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#夢
凪川 彩絵
「……えっと……頑張って毎日……通います」
「通うって、どこに?」
「……晴永さんの、お家に……」
声が小さくなる。
自分で言っておいて、現実味のなさに気づいたのだろう。瑠璃香は少し困ったように眉を寄せた。
「仕事終わってから、毎日?」
「……」
「俺の家とお前の家、会社を挟んで反対方向だよな? 世話して往復してたら……確実に一時間以上は溶けるな?」
「……」
「ついでに言うと、世話だけして帰ったんじゃ、こいつの可愛いところ、ほとんど見れねぇぞ?」
「……っ!」
言うと同時、瑠璃香が瞳を見開いたのが横目に確認できた。――予想通りの反応だ。
晴永は、内心でにやりとほくそ笑む。
「それは嫌だろ?」
「……はい」
沈黙が落ちる。
瑠璃香の逃げ道が、ひとつずつ塞がれていく音がする。
「だから」
晴永は、前を見たまま言った。
「いっそ、うちに来い」
「……え?」
助手席の気配が強張る。
「世話するって言っただろ。こいつが走り回ったり餌食ったりする姿も見たいよな?」
「……はい」
「だったら、こいつと一緒にうちへ住むしかねぇ」
「で、でも……」
「なまこは待ってくれない。腹も減るし、トイレも汚れる」
「……」
「もちろんお前が無理な日は……俺がやる。だが、基本はお前の仕事だろ?」
「……はい」
瑠璃香は、箱をぎゅっと抱きしめた。
「……でも……それって……」
「何だ」
「その……私も……晴永さんと同棲するってこと……です、よ、ね……?」
声が、わずかに震えている。
晴永は、タイミングを測るように一拍置いた。
「……もともとそうなる予定だろ?」
「……え?」
「結婚……してくれるんだろ? 俺と」
「……っ」
はっきり言うと、瑠璃香の耳まで赤くなる。
「なまこのこともあるが……美味い酒、飲める権利も捨てがたいだろ?」
「……そ、それは……そう、ですけど……」
「もちろん、お前の親への挨拶もちゃんとする」
「えっ」
「逃げる気はないし、手順を飛ばすつもりもない」
「……」
返事はない。
だが、拒絶の気配もない。
晴永は、最後の一押しを静かに置いた。
「ついでにいうとな……」
赤信号で車を止め、ちらりと瑠璃香を見る。
「俺がずっとそばにいたら、なまこ、お前より俺に懐くかもしれねぇな」
「……え?」
「俺が毎日構ってたら、そうなる可能性が高いと思うんだ」
「……」
「それでもいいなら、無理に来いとは言わん。なまこのことは俺が引き受けよう」
箱の中で、小さな音がした。
まるで会話を聞いているみたいに。
「……うー……」
瑠璃香は、しばらく黙り込んでから、小さく呻いた。
「……それは……」
「それは?」
「……嫌、です」
消え入りそうな声だった。
晴永は、思わず小さく息を吐く。
(……よし!)
ハンドルを握る指に力をこめつつ、何でもないふうを装って言った。
「じゃあ決まりだな」
「……何が、ですか」
「お前の身の振り方」
赤信号が青に変わる。
車がゆっくりと走り出す。
「……晴永さん」
「なんだ」
「……なまこと私、……同室にしてください」
その一言で、十分だった。
増えていくものは、もう止まらない。
コメント
1件
ふふふ。絡め取られちゃった(笑)