テラーノベル
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凪川 彩絵
#独占欲
車を出し、モールを離れる。
バックミラーに映るシオンモールの灯りが遠ざかるにつれ、晴永は頭の中で、次の一手を静かに組み立てていた。
(……ここからだ)
しばらくは、エンジン音だけが車内を満たしていた。
瑠璃香は箱を見下ろしたまま、そっと口を開く。
「……名前、どうしましょう」
「候補とかないのか?」
いま瑠璃香の腕の中にあるのは、彼女がずっと恋焦がれていた存在だ。瑠璃香のことだから、飼えない状態にあっても〝いつか〟を夢見て色々考えていそうだなと思った晴永である。
「あ、実はひとつだけ考えてるのがあって……」
案の定そう答えながらも、なぜか言いづらそうに少しだけ間が空く。
「どんなのだ?」
少し焦れたように先を促せば、
「……なまこ、とか……」
瑠璃香が言いにくそうに、ぼそりとつぶやいた。
「……は?」
思わず、素の声が出てしまう。
ハンドルを握ったまま前方を見やりながら、横目にチラリと助手席へ視線を流せば、
「なまこ、です」
瑠璃香が今度こそはっきりとそう言った。
「待て。なんで――ナマコ?」
「えっと……灰色ですし、丸っこいし、ニュモニュモしてるから……なんとなく……」
「なんとなくで命名するなよ」
ニュモニュモって何だ? と思いつつ、ツッコミどころが多すぎて、晴永はなんと言ったらいいのか分からなくなる。
「ハムスターですし……いいかなぁと」
「そういう問題じゃねぇと思うが……」
そう言いながらも、晴永はちらりと箱に視線を落とした。
ちょうど晴永から見える穴から、ひくひくとうごめく小さな灰青色の鼻先がのぞく。
「……確かに、色はそれっぽいかもな」
「ですよね?」
「なんでナマコなんだって考えちまうと……どうしても若干引っかかるが……」
「可愛いと思うんですけど……そんなにおかしいですか?」
不安そうにつぶやく瑠璃香に、晴永は慌てて首を振る。
「……すまん。俺の発想になさ過ぎて少しびっくりしただけだ。……その……いいと思うぞ、なまこ」
ハムちゃん、とかチビちゃんとか……そういう名前しか浮かんでこなかった晴永だったけれど、瑠璃香が自分のペンネーム(?)を〝サルル〟と名乗ったのを思い出して、ある意味瑠璃香らしいな……と妙に納得した。
「可愛い」
瑠璃香が可愛くてたまらない、という気持ちをその言葉に集約すれば、瑠璃香の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ……じゃあ……なまこ、で決定しちゃいます!」
「ああ。そいつは今日からなまこだ」
「はい……なまこです」
箱の中で、また小さな物音がした。
「よろしくね、なまこ」
瑠璃香の挨拶に、たまたまだろうが、まるで呼ばれたのが分かったみたいな反応に思えて、晴永は思わず口元を緩める。
(――よし、今だ)
「名前も決まったことだし……ひとつ、はっきりさせておこう」
「……はい?」
ハンドルを握ったまま前方を見つめ続ける晴永の横で、瑠璃香がこちらを見る気配がした。
その拍子に、箱の中から指先を鼻でつつかれたらしく、瑠璃香が「ひゃっ」と悲鳴を上げるのがなんとも微笑ましい。
「世話のことだ」
「世話……ですか?」
「そう。餌やり、掃除、こいつの体調うかがい。基本はお前がやれ」
「もちろんです! 私が飼うって決めたんですし……毎日、ちゃんと――」
言いかけた言葉が、途中で止まった。
「……そう、毎日……だな?」
晴永は、わざとらしく〝毎日〟を繰り返してその必要性を強調する。
コメント
1件
そうだね、毎日だね❤️