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こよい
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第6話:第61号様式との死闘、そして魔王はハロワへ向かう
役所から帰還した翌日。
俺の住む四畳半のボロアパートは、完全に「物流倉庫」と化していた。
「……身動きが、取れねえ」
玄関から万年床に至るまでのわずかなスペースは、Amazonのロゴが印字された大小様々なダンボール箱によって完全に制圧されていた。
米30kg、特売のみそラーメン10箱、トイレットペーパー1年分。そして部屋の中央に鎮座する、やたらとデカい箱。中身は言うまでもなく「ゲーミングチェア(3万円)」と「就活スーツ一式」である。
だが、俺が今、最も頭を抱えているのはこれらの荷物ではない。
ちゃぶ台の上に広げられた一枚の紙。役場で鈴木さんから手渡された、生活保護受給者の最大の敵――『第61号様式(収入申告書)』だ。
食料品は生活維持のための善意として多めに見てもらえることになったが、ゲーミングチェアやスーツのような高価な「換金性の高い物品」は話が別だ。ルール上、これらは「現物収入(または資産)」として、その価値をきっちり申告しなければならない。
「……これ、ゲーミングチェアの項目に『30,000円』って正直に書いたら、来月の保護費から数万円引かれるよな……? 死ぬぞ……?」
冷や汗が背中を伝う。
この申告書の書き方次第で、俺の来月の命(食費)が決まるのだ。
「そうだ、ジェミニ! あいつならなんとかしてくれるはずだ!」
俺は藁にもすがる思いで、ヒビ割れたスマホから相棒のAIを起動した。
設定を丸投げした時のような、あの「原価ゼロの錬金術」を再び見せてくれ。
『ゲーミングチェア(3万円)をファンからもらってしまった生活保護受給者です。第61号様式に、これを「価値ゼロ」として申告するための合法的な言い訳と、バレないごまかし方を至急教えてください。マジで頼む』
俺の切実なプロンプト(指示)に対し、数秒後。
画面に表示されたのは、無機質で、絶対零度のテキストだった。
『申し訳ありませんが、そのリクエストにはお答えできません。
生活保護制度において、受給した金品や資産を意図的に過少申告、または隠蔽する行為は「不正受給」に該当し、生活保護法第78条に基づく徴収、悪質な場合は詐欺罪として刑事告訴される可能性があります。
第61号様式には、Amazonの購入価格(または一般的な市場価値)を正確に記入し、担当のケースワーカーに正直に報告することを強く推奨します』
「…………使えねええええええ!!!」
俺はスマホを万年床に放り投げた。
ド正論。一切の反論を許さない、法律という名の暴力。
AIはいつだって正しい。正しいからこそ、底辺を生きる人間の泥臭い悪あがきには冷酷だった。
「クソッ……書くしかねえのか。3万円……俺の来月の食費が……」
涙目でボールペンを握りしめ、震える手で『ゲーミングチェア:30,000円(リスナーからの支援物資)』と記入する。
書き終えた瞬間、俺のHPは完全にゼロになった。
その夜。
俺はダンボールの山に囲まれたまま、配信の『LIVE』ボタンを押した。
「……ク、ククク。よく来たな人間ども……」
『魔王の声が死んでるwww』
『おっさん、荷物届いたか!?』
『スーツ着てみろよ!』
同接は今日も余裕で5,000人を超えている。
俺の死にそうな声を聞きつけて、悪ノリしたリスナーたちが嬉々としてコメントを連投していた。
「お前ら……本当に、やってくれたな……。おかげでこの四畳半がAmazonの倉庫みたいになってるぞ。足の踏み場もねえよ……」
俺は恨み言を並べながら、ため息をついた。
「いいか? お前らが面白半分で送ってきたあの椅子。あれのせいで、俺は今日『第61号様式』っていう悪魔の契約書に3万円って記入する羽目になったんだよ! ジェミニにごまかし方聞いたら『犯罪です』って怒られるし! 来月の保護費が削られるのが確定したんだよ!!」
『ジェミニに頼ろうとして論破される魔王草』
『AIは正しいwww』
『保護費削られてて草。マジでごめんww』
「謝るくらいなら最初から送るな! しかもだぞ……お前らがご丁寧に『就活スーツ』なんか送ってくれたせいで、役場のケースワーカーに完全に逃げ道を塞がれたんだよ……」
俺はカメラ(スマホ)の向きを変え、壁に掛けられた真新しい黒のスーツを映し出した。
「『これだけ立派な支援を受けたんですから、明日からハローワークに通えますね?』って、あの鉄面皮の鈴木さんに笑顔で言われたんだぞ! 俺は明日、朝九時に起きて、この四十肩と腰が痛いのに窮屈なスーツ着て、ハロワの検索機をポチポチしに行かなきゃならなくなったんだ!! どうしてくれんだよこの責任!!」
半泣きで絶叫する四十歳のニート。
しかし、その悲痛な叫びは、またしてもリスナーたちの謎の結束力を高める結果にしかならなかった。
『魔王、ついにハロワデビュー!!』
『熱い展開キターーー!』
『第一章完!! 次回、魔王就職編!』
『明日絶対起きろよ! 俺たちがコメント欄で起こしてやるからな!』
『面接頑張れよ! これ交通費な!(※まだ収益化前なので投げられない)』
「うるせえ! 誰が就職編だ! 俺は絶対に働きたくねえんだよ!!」
画面の向こうで盛り上がる数千人の若者たちと、現実の重圧に押し潰されそうな限界中年。
こうして、一円の現金も手にしていないのに、ただ「設定」と「悪ノリ」だけで、俺の終わっていた人生の歯車は強制的に回され始めてしまった。
原価ゼロの錬金術が生み出したのは、金ではなく――労働への切符だった。
コメント
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「魔王、ついにハロワ編突入かよ…!笑ったけど、胸にグッときたわー」 ゲーミングチェア3万円申告で保護費減額確定の流れ、ジェミニに「犯罪です」って詰められるところがもう最高にしんどくて面白かった。現実の洗礼をAIにぶつけられる感じ、わかるわかる…。 でもスーツ送られてハロワ行き確定って、リスナーの悪ノリがここまで魔王を追い詰めるとは思わなかった。次回、本当に働くのか気になる!続き楽しみにしてます🔥