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「いらっしゃいませ!」
大学が終わり、カフェでアルバイトをしていた。
「今日は、ありがとう。本当に助かったよ」
店長からお礼を言われた。
「いえ、大丈夫です」
蓮さんが迎えに来てくれると思うと、バイトもいつもより捗る気がした。
気づけば二十一時になる。もう少しでバイトが終わる。
早く蓮さんに会いたい……。
そう思いながら接客に励んでいた。
・・・・・・・・・ーーーーーー・・・・・・
喫茶店前には仕事終わりだと思われる男性が一人立っていた。顔立ちは整っており、身長も高い。少し長い髪も清潔感があり、スーツを着ている。
予定よりも早く着いてしまったが、愛を待たせるよりは良かった。
そんな時
「こんばんは」
知らない女の子に声をかけられた。
「こんばんは」
とりあえずあいさつを返したが、この子は誰だ?
「はじめまして。私、藤原 真帆《ふじわら まほ》って言います!愛ちゃんの彼氏さんですか?」
愛が言っていたのは、この子のことか……。
昨日の電話を思い出す。
「そうです」
どう対応をすればいいのか、考える。
冷たくあしらうのは、簡単だ。しかし、愛が大学の中で過ごしにくくなるようなことは避けたい。
かといって、好意的な態度もとりたくはないな。どうするか。
「実は、相談したいことがあって」
彼女が胸の前で両手を組む。
「どんなことですか?」
「私、愛ちゃんの親友なんですけど、愛ちゃん、浮気しているんです。こんな優しくてカッコいい彼氏さんがいるのに……」
彼女は目を潤ませた。
「それを伝えたくて。これ、証拠の写真です」
真帆と名乗った女の子がスマホから見せたのは、愛と男性が抱き合っている写真だった。
合成か、すぐにわかった。
合成だとわかっていても、愛が違う男と抱き合っている写真を見ると妬けた。
そんな自分を面白く感じる。
他人に興味などなかったはずなのに、彼女が自分を変えてくれたから。
「それ、合成ですよね?」
真帆はビクッと反応したかのように見えたが
「合成なんかじゃないです。信じてください」
真帆の頬に涙が伝う。
「私、愛ちゃんから彼氏さんの話を聞いて、すごく羨ましかったんです。それでこの間、優菜ちゃんと会っているところを見て。どうしてこんなに素敵な彼氏さんなのに、浮気なんてするんだろうって思っていて……」
何も答えず、彼女の話を聞いていた。
「私なら浮気なんてしないのに、もっとあなたのことを大切にできるのにって」
バカらしくて、ふぅとため息をついてしまった。
「すみません。俺、愛のことを信じているので。写真を見せられても、君から何か言われても、何も応えられません」
彼女の目線が一瞬、逸れた気がした。
「私、好きになってもらえるよう頑張ります。あなたのことが好きなんです」
そう言って、抱きつかれた。
彼女の肩を掴み、離そうと思った時ーー。
「蓮さん?」
後ろを振り返ると、愛の姿があった。
・・・・・・・・・ーーーーーー・・・・・・
私はバイトが終わって、店の表側に向かった。
蓮さんからLINNで
<着いています>
連絡が来ていたため、慌てて準備をして、店を出た。
蓮さんがいることはすぐわかったが、誰か女の子と話している姿が見え、よく見ると、それは真帆ちゃんだった。
状況が全く理解できない。そして一瞬、真帆ちゃんと目が合った気がする。
声をかけようか悩んでいると、真帆ちゃんが蓮さんに抱きついた。
「えっ?」
思わず声が出る。
「蓮さん?」
私の声が届いたのか、蓮さんが私に気がついてくれた。
どうして、その子がいるの?抱きつかれているの?
わからない。見たくない。
私は、自宅へ帰る道とは違う逆方向へ走りだした。とにかくその場から離れたい。頬から涙が伝う。
どこに向かって走っているのだろう。自分でもわからなかった。
・・・・・・・・・ーーーーーー・・・・・・
愛に誤解を与えてしまう状況をすぐに見られてしまい、あとを追おうとしたが、なかなか真帆という子が離れてはくれなかった。強引に突き飛ばしていくことは簡単だが、ケガをさせてしまう可能性を考えできなかった。
今からすぐ愛のあとを追えば、間に合う。
「離してください」
愛をまた傷つけてしまった。
自分への怒りが込み上げる。
もうあの時から傷つけないと決めた、自分が守ると決めたのに。
怒っているのが伝わったのか、真帆が離れた。
「どうして?あんな子のどこがいいの」
彼女も自分の計画が上手くいかなかったためか、イライラしているのが伝わる。
「あなたにはわかりません」
そう言い切り、愛のあとを追った。
・・・・・・・・・ーーーーーー・・・・・・
「はぁ、はぁ……」
息が切れる。
どのくらい走っただろうか。
こんなに走ったのは久しぶりだ。
本当は、心のどこかで蓮さんが追ってきてくれる、そう思ってしまった自分がいた。
でも、彼の姿はない。正直、今蓮さんに会ってもなんて話していいのかわからない。
気持ちに足がついていけなくなり、転んでしまった。
「痛いっ……」
最近、転んでばかりだ。
アスファルトの上、せっかく治った膝から血が出ていた。転んだまま、その場に座り込む。立ち上がろうとしたが、立ち上がれない。
幸い、夜遅い時間だったため、駅の近くでも歩いている人は少なかった。
「どうして……」
息を整え、冷静になって考えてみる。
真帆ちゃんから抱きつかれている蓮さんを見て、動揺して、見たくなかったから走り出して。
蓮さんを信じているんじゃなかったの?
「バカだな、私」
スマホが鳴っているのに気づく。
相手はもちろん蓮さんだ。
どうしよう。
「もしもし?」
<……。今どこにいますか?>
彼が珍しく息が上がっている。
走っているのかな。
「わからないです」
<そこから何が見えますか?目立つ建物とかありますか?>
「私、蓮さんに会いたくない……」
まだ頭の中で整理ができていない。
彼のことを信じられなかった自分が悔しくて、今彼に会ったらまた甘えてしまうだけだ。
転んでしまっただなんて、惨めな姿も見られたくはない。
<……無理にでも会ってもらいます>
「えっ?」
通話が切れたと思った瞬間、後ろから誰かに抱きしめられた。私の好きな香水の匂いがする。蓮さんだ。
蓮さんはすぐ抱きしめるのをやめて
「大丈夫ですか?転んだんですか?ケガ、見せてください」
彼は私の正面に行き、出血しているところを確認していた。
「痛かったですね。すぐ消毒をしましょう。立てますか?」
どうしてそんなに優しいの?
「立てません。一人にしてください」
私は俯いていたので、彼がどんな顔をしているのかわからない。
「事情はあとで話します。一人にはさせません。立てないのなら……」
「きゃっ」
彼は私を簡単に持ち上げ、抱きかかえる。
どこにそんな力があるのだろう。
「重いのでおろしてくださいっ」
「ダメです」
そう言った彼の表情は、私が見たことがないような厳しい顔をしていた。
彼はタクシーを拾い、気づいた時には彼のマンションに着いていた。