「どうしたのぉ? なんだかご機嫌ナナメじゃないのよぉ」
リビングにも寝室にも居ないと思っていたら、リズはお風呂に浸かっていたらしい。
ホカホカとした熱と、フローラルな香りを振り撒きながら、ベッドの縁に座って髪を梳き始めた。
長い金髪が、濡れてキラキラと光を映す。
「べつに……ナナメなわけじゃ」
なんとなく、嫌な気持ちなだけで。
「あんまり人間とぉ、距離を縮めすぎると、よくないわよぉ」
「そんなこと言ったって……」
枕に横顔を埋めたまま、私は頬を膨らませた。
「アハハ。サラは色々と真面目に考えすぎなのよぉ。どうせ、何かの事情とか聞かされて、それを背負っちゃうみたいになってイヤだったんでしょぉ?」
「え……わかんないけど、そんな感じかも」
胸につっかえていたものの正体を、明かされたことに驚いて座り直した。
気を遣い過ぎる性分だから、それが気にいらないだけかと思っていた。
もう気にしない。
そうは思っても、すぐに自由に振舞えるかと言ったら、そんなわけはないもどかしさ。
「またあれ、やってみたらぁ? 世直しのやつぅ?」
「あれは……ちょっともう、やだなぁ」
「どうしてぇ? 楽しそうだったじゃないのよぉ」
リズの髪を梳かす姿が、同性から見ても、妙になまめかしい。
「だって、せっかく名前考えたのにさ。誰もそう呼んでくれないし」
「ドラゴンフェイスだっけぇ」
「ちがうぅ! そっちが皆勝手に呼ぶほう!」
「あはは、ごめんごめぇん。ヨモツヒルイでしょぉ」
リズは時折、両目を細めて優しく微笑む。
それを見せられると、心がふと落ち着いてしまう。
「なんだ、知ってたの?」
「だぁってぇ。お食事する時、み~んなそのお話してくれたもの。ここだけの話なんだけど、とか言ってぇ」
皆、同じ話をしてくれたそうだ。
特別に手に入ったんだとうそぶいて、情報通を気取りたかったらしい。
それがどうにも、可愛らしく見えるというのだから、リズの懐は深い。
「露出狂みたいに言われたわ。あのデザイン、リズだったわよね」
「もぉ~。怒んないでよぉ。こわぁい」
「まったく……まぁ、カワイイのはカワイイけどさ」
「で、その名前だけどぉ。シェナちゃんの事を想ってつけたのぉ?」
急にそれを言われて、驚いてしまった。
「えっ? ……そのとおりだけど、なんで?」
あの言葉の響きは、この世界の人には分からないと思っていたのに。
「ヨモツって、黄泉の国の事よねぇ。ヒルイは、悲しい涙でしょ? わかるわよぉ」
黄泉で悲しみに暮れる魂を、一人でも救いたいと思って呼び出した。
その中でも、悲しみだけじゃなくて、強くありたいと願い続ける魂を。
「リズって、意外となんでも知ってるよね」
「意外は余計よねぇ?」
そう言ってずいっと寄せて来た顔は、怒っているのではなくていたずらな微笑みだった。
かわいくて、チュッとほっぺにキスしたくなるくらい。
「ダメです」
と、いつの間にかシェナが、私を後ろから抱き止めた。
ベッドの上で、後ろで座っていたらしい。
「な、なにがダメなのよ」
「いま、ちゅーしようとしてました。私にしてください」
私が自分を解放する前に、シェナが先んじてそうしたような。
今まではあまり、自己主張しなかったのに。
「し、しないわよ。どっちにもしない」
「とにかくぅ。人間って、ものすごく自己チューだから。優しく見えても、油断しないことよぉ。サラはすぐに信じ込んじゃうでしょぉ? だから疲れちゃうのよぉ」
「うん……。全部信じちゃう」
ここまでは信用して、ここからは信用しない。
なんて、器用に振舞えない。
そもそも、そこまで深く考えていないものだから、マルかバツかになってしまう。
そして、優しいなと思ったら、ひとくくりにマルにしてしまう。
「魔力のコントロールは上手なのにぃ。なぁんでそこだけ、そんなに不器用なのよぉ」
「うぅ……。だって、そんな風に考えたことなかったもん」
「考えないと、ダメよ」
その言葉だけ、語尾を伸ばさない普通の言葉で言われた。
冷たいわけではなくて、温もりのある響きなのに、厳しい。
「は……はい」
思わず、かしこまってしまった。
「ふふっ。いいこねぇ。でも、ほんとにちゃんと、考えるのよぉ?」
ふわりと頭を撫でられる。
するとシェナも一緒になって、私の髪を撫で始めた。
「こ、こどもみたいにしないでよ……」
照れくさい……けど、まだもし、ママとパパが側に居たら……こんなだったかもしれない。
――リズはお姉ちゃんで、シェナは妹かな。
「なんか……ほっとする」
魔王さまに甘えるのとはまた違って、子どもに戻ったような、そういう甘えかた。
なんて思っていたら、シェナも甘えたくなったのか、リズとは反対側の横に来て、頭を私の膝に乗せた。
私の手を取って、頭を撫でろとばかりに、その真っ白でふわふわの髪に触れさせる。
「ふふ。そうよね。シェナも撫でられるの、好きよね」
「えぇ~。いいなぁ。私も撫でられたぁい」
言うなり、リズも頭を乗せて来た。
「ちょっと、二人とも……」
でも、それはそれで胸がきゅんとして、母性のような気持ちが湧き上がる。
世界一、仲良しの三姉妹。
私たちに血のつながりはないけど、この三人はそれ以上に、深く繋がっているはずだ。
コメント
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こんな姉妹(兄弟)がいたら、何でも相談できそうですね~