テラーノベル
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「そんなん、俺と番ったらいいねん」
仕事終わり、仁 人と柔 太朗は個室居酒屋の一室にいた。そこで明るく放たれた幼馴染みの台詞に仁 人は口に含んでいたオレンジジュースを噴き出しそうになる。
「何言ってんの。もう酔った?」
真向かいに座る幼馴染みでαの舜 太は、仁 人に凄まれてもにこにこと笑顔を崩さない。
「まだ乾杯したとこで酔うわけないやん。これ結構真面目な話やで。変なαに引っかかるくらいなら俺と番ったらいいねん。俺、仁ちゃんの身体のこともΩの勉強もめっちゃやってるで?」
「変なαには引っかからんのちゃうかな。柔 太朗がおるし」
同席しているもう1人の幼馴染み、太 智はβだ。柔 太朗を見ながら「なぁ?」と同意を求める。勿論だと言わんばかりに柔 太朗は真顔で頷き返した。
柔 太朗は人間と同じように飲食できるので、気分でビールを飲んでいる。体内で分解されて排出されるだけだが、こうして飲み食いしている様は彼がアンドロイドだなんて、誰も気が付かないだろう。
勿論、幼馴染みの太 智と舜 太は柔 太朗の正体を知っている。
「そんなの分からんやん。柔ちゃんだって四六時中一緒におれるわけちゃうし。実際、ほら、あったやん」
気まずそうに言葉を濁す舜 太に仁 人は眉根を寄せた。
確かにあった。
柔 太朗のガードの元、仕事と家の往復だけで過ごし「出会いがない」と嘆く仁 人に、本気で誰かと番う気があるのなら行動しろ。と、太 智と舜 太に突っ込まれ、αとの出会い専用アプリを使ってみたのだ。
条件と照らし合わせて、気になるαをチェックして実際に会ってもみた。
仁 人の見目の良さに惹かれα側からの申し込みが殺到したので、マッチングだけは難なくクリアすることができたのだ。
しかし、ここで最初で最強の難関、鉄壁の砦が登場する。
柔 太朗だ。
初回に同伴してくるので、まずそこで脱落する者が多数出た。
αからすれば、アプリに表示された黒目の綺麗な色白美人なΩに一目惚れして申し込んだらマッチングして、有頂天で待ち合わせ場所に向かったら、美人の隣に威圧するほどの美形オーラを放つ青年が立っているのだ。躊躇うのも無理はない。
ーーいや待って。マッチングに何で彼氏連れてくるの。なんか立ち姿モデル感出してるし。え、違うの?友達?そうなんだ。モデルではないんだ。
だが、そこで退いてはαのプライドが廃る。
お友達と仲良いんだね。
じゃあ一緒にお茶でもしようか。
なんて懐の広い所を見せて、Ωを安心させてやる。
目の前のΩは明らかにホッとした顔を浮かべて、はにかむように頷いた。
うん、可愛い。合格。
カフェへと移動して、お互いの印象を探り合う。
αが求めるのは可愛いΩだ。
その点、仁 人はアプリでの印象と変わらず、なんなら実際に会った方が仕草も相まって可愛らしかった。
白くて柔らかそうな指がティーカップを持ち上げるだけで絵になるのがとても良い。
視界に入ってくる友達が微動だにせずこちらを見つめ続けているのを除けば、だが。瞬きもしていない気がするのは気のせいか。
いや、このチャンス逃してなるものか。
折角こんな美人で希少なΩとマッチングできたんだ。相性良ければ番にして面倒見てやってもいい。
αは仁 人に笑いかけた。
「フリーのダンサーなんて、稼ぎもそんなにないでしょ。俺だったら不自由はさせないよ。その代わり、オープンマリッジって感じでどう?」
αのニヤけた口元を見て、仁 人は器用に片眉を跳ね上げた。
「は?」
「なに、仁 人くん。番探しに来たんじゃないの?」
「柔、どうしよこの人」
バカだ。バカがここにいる。
αに目を向けず、仁 人が柔 太朗に問いかけた。
39
天日干し
1,858

13
ろろろ
688
柔 太朗は無表情で三白眼気味の鋭い視線をαに向ける。表情がない美形の睨みはαのフェロモンを凌駕し、たじろがせるには十分だった。
「今の発言はΩの尊厳を著しく損なっています」
今までほぼ無言だった柔 太朗が口を開いた。同時に、黒い瞳が感情の失われた無機質な光を放つ。キュル、と僅かに画像を記録する瞳のカメラセンサーが作動していたが、αが気づく事はなかった。
「パートナーへの誠実性の欠如、および不貞行為の容認傾向を確認。遺伝子適合率の算出以前の問題として、仁 人の番として適正しないと判断しました」
「は、はぁ……? 何その上から目線……。Ω側が何言ってんだ」
「さらに言えば、あなたの現在の収入および資産データでは、仁 人の生活水準ならびに今後のフェロモン抑制医療費、メンテナンスコストを担保することは不可能です。要するに、身の程知らずってこと。帰りなよ」
「なッ……お前! 友達の分際で口挟むなよ!」
プライドを傷つけられたαは顔を真っ赤にして柔 太朗に掴みかかろうとする。しかし、柔 太朗が制するために彼の腕に触れた瞬間、電流が走りαの顔が青ざめた。
「ッつ!」
「これ以上の接触は有害と判断し、強制離脱させるけど?」
「ひっ……! 何だこの男! 気味が悪い!」
捨て台詞を残し、逃げるように走り去っていった男の後ろ姿を見送り、柔 太朗はふぅと息を吐く。二人のやり取りを見守っていた仁 人は興味津々な様子で柔 太朗を覗き込んだ。
「今何したの?」
「ちょっと強めの電気流してあげただけ。でもあのαは刺激に弱かったみたい」
その他にも、柔 太朗という鉄壁を乗り越え複数回会うことはあっても、α優位の発言が仁 人のプライドに触りダメになってしまったケースも複数。無理やり関係を持つため暴力的に支配しようとする者もいたが、駆けつけた柔 太朗に手酷い制裁を受けた。
いずれにしても、今ひとりなので結果は大惨敗だ。
「ぅわあーー! もう俺は一人で生きていく!」
思い出しテーブルへ突っ伏した仁 人に、三人は引いたように距離をとる。
「え、なんなん、急に」
「さっきは出会いがないとか言ってたのに、情緒の乱れエグいな吉田さん」
「ホルモンバランス乱れてるのかな、よっしー、ちょっと身体スキャンしようか」
「いいだろ! 乱れても! そんな時だってあるでしょ! 人間なんだから!」
「吉田さん、酔って……ないな。これオレンジジュースやもんな」
「ノンアルでも酔えるんだよ俺は! そんな気分なの!」
グラスを確認した太 智に仁 人はキャンキャンと吠える。
ポケットから自分のスマホを引っ張り出して卓上に叩きつけるように置いた。
「だいたいさぁ! アプリの中に王子様なんていないんだよ! こんな手の中に収まる電子機器に、俺の何がわかるってんだよ! 運命バカにすんじゃねぇぞ!」
「じ、仁 人、お前、運命の王子様探してたんか……ッ」
「太ちゃん、本人声出ちゃってるけど、隠してるつもりなんだからスルーしてやって」
太 智が枝豆を咥えたまま笑いを堪えると、柔 太朗が小声で制す。
「仁ちゃん、いっぱい吠えて子犬みたいやなぁ」
噛み付かんばかりに歯を見せてスマホを威嚇する仁 人を見て、可愛さ含めた感想が出てくる舜 太はやはりαの風格がある。
いや、感覚か性格の問題か。
柔 太朗は斜め向かいに座る舜 太を冷静に観察していた。
仁 人の決壊し溢れ出した呪詛は止まらない。
あのアプリはサクラばかりだったんじゃないの。
結局、アプリにいるαなんて、ヤリモクだけのチャラい奴ばっかだし。
初回マッチング時の柔 太朗の同伴キツい。
「そこは譲れないから。絶対行くから」
「俺の出会い潰して楽しい?」
「楽しいわけないよ。俺がいて怯むαなんて、こっちから願い下げなだけ」
「お前のマッチングじゃないんだよ!」
「まぁまぁ、仁 人の気持ちは分かるで。保護者同伴でデート行ってるようなもんやもんな。でも柔がおって助かってるとこもあるわけやん? 特にα相手ってなると、どうしても力で勝てないとこあるし、心配する柔のこともわかってやり」
「……分かってる……、柔、ありがと」
「いいの。俺の役目はよっしーを守ることだから」
太 智に宥められ、仁 人はしょぼんと大人しくなった。さっきまで子犬みたいに吠えてたのが、今は捨て猫みたいに小さくなっている。
柔 太朗が仁 人の肩を慰めるように撫でると、はぁ。と仁 人から細い溜め息が漏れた。
「俺、けっこう頑張ってるよな」
「そやで、仁ちゃん。充分すぎるほど頑張ってる。だから俺がおるやん。な、俺と番ろう?」
テーブルの上に置かれていた仁 人の手の甲に、舜 太の手が伸びてくる。
重なる瞬間、ぴしりと柔 太朗が払いのけた。
「舜、勝手な接触は許さないよ」
「え、ひど。柔ちゃん、まだ認めてくれへん感じなん? 俺、付き合い長いし信用ない?」
「信用はしてる。でも番う話とは別」
「んん、そやけど俺も舜 太と仁 人がくっついてくれたら安心なんやけどなぁ」
ストローでジュースを飲みながら太 智がぼやく。
舜 太ええやん。背高いし頭良いし優しいし、顔だってイケメンやで。
太 智は舜 太の良い所を指折り数えた。ハイスペックαには間違いない。
舜 太自身、βからαに転換したというなかなか特異な経緯を持っている。
自分とは無縁だと思っていたαとΩの関係性やバースの特性を勉強し直して、仁 人のこともよく理解してくれている貴重な存在だ。
自分自身の変異を受け入れ、今みたいに明るく好意をぶつけてくれる太陽のような彼を仁 人自身も好ましく思っている。
だからこそ、「太 智の安心のために近場で纏めようとしないでよ」と仁 人は息をつき、目の前にあったポテトフライをつまんだ。
以前にも舜 太に番の提案をされた時。柔 太朗は「うーん」と首を傾げたのだ。
「舜 太は良いαだよ。でも、αに転換してからのデータ不十分な所があって、今すぐ番の適合率を算出するのは難しいかな」
「良いαなら良いんじゃないの? 俺も客観的に条件として悪くないなって思ってるよ」
「うん、そうなんだけど。何と言ったらいいのか、勘と言ったらいいのかな、これって」
「アンドロイドが勘とか言わないでくれる?」
「じゃあ今あるデータを踏まえた上での精査の結果、一旦、今回は保留で」
「はぁ」
アンドロイドらしからぬ曖昧な返答で濁され、舜 太との番の話はそこで終わった。
保留とされた舜 太は一度は落ち込んだが、「保留ってことは、却下ってわけじゃないもんな!」と謎のポジティブ解釈で、それからも仁 人にこうして隙あらばアプローチをかけてくるようになった。
「どれだけ言ったら真剣って分かってくれるんよ」
「101回目とかちゃう? リメイクドラマであったやん」
太 智の言葉に舜 太は「それや!」と膝を叩く。
「じゃあ毎日言ったら、100日後には仁ちゃん、俺のお嫁さんになってくれる?」
「あ、そっち。100日後に番になる話。とかってやつか」
「その流れなんなの? ならないよ」
二人の掛け合いに仁 人は首を振った。
「俺の気持ち置いてけぼりじゃん。舜のことは好きだよ。でも番うって、幼馴染みとしての好きとはまた違うじゃんか」
「俺のこと、番候補として見てくれないってことなん?」
「見れないというよりも、お前の気持ちがまず分からないわ」
求愛というより、大型犬に「遊んで」「構って」と言われてお気に入りのオモチャを差し出されているようなイメージがしっくりくるのだ。
舜 太を見つめながら、仁 人は小首を傾げる。そして前髪を触り、そわりと落ち着かない様子で続けた。
「大体こういうのってさ、人前で言うもんじゃないでしょ。恥ずいんだよ」
「あーっ、そっか。ごめん。皆んなの前で告白とか恥ずいんや。俺も場所とタイミング間違えてしまったんやね。あ、ちょっと待って。刺身きたわ。食べていい?」
「それだよ! そのノリがやだ! 軽いんだよお前!」
「だってぇ。刺身は新鮮なうちに食べないと美味しないやん。な、みんな食べよ」と、全員に刺身を勧め始める。
「お、おう」
空気になって様子を伺っていた太 智たちも気まずそうに箸を伸ばした。
「うまっ。仁ちゃん美味しい?」
「……、ん、美味い」
仁 人が頷くと、にこにこと笑顔を浮かべた舜 太が前のめりになり、仁 人の顔を覗き込んだ。
「ごめんな仁ちゃん。乙女な仁ちゃんは恥ずかしがり屋なこと考えてなかったわ。でも今やって、仁ちゃんが美味しそうに刺身食べてるの見たら、俺も幸せになるくらいには仁ちゃんのこと考えてるで」
「そ、そうなんだ」
「反省してやり直すから、今度から数えといて。で、100回言ったら考えてくれる?」
「……その間に誰も現れなかったら、考える、かも」
パタパタと尻尾を振る勢いな舜 太の様子に、無下にできない自分がいる。
口元を両手で抑えながらポツリと呟く仁 人に、舜 太は目を丸めて口角を上げた。
「ほんまに?! 嬉しい! やっと一歩前進や! 俺、仁ちゃんの王子様になれるよう頑張るな!」
「は? なに王子様って、っ〜〜〜〜〜〜あーッ!! もう嫌だ!! 隠せてなかった! スルーされてもなかった!!」
「いや仁ちゃん、さっき大声で叫んでたやん」
「うるさい! バカ! 忘れろ! 今すぐこいつのメモリ消せ柔 太朗!!」
「さすがに人の記憶消すのは無理だよ」
「ごめん、俺も聞いてたしな」
静かに挙手する太 智に、頭を抱えて仁 人は再びテーブルに突っ伏した。
そのまま何やら人生の不条理について呟いていたが、全てはテーブルが吸い込み誰の耳にも届くことはなかった。
柔 太朗の起動から11年3ヶ月。
26歳、吉田 仁 人との記録。
最適なαが現れるまであと3日。
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