私達は、先生に深々と頭を下げた。
そして、顔を上げたと同時に、私はたまらず床に座り込んだ。
「大丈夫?! 恭香ちゃん!」
一弥先輩が私を抱きかかえてくれた。
「朋也さん……大丈夫ですよね……? 絶対、大丈夫ですよね?」
私はもう、何も気にせずに、一弥先輩の前でも「朋也さん」と名前で呼んでいた。
「ああ、きっと大丈夫だよ。彼の生命力が勝って、意識が戻って、また元気な本宮君に会えるよ。先生が、無事に終わりましたって言ってくれたの信じよう」
「……そうですよね。無事に……終わったんですもんね。朋也さんはこんなことで死んだりしないですよね」
「『文映堂』の御曹司はそんなヤワじゃない。本宮君は必ず元気になって、『文映堂』の社長として会社を支えるはず」
私は大きくうなづいた。
一弥先輩の言葉が私の心を奮い立たせた。
私達は、集中治療室に入った朋也さんが目覚めるのを待った。
ガラス越しに朋也さんが見える。
人工呼吸器をつけて、ずっと目を閉じて動かない。
「お願い。目を開けて……」
すぐそばに行きたい……
朋也さんの頬に触れて、そのぬくもりを感じたい。
生きていると……安心させてほしい。
「少し休もうか」
「……そうです……ね」
「交代で眠ろう。恭香ちゃん、先に眠るといいよ。1時間経ったら起こすから」
「いえ、先に眠ってください。一弥先輩、疲れてますよね。朋也さんが目覚めたら起こしますから」
「……君の方が……疲れてるよね。僕は大丈夫。少しでも休んで。本宮君が目覚めた時に恭香ちゃんの目の下にクマがあったら……彼、心配するよ。だから……」
「……すみません。わかりました。ありがとうございます。お言葉に甘えて少し休ませてもらいます」
「うん。本宮君は必ず目覚めるから、安心して」
「はい」
一弥先輩はどこまでも優しい。
不思議と安心でき、私は先輩の気遣いのおかげでほんの少しだけ眠ることができた。
とはいえ、30分ほどで起きてしまい、目をつぶっても眠れなかった。
それでも、まぶたを閉じているだけでも、少し体が休まった。
「今度は一弥先輩が眠ってくださいね」
「うん。ありがとう、じゃあ……」
先輩はイスに腰掛け、壁にもたれて目を閉じた。
きっと……この状態ではあまり眠れないだろう。
「朋也さん……」
何度も心の中で名前を呼ぶ。
この想いが届けとばかりに、私は朋也さんの回復を願い続けた。
「……もう朝だね」
「はい……」
「まだ目を覚まさないね」
「……そうですね」
外の光が届かない場所で、朝になったことは時計を見てわかった。
「恭香ちゃん、これ飲んで」
一弥先輩が、温かい缶コーヒーを買ってくれた。
「ありがとうございます。すみません」
朝から警察も来ていろいろと聞かれたけれど、私達には答えようもなかった。
誰か思い当たる人物と言われても、そんな人は思いつかない。
朋也さんを恨む人物なんて……いるわけがない。
ただ、近くの防犯カメラに怪しい人物が写っていたらしく、今、解析を急いでいるとのことだった。
朋也さんが目覚めて、犯人が誰か……直接聞きたい。
そばに行って手を握りたい。
朋也さんに話しかけたい。
お願い、早く戻ってきて。
絶対に……負けないで、頑張って……
私を1人にしないで……
昨夜から何度も何度も繰り返し願ったこと。
無力な私には、それしか……できなかった。
そして、眠れずに考えたことは、朋也さんと出会ってから今までのこと。
奇跡とも言うべき朋也さんとの出会いから、一つ一つ、思い返していた。
とても短い間に起こった、すごく濃くて意味のあるたくさんの出来事――
その全てが大切で、幸せで……
もちろん、私は、一弥先輩のことも好き。
だけれど……
今、ちゃんと答えが出せた。
私は、ずっとずっと一途に想ってくれていた朋也さんを、心の底から求めている。
知らない間に、深く深く――
あなたのことを好きになっていた。
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