた。手を振り返し、涙を拭う。


魔導書を全て手に入れなければ、とユカリは決意を新たにする。

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