小屋に移動して、ベッドの上に座らせて、それでもボロボロと泣きつくすサペンタから聞き出した。
そもそもなのだが、「旦那様が娘に興味がない」という前提が間違っていた。正しくは「娘ほどの年齢だと興味がない」であったそうだ。
サペンタくらいの年齢になると、もしくはサペンタくらいに知能的に成熟していれば、すでに興奮の範囲内だったらしい。
部屋に入り、私の流産報告をすれば、「そろそろいいだろう」と大人の力で抑えられ、スキルも何もないか弱い娘であるサペンタの力では押し返すことができず、そのまま服を脱がされたらしい。いや、服が破かれてしまったらしい。
サペンタは「ちょっとでも訓練していれば」と後悔しているが、無駄だし無意味だ。私は流産した過去を後悔してそう感じていた。
そこから先は私の初日よりもひどい、すでに非処女である私にあの豚がしてくるような、苦しくて惨めな、精神的調教も兼ねた、痛ましい行為だったらしい。
生娘にはあまりにも早すぎる、私より年下の少女にはとてつもなく早すぎる、そんな悪辣な行為をされたそうだ。
実際にあの痛みを日常として受けた私ならば、その辛さはわかる。体で理解している。
「サペンタ」
「……はい」
サペンタは何が起きたか話す前よりもちょっとだけ、落ち着いていた。それでも、ひぐ、と泣いていた。
それを見て、私は確かな覚悟を決めた。
「あいつをぶっ殺しに行きましょう」
「……前にも話しましたけれど、処刑されますよ」
そう。あいつを殺せば、殺した人も殺されるのだ。だから、普通に考えれば殺すべきではない。
だからこそ、あの豚をぶっ殺さなければならないのだ。私が殺さなければ死なないのだ。
これは理性で考えているのではない、感情の道理だ。そういう話をしている。
「サペンタは何もしなくていいから。死ぬとしても私だけでいいわ。
痛覚を消すことだってできるもの」
「そんなわけないじゃないですか、適当いっても意味ないですよ。
体を固くするだけで、痛覚は消えないし、死の恐怖だって消えないと思うんですけれど」
「……それでも、私は殺すわ」
私はこういう時によく意地を張る。サペンタと一緒に寝ようとねだった時にも意地を張っていたと思う。
ここで意地を張らなければ、自分の芯がポキっと、簡単に折れるようなものになる気がするから。
「私の体に立ち入ってめちゃくちゃにして、挙句の果てに孕ませてしまうような奴に、
流産直後の妻を殺すような奴に、
その娘を犯すような奴が、生きていて幸せに生きていけるわけがないのよ」
「……そうです、そんな奴と生きるより、死んだほうがマシですよ。でも、選ぶにしても、自死のほうがいいですよ。
どうせ殺しても、苦しんで殺されるって、さっきから言ってるんです」
そんなことはとうに分かっている。覚悟は出来ている、話が平行線のままで、もどかしい。
本当にしたいのは、私の話ではない、サペンタがどうしたいのか。それを、私は聞きたい。
「……あなたは、父親を殺したいの?」
言葉が、凄く自分の中で響いた。
父を殺したい、と思う気持ちはわからない。私のお父様は優しい人だったから。いい親だったから。
それなのに、父親を殺したいか、と聞くのは、なんというか、人の気持ちを考えていない、非常にエゴに思える。
しかも、最後の肉親だ。もちろんサペンタは、父がいなくとも何とか生きていけるだろう。
彼女は計算ができるし、領地経営もできるし、礼儀作法だって、できると言う。
でも、それほど、父がいなくても生きていけるから、という理由で殺せるほど、血の繋がりというのは薄いのだろうか。
政略結婚なんてものが存在する世の中だ、血の繋がりというのは重大な物でなければおかしい。
もし、その繋がりを断ち切れるとしても、純潔を奪われた、その憎しみだけで断ち切れるものなのだろうか。
家族、とは、そんな薄っぺらい関係でいいのだろうか。少なくとも、私が前にしたような、思い付きでつながれるものであってはならないと思う。
「……私は、
……………………私は、サペンタは、故人、マーレムの娘です。
父なんて、いません。きっと、気のせいです。顔だって似ていません、知性だって違うと思います。」
沈黙の間、サペンタがどんなことを考えていたかわからない。
ただ、それは過去との決別で、父、いやあの豚を殺して、幸せになる選択を選んだ、ということだけはわかる。
涙はもう流れていなかった。少女の目ではなく、人間の目をしていた。
「そう。じゃあ、一緒にどう殺すか考えましょう。
私はあなたより頭が悪いから、ちゃんとした手助けができるかわからないけれど、
実行は私がするから、サペンタは私に責任をつけて逃げれるように、そういうのを考えなさいね」
「わかりました、あなた様は本当に馬鹿ですね。
幸せになるために殺すのに、あなた様を置いて殺して、何か幸せになれるのでしょうか。
なんというか、こんなこというのはこっぱずかしいんですけれど、
大切な友人を置いて、それで幸せになる、というのは幸せじゃないんです。
罪ならばいっしょに被ります。そういう覚悟も、できました」
友人と言われたのが嬉しかった。
一緒に寝たときに言われた、「よく知らない人」から、ここまでよく進歩できたものだと思う。
「友人なら、ちゃんと名前で呼んでもらえないかしら。
もう、あなた様なんかで呼ばないで。どうせ、主従関係なんてぶっ壊れるのだから」
「……はい、わかりました、ホキサ。一緒に殺して、一緒に逃げて、幸せに暮らしましょう」
「ええ、サペンタ。今ここに確認された友情に誓うわ」
二人でベッドに座りながら、指切りをしながらちょっとだけ笑った。
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