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終わらない幼馴染
病院の白いカーテンが、生ぬるい夏の風に揺れている。
「なぁ、涼太」
ベッドに横たわる翔太の声は、いつになく掠れていた。普段の、あの通るような美声はどこかへ隠れてしまったみたいに。
「何? 翔太」
俺は、パイプ椅子に腰掛けたまま、剥いていたリンゴの手を止めずに答えた。できるだけいつも通りの、平坦な声で。
「俺さ、もうすぐ死ぬじゃん」
包丁を持つ手が、一瞬だけピクリと止まった。けれど俺は、綺麗にウサギの形に切ったリンゴを皿に置き、何事もなかったかのように顔を上げた。
「何言ってるの。そんな簡単に諦めないで」
「諦めてねぇよ。ただの事実。医者も言ってたろ、今月持てば奇跡だって」
翔太は自嘲気味に笑う。その顔は、出会った幼稚園の頃から少しも変わらない、いたずらっ子のような面影を残していた。
生まれた病院が同じで、幼稚園のクラスも同じ。青春時代を共に過ごし、同じグループでデビューして、ずっと隣にいるのが当たり前だった。
ファンの人たちは、俺たちの関係を「エモい」とか「運命」とか呼んだ。
でも、俺たちにとってこれは運命なんて大層なものじゃない。ただの日常だった。翔太が隣にいること、それが俺の生きる前提だった。
なのに、神様は存外、不公平にできている。
翔太の病気が見つかったのは、ツアーの真っ最中だった。それからは坂道を転げ落ちるように、彼の体力は奪われていった。
「涼太さ……俺が死んだら、泣く?」
翔太が、ベッドの柵から細い手を伸ばしてくる。点滴の針が痛々しい。
「泣かないよ」
俺は、その手をそっと握り返した。冷たかった。いつも俺より体温が高かったはずの翔太の手が、驚くほど冷えていた。
「嘘つけ。お前、結構涙もろいじゃん。俺のデビュー発表の時だってさ……」
「あれは嬉しかったから。お前がいなくなるのに、泣くわけないだろ。怒るよ、置いていくな、って」
強がりを言う俺を見て、翔太は「はは、ロイヤルじゃねぇな」と嬉しそうに笑った。そして、少しだけ真面目な顔になって、俺の手をぎゅっと握った。
「…ごめんな、涼太。最後まで、隣にいられなくて」
その言葉が、俺の胸の奥の一番柔らかい部分を、容赦なく抉った。
本当は、叫び出したかった。なんで翔太なんだ。なんで俺たちから翔太を奪うんだ。Snow Manは、9人でひとつなのに。俺の幼馴染みは、世界にこいつしかいないのに。
でも、俺が泣いたら、翔太は安心して旅立てない。
だから、俺は絶対に涙を流さないと決めていた。
「謝ることじゃない。翔太は十分、頑張ったよ。……よくやった」
俺がそう言うと、翔太は満足したように目を細めた。
「なぁ、涼太。俺さ、生まれ変わっても、またお前と同じ病院で生まれるわ」
「うん」
「で、同じ幼稚園のゆり組になって、また同じグループで歌う。だから、次もちゃんと見つけろよ。お前、すぐ俺のこと過保護にすんだからさ」
「……探さなくても、すぐわかるよ。お前の歌声は、どこにいても響くから」
「そっか。なら安心だ」
翔太はそう言って、深く、深く息を吐き出した。
それが、彼がこの世界に残した、最後の言葉になった。
モニターの電子音が、静かな病室に冷たく響き渡る。
駆けつけた看護師やメンバーの声が遠くで聞こえる中、俺はただ、動かなくなった翔太の手を握り続けていた。
それから、数年が経った。
Snow Manは今も走っている。翔太の分の想いも背負って、ドームのステージに立っている。
楽屋でふと、青いペンライトが揺れる客席を思い出す。あいつはもうここにはいない。でも、心の中に、確実にあの歌声は生きている。
「館さん、そろそろ出番です!」
スタッフの声に、俺は「今行く」と答えて立ち上がった。
鏡に映る自分の姿を見る。胸元には、小さな青いアクセサリー。
「翔太。俺、今日も行ってくるよ」
涙は、あの日から一滴も流していない。
だって、これは今世の終わりであって、俺たちの終わりじゃないから。
次に「ゆり組」として出会うその日まで、俺は翔太の愛したこの場所を、守り続けると決めている。
コメント
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読了しました。この第1話、最初から引き込まれました。病室の生ぬるい風や、冷えた手の温度など、細かな描写が情感を静かに引き立てていて素晴らしいです。特に「泣かないよ」と強がる涼太の心情と、最後に明かされる「涙を一滴も流していない」理由——再会を信じているから——という構造が、切なくも美しい。伏線としての「ゆり組」のタイトル回収も、読後感に深みを与えていました。続きが気になります。