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七話 言葉足らず
人混みを掻き分けて現れたのは、天使のように美しい顔。あのときみたいに、水が入ったペットボトルを揺らして走ってきていた。でも今回差し出されたのはペットボトルじゃなくて、彼の大きな手のひら。
私の肩に手を置き、荒い息を落ち着かせていた。少しは信頼されているようで、その思いが溢れ出てしまいそうになるのを堪えるのに必死だった。
「と、遠山くん!?なんで、え、みんなは!?」
「……みんな探してたよ……どこ、行ってたの?」
「……ちょっとお店のメニューを見てたら、みんなもう行っちゃってて……ていうか、なんで遠山くんは私のこと見つけられたの!?こんな人混みで!すごすぎない!?」
「……」
荒い息遣いの中、彼がどれだけ必死で走ってきてくれたのか、私はどれだけ迷惑をかけてしまったのか、考えと反省が交互に応答する。今夜は反省会を開くべきだと脳が告げているようだ。
彼は呼吸を落ち着かせながら額の汗を拭っていた。今は秋でそれほど暑くない。どれだけ遠いところから走ってきたのだろうか。そんなに必死になって探してくれたことに胸が音を立ててしまう。期待して、調子に乗ってしまいそう。
でもどうして彼は、そんなに遠いところから私を見つけられたのだろうか?私たちがはぐれてから十五分ほどしか経っていないのに、この人混みの中で低身長の私を見つけられた?どうして?
遠山くんはいつも、体育はやる気がないし、部活でも、最低限の動きしかしない。そんな遠山くんが汗をかくほど私を探してくれて嬉しい気持ちもある、でも少し怖い気持ちも確かにあった。
「……どこにいても、見つけられるよ。澄川さんなら。」
「……え?」
貴方の言葉に一喜一憂する私がバカみたい。なんで、どうして貴方は毎回期待させるの。
「……誰にでも、言うの?」
「え?」
「……女たらし。そういうこと言って何人の女の子たちを泣かせてきたの!?」
「え、ええ??」
彼は悪くない。お腹が空いていたせいか、八つ当たりしてしまう。密かなイライラが、恋心からくる嫉妬が私の歯車を狂わしていくよう。私が大きな声を上げたことで周りの人たちが振り向き始めたとき、私よりも大きな声が聞こえた。
「おーーーい!!!」
「美琴!!どこ行ってたの!?心配したんだよ!!」
「……よく見つけられたね。」
「美琴セコムの優華より速かったね!爆笑!」
「みんなごめんねぇ〜!!探してくれてありがとう〜!!」
「まぁ、一番探してたのは彼岸だし!」
「……お昼ご飯食べに行くんじゃないの?」
「俺バーガー食べたい!!」
「私はパスタとか食べたい。」
「甘いもの食べたーい。」
「甘いものはおやつでよくない!?食後にしようよ!」
「じゃあこの店?」
お昼ご飯を食べた後、ジェットコースターやらメリーゴーランドやらで遊んでいるうち、すっかり日が暮れていた。暗い空の下、遊園地のイルミネーションが星のように眩しくて、まるで夢を見ているようだ。もっと綺麗な写真を撮りたいと。最後に観覧車に乗ることにした。
六人同時には入れなかったから、私と遠山くん、涼介くんと綾香、執宇治くんと優華の二人ずつ乗っていくことにした。 想い人と観覧車で二人きりは心臓がそれなりにうるさくなるのは当然、特にお互いに気まづいから余計に沈黙が増えて心臓の音がより際立つ。
「……あの、遠山くん。」
「……今日はみんな下の名前で呼ぶルールらしいよ。」
「ひ、彼岸くん!……さっきは変に怒っちゃってごめん……お腹が空いてたの……」
「あ、いや全然気にしてないよ。……美琴さんってお腹が空くと苛立ちやすいんだ……」
「うっ……」
そのときにふとひっかかる言葉を思い出した。以前二人で帰った時、彼岸くんが聞いてきた質問。『初めて会った時がいつか』私は入学式のときと答えたけれど、彼岸くんだってそのくらいわかっていたはず。なら、何故あんな質問をしたの?
「……ねぇ、私たちって本当に入学式の日に初めて会った?」
「……うん。」
「……本当に?彼岸くんだって入学式の日って分かってたなら、なんで『初めて会った時がいつか』なんて聞いてきたの?」
「……ただ、試したかっただけだよ。たとえそれより前に会ってたとしても……君に言う必要はない。」
「え、どういうこと?」
「……はぁ、とにかく、君には関係ないって言ってるの。これは俺のことだから。」
『俺のことだから』という言葉は理解できなかったが、ただ冷たく突き放されたということは理解した。一度も目を合わせない彼を、私は何もわかっていないのだと、痛感した。
「関係なくはないでしょ?私が覚えてないだけでそれよりも前に会ってたなら思い出したいし、それになんであんな人混みの中私を見つけられたの?なんでなにも言ってくれないの?私に関係のあることぐらいは教えてよ……!」
「…………だから、思い出さなくていいって言ってるんだ。」
こんな話をしたかった訳じゃない。私はただ、彼が私と距離をとる理由を知りたい。なんでそうやって全部はぐらかすの?彼岸くんがそこまで言うなんて、私は一体なにをしたの?どうしてなにも覚えていないの、どうして君は、何も答えてくれないの。
「彼岸たちは今頃イチャイチャラブラブしてんのかな〜?頂上でキスでもしちゃってたりして!」
「そうかもね〜。涼介くん、今日はありがとうね!めっちゃ楽しかった!遊園地とか超久しぶりだったし、こんな絶叫系のアトラクション乗れたの初めてかも〜!!」
「優華ちゃんが絶叫系無理だから?」
「そうなんだよね〜、やっぱ遊園地はみんなで楽しみたいじゃん!」
「やっぱそうなんだ〜。彼岸は全然一人で行けるタイプだからなー。特に気にせずアトラクション乗りまくってたわ〜。」
「……涼介くんってさ、彼岸くんのこと嫌いなの?」
「……え?」
明るく楽しかった雰囲気に、初めて青い沈黙が訪れた。暖かかった火に、水がかかったように。ただ残るのは静かな闇と白い煙。
彼は本当に驚いた顔で目を点にしている。いつもにこにこしていてどこか余裕さのある彼からは想像もできない。まさかこんな話を振られると思わなかったんだろう。
「涼介くんが美琴のこと嫌いになる理由がないし、あるとしたら彼岸くん繋がりかなって。」
「え〜?俺なんかした〜笑??」
ヘラヘラしている彼の目は、一切笑っていない。
「涼介くんは美琴が迷子になったとき気づいてたんじゃないの?涼介くんずっと周りを見てたよね。今日の最初からずっと、みんなついてきてるか、どこにいるかずっと把握してたよね。なのにジェットコースターを乗った後だけ後ろを一回も見なかった。次に乗るアトラクションとかの話ばっかりしてた。」
「俺が喋ってるのはいつものことでしょ?後ろを見なかったのだってたまたま忘れてただけだよ。ずっとみてる訳ないじゃん。」
「普通、誰かが迷子になったらすぐ探しに行くよね?今日みんなで決めたルールなんて後から話せばいいのに、わざわざ二人を止めてまで話したのはなんで?」
「……ルール確認は大事でしょ?後から言っても忘れられてたらたまったもんじゃない。」
メガネ越しに彼と長く目が合う。私たちの目はよく似ている。
「美琴が迷子になったあと、涼介くんは一歩も動かなかった。アトラクションに乗った時に執宇治くんのベルトを確認したり、優華が転びそうになったらすぐに支えるほど心配性なのに。美琴のときだけは何も心配してなかった。」
「……美琴ちゃんには彼岸がいるでしょ?」
「美琴が怪我すれば彼岸くんは悲しむもんね。」
「…………はぁ、いい加減にしなよ。それ、全部綾香ちゃんの妄想でしかないじゃん。」
「そうだね。そうだけど、私から見たらそうとしかとれなかった。」
「……アハハッ!!綾香ちゃんってもしかして、性格終わってる〜?」
「……あの子たちが良すぎるだけだよ。」
彼は淡々と全てを打ち明けていった。今日のこと。彼岸くんのこと。彼の人生のこと。
私は誰の味方にも敵にもなりたくない。私はただこの物語の観客でありたい。だから、彼が話してくれたことを誰かに言うつもりは全くない。言う必要がない。
よくよく考えると、私はいつも挟まれる側だ。優華と美琴のときも、私はどちらの話も聞いて私が工夫して話す側。正直に言うとみんな本当にめんどくさい。どうしてそこまで友情関係に真面目になるんだろうか。真面目になればなるほど視野が狭くなって糸はどんどん絡まっていく。みんなもっと楽に生きればいいのに、私みたいにさ。
「――俺は君が羨ましいな。」
「え、私〜?なんで?」
「君は生きやすそう。……つまり、なにも持って無さそう。」
「……貴方も中々鋭いよね。ま、隠すつもりもないんだけど。」
「君って、時と場合によっては平気で美琴ちゃんも優華ちゃんも捨てる人でしょ?君は生きやすい生き方をわかってる、本当にいいね。」
「……うん。とっても生きやすいよ。生きる意味はないけどね。」
執宇治くんは優しくて、一緒にいて気が楽。私が人見知りで、男性が得意じゃないことも多分気づいている。だから、執宇治くんがたくさん話しかけてくれるし、話しやすい話題を振ってくれるおかげで、有意義な時間を過ごせる。話を聞く限り、どうやら執宇治くんは恋愛が得意ではないらしい。彼女と女友達の区別があまりつかないんだとか。確かに男女共に同じ距離感の彼ならそう言われても納得できる。
「彼岸はさ、素直になれないんだよね。言葉足らずって言うの?」
「……確かに、彼は言葉が足りないと思う。それで美琴もかなり苦労していると思う。」
「そんな深く考えなくていいと思うんだけどなぁー。僕にはわかんないや。」
「……でも、考えすぎなところは美琴も同じ。考えて、考えた結果、空回りしちゃうんでしょう。……私よりは断然マシだけど。」
「ほんと、恋愛ほど難しいものはないと思うよ。」
「……そうね。もっと簡単で単純なものだったら良かったのに。」
「……みんなもっと楽に生きられたら良いのにね。」
「……楽に生きるということは、自分を捨てるということだと、私は思う。」
観覧車から遊園地全体のイルミネーションを眺める。こんなに綺麗な夜景も、いつかは忘れてしまうのだろうか。私が彼と初めて会った時のように。
どうして思い出せないのだろう。私が今すぐにでも思い出せたら、なにかもっと良い言葉をかけられていたら、彼とこんな関係にならなくてすんだのだろうか。振られたときに素直に引いていれば良かったのだろうか。そもそも、一度線を引かれた時に、私が大人しくさがっていれば良かったんだ。
後悔ばかりが後を追う。完全に一線を引かれてしまった。もう亀裂が入ってしまったこの関係をどうしたら良いんだろう。私はここで引くべきなんだろうか。
観覧車を乗り終えて、帰宅時間となる。帰りの車内の雰囲気はかなり気まずかったものだ。私と彼岸くんが目も合わせず、一言も喋らないことでみんな察したのだろう。執宇治くんと綾香が場の雰囲気を和まそうと必死に話題を振ってくれている。いつも無口な優華も頑張って喋っている。優華は絶叫系が苦手な割にはかなり楽しめたらしく、とても満足だったらしい。
私はこれから彼岸くんとどう話せばいいのか、なにをすればいいのか悩むばかりで皆の声がフィルターがかかったように頭に入ってこなかった。彼岸くんは終始無言で、家に着いたときに別れを告げたぐらいだった。一度も、振り返らずに。
帰宅後、私の様子を心配してくれた優華と綾香からメッセージが数件届く。私は二人に彼岸くんのことを話してみた。彼に一線を引かれてしまったこと、私が彼につっかかってしまったこと。そして、彼がとても冷たい目をしていたこと。
きっと、私はいつも考えなさすぎるんだろう。優華のときも、彼岸くんのときも、一度線を引かれたのに私は気づかずに足を踏み入れてしまう。
優華のことをもっと考えられていたら、もっと早く優華は楽になれたかもしれない。彼岸くんのことを考えて発言できていたら、彼にあんな顔をさせずにすんだのかもしれない。
なんで私はこんなにバカなんだろう。幸せな日になる予定だったのに、気づけば後悔と反省だけが頭を埋めていた。こんなにもバカでなにもできない自分が、本当に嫌になる。複雑に張り巡らされた糸のように、私の心は絡まって解けない。締め付けられる痛さに、涙が止まることはなかった。もうメッセージも打てないほど、視界はぼやけてしまっていた。
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