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#あべさく
めかぶぷりん
8,223
29
雪月❄️
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フェンリルになったふーちゃんは速かった。その大きさの動物が走れるほどに屋敷の廊下が広いことにも驚きだったが。
「この先に部屋があります。そこに、亮平様がいるはずですわ」
芙蓉の言葉に、目黒も渡辺も拳を握る。
もうすぐだ。
更にスピードを上げたふーちゃんの前に、重厚な扉が見えてきた。月と星の装飾が施された、夜の色をした扉。その前でふーちゃんから降り、扉を開ける。
中は、扉のイメージと同じような夜と月の部屋。夜空を思わせるような落ち着いた深い色合いの部屋は静かで、想像していた場所とはまるで違う。
その部屋の中心よりも奥に見えた淡い緑の光に、目黒も渡辺も息を呑んだ。
🖤「阿部ちゃん!!!」
椅子のような装置に拘束され、目隠しをされ、淡く輝いている阿部の姿。何が起こっているのか、行われていたのか、理解ができない。
💙「てめえ! 阿部ちゃんに何してやがる!!」
渡辺の声は、阿部の傍に立っている久世に向けられ、渡辺の横にいるフェンリルふーちゃんも身を屈めて唸り声を上げている。
「全ての準備は整った。彼らと共に来るのは想定外だったが、琴波、これで漸く願いが叶う」
「なんということを……今すぐ亮平様を解放してください。わたくしはこのようなこと、望んでおりません」
「何か吹き込まれでもしたのか? いや、どちらでも良い。琴波が平穏に暮らせるならば、それでいいのだから」
「……わたくしの言葉はもう、届かないのですね」
目を伏せ、微かに言葉になったような芙蓉の声。
目黒は芙蓉に視線を少しだけ向け、それから阿部を真っ直ぐに見る。目黒と渡辺が来てからも、阿部はピクリとも動いていない。見えていないだけではない。声にすら反応を見せなかったということは、すでに久世の異能である支配にかかっているのだろう。
今すぐにでも助けなければ阿部が危険だ。
ダンッと強く床を踏むと十数本の蔓が出現して阿部の方へと向かうが、それを遮るように立った衣吹がニヤリと口角を上げる。
「残念」
瞬間、ピタリと動きを止めた蔓。衣吹の固定だろう。
🖤「それ、こっちのセリフ」
衣吹の足元から生えた蔓の一本が衣吹の右足に絡まると、蔓は勢いよく衣吹を振り回して飛ばした。
🖤「しょっぴー! 阿部ちゃんを! 衣吹は俺が!」
衣吹を追うように目黒は窓際の方に向かい、それを受けて渡辺と芙蓉は久世と阿部の方へ向かう。
空中で体勢を立て直した衣吹が、軽く床に降り立った。
「うっわ、やっべー、油断した」
🖤「油断? 見下してるからだろ」
「正直、蔓なんて余裕じゃん? あの頃から、なんも変わんないねー、先輩」
🖤「はあ?」
「いっつもやる気なさそうな顔してたじゃん。知ってんだよ。サッカー部で目立ってて、でも何にも興味ないって顔して、いっつも女子にキャーキャー言われてた、人気者の目黒蓮」
🖤「……だから何?」
「おーおー、怒ってんね。だからこそ、あいつにそんな顔してんの、ホント、ビックリしたんだよ。あの日、あの視聴覚室で見て。すっげー興味わいたね。まあ、阿部亮平の特殊な異能の方が印象に強く残ったわけだけど」
🖤「お前のせいで阿部ちゃんがどんだけ大変だったと思ってんだよ」
「オレのせい? 違うね。オレが見つけなくても、いずれ辿り着かれてただろ。あんなバケモンみたいな力、一生隠せるわけなんかない」
聞き逃せないワードに、目黒の周囲に黒い蔓が何本も生え、蠢く。
🖤「それ以上、喋んな」
「……へぇ?」
🖤「お前らがそういう態度だから、阿部ちゃんが苦しむんだろ! どんな力があったって阿部ちゃんは阿部ちゃんだ。阿部ちゃんを哀しませる奴は許さない」
「だったらどうする? そんな蔓ごときで、オレの固定を突破できるとでも思ってんの?」
🖤「さっき、足取られて飛ばされた奴が、よく言うよ」
一触即発の中で、先に動いたのは目黒だ。黒くギザギザとした葉っぱを生やした蔓が衣吹へと向かっていく。
それを衣吹は固定して止めるも、別の蔓が衣吹へ向かう。
「ハッ! 何度やったって同じだよ!」
🖤「どうかな」
衣吹の背後に立った目黒。目を見開いた衣吹の背中に蹴りを入れて衣吹が床に倒れ込むも、すぐにしゃがんで体勢を立て直している。
蔓を固定することに集中していたせいで、目黒の姿を見失っていたことに気付かなかったらしい。
この辺りが、衣吹攻略の鍵になりそうだ。
床にしゃがんでいる衣吹を冷たく見下ろす。
🖤「まだまだ、お前らが阿部ちゃんにやったことに対して足りてないんだよ。このくらいでへばるなよ」
「……言ってくれるねぇ。愉しくなってきたじゃねえの!」
久世の許に来た、渡辺と芙蓉。
渡辺が、一歩前に出る。
💙「阿部ちゃんを解放しやがれ!」
「これは琴波を解放するために必要なものだ」
💙「っ! これとかものとか、阿部ちゃんのこと、何だと思ってんだ!」
「全ては琴波のためのものだ。それ以上でもそれ以下でもない」
💙「昔っから、変わんねえんだな。俺のことも、オーバーロードしたって異能使うの止めなかったもんな。誰がどうなろうと、関係ねえってか。何様のつもりだよ、お前」
ぶわっと、溢れるように渡辺の周囲に花びらが浮かぶ。硬く鋭く硬化した花びらは、凶器と呼べる代物だ。
それを見て、久世が目を細める。
「その異能、懐かしく思うよ。あの頃の私はまだ幼く、無知だった。今ならもっと有益に、その力を使えたというのに。後に阿部亮平と繋がるのであれば、あの時点で仕込んでおいたものを、惜しいことをした」
💙「……は? ケンカ売ってんのか、てめえ」
「事実を述べているだけだ。内部に潜り込ませれば、もっと簡単にここまで来られていたというのに」
💙「ざけんなよ。俺が阿部ちゃんの害になるわけねえだろうが!」
刃と化した花びらが一斉に久世に向かう。
動かない久世。
目前に迫った花びらは、あと三十センチほどでぶつかるというところで、ピタリと動きを止めた。
💙「なっ!」
「意思のないものを支配するのに、触れる必要もない。支配権を奪われればどうなるかは、風花を扱う君なら知っているだろう?」
スッと、久世が手を前に出すと同時に、全ての刃化した花びらが渡辺の方へと向かってきて、咄嗟に硬化した花びらを自身の周囲で旋回させて結界を作り出して相殺した。
「支配権は全て、私にある」
💙「だからって、諦められるかよ! 全部終わらせて、阿部ちゃんと帰るんだ、あそこに、俺たちの場所に!」
「……それが、彼を一番、苦しめることになるのだがね」
💙「……は? 何、言って……」
「阿部亮平。出番ですよ。見せてあげなさい。君の、《氷城》を」
久世の声に呼応するように、部屋中に冷気が溢れる。宮舘のものと酷似しているが、見回しても宮舘の姿はない。
そして、冷気は渡辺の周囲で結界を作っている花びらに付着すると、瞬時に花びらを凍らせた。
💙「阿部、ちゃん……?」
「そうだ。これこそ、支配。今や、彼の意思は私のもの。そして、君が抵抗すればするほど、彼は異能を使わなければならなくなる。それは意識のある彼にとって、どれだけ苦痛なことか」
💙「意識って……分かってんのか、これを、自分がやってるって……」
「見えていないのは幸いだろうがね」
「なんと惨いことを……! 今すぐおやめなさい!」
💙「ホンットに、くそ野郎だな、てめえ!」
「そう思ってもらっても構わない……さあ、阿部亮平。次は鋼裂だ」
阿部の周囲に鋼で出来た羽根が浮かび上がる。それは深澤がよく使っているもので、羽根の先端が全て、渡辺を向いていた。
💙「やめろ! 阿部ちゃん!」
一斉に、羽根が渡辺へと飛んで行った。
部屋全体に広がった冷気に、目黒は動きを止めた。宮舘が来たのかと思ったけれど、見回してもいない。見えないところから助力してくれているのかもしれないとも考えて、渡辺の表情を見てそうではないのだと気付いた。
だったら、これを扱えるのは一人しかいない。
🖤「っ」
眉を顰め、唇を噛む。
こんなところで足止めをされている場合ではない。
「よそ見してんじゃねえよ!」
近距離で拳を振り下ろしてくる衣吹に、体を引いて避けた目黒は、衣吹の足を払って床に倒す。
🖤「邪魔すんな! お前の相手してる場合じゃなくなったんだよ!」
そのまま衣吹の足に蔓を巻き付けると持ち上げ、逆さまにした状態で宙に浮かせる。
「うわ、ちょ、何すんだよ!」
🖤「これだと、固定したところで意味ないだろ。お前のこと、会ったら一発ぶん殴るって決めてたから」
手首を鳴らして、宙づり状態の衣吹に近づく。
「……は? え、冗談、だよな」
🖤「冗談に見える?」
「うわ、ごめ、謝るから! 悪かったって!」
目黒の足は止まらない。
「わ、やめ、ストップ、ストップ!!」
バタバタと動いている衣吹。拳を握り締めて、腰を落として腕を引く目黒。一歩、足を踏み出したと同時に繰り出された右拳が衣吹の鳩尾に当たり、そのまま突き上げるように拳を振り抜いた。
衣吹の足から蔓が外れたことで吹き飛んだ衣吹は弧を描いて床に落ち、完全に意識を飛ばしている。
🖤「……はぁ。こんなんじゃ、ぜんっぜん足りないけど」
床で伸びている衣吹に目を向けることなく、目黒は渡辺の方へと駆け出した。
そこで見えたのは、渡辺に飛んでいく無数の鋼の羽根で、目黒は太い蔓を出現させると、鋼の羽根を叩き落すように蔓を振るった。
全てを落とすことはできず、何本かは渡辺の横を通り過ぎていったが、当たりそうなものは落とせていたから無事だろう。
🖤「しょっぴー」
💙「めめ……助かった」
🖤「今のって、ふっかさんの」
💙「……阿部ちゃんだ。電脳総命で異能、使わされてる。しかも阿部ちゃん、それやってんの、分かってるって。俺らに攻撃してるの全部、分かってる」
🖤「っ……阿部ちゃんが、一番、つらいやつだ」
夢幻ノ杜で目黒が残ろうとした時に、阿部が実際に言っていた。俺に傷つけさせないで、と。だからこそ、目黒はそこで引いたのだ。帰るからという阿部の言葉を信じて、阿部の心に傷を負わせないように。
それを今、させられている。他人から与えられた自分の意思で。
「申し訳ありません。久世の支配で意識が残っていること、わたくしは知りませんでした。いいえ、以前はそうではなかったのです。恐らく、想像増大の影響でしょう」
二人よりも下がった位置にいる芙蓉の言葉に、奥歯を噛み締める。
夢幻ノ杜で持って行かれた人形が、まさかここまで影響するとは思わなかった。否、深澤と話した時に最悪の組み合わせだと分かっていた。それでも、こうなることを予想できなかった。あの時、阿部やラウールに話をしていたら―――。
そこまで考えて、頭を振る。
今は後悔している暇はないのだから。とにかく、阿部が異能を使うことを阻止しなければならない。そのためにやることは一つ。
真っすぐに、目黒は久世を見据えた。ただ笑みを浮かべてそこに立っている久世は、何もしてこない。違う。待っているのだろう。目黒と渡辺が攻撃してくるのを。そして、それを阻むために阿部に異能を使わせるために。
気に食わない。
🖤「あいつをどうにかするしかない。阿部ちゃんがどの異能を使うか分かんないから、その都度、対処するしかないね」
💙「だな。ただ、久世に真っ向から異能をぶつけても、支配権もってかれる。簡単には当てらんねえぞ」
🖤「……芙蓉。久世を引き付けてほしい。それで久世を制圧できれば、阿部ちゃんを解放できるかも」
「承りましたわ。亮平様のために、全力を尽くします」
🖤「しょっぴー。絶対、阿部ちゃんの攻撃を食らったらダメだ。一撃でも、かすり傷でも。それだけで阿部ちゃんの傷になる。攻撃してるっていうだけでつらいのに、これ以上はもう、そんな思いさせたくない」
💙「分かってる。何がきても、防ぎきる」
🖤「……やろう」
言い、目黒はすぐに三本の蔓を出現させて久世に向かわせた。しかしそれは、ピタリと動きを止め、こちらへ戻ってくる。
想定済みのために、目黒に一点集中するように向かって来た蔓をジャンプして避け、その間に渡辺が結晶花を数個、生み出した。
その結晶花を壊すように阿部から放たれたのは、電気。使って来る異能は、他者のものだけとは限らないということだ。
けれど、これでいい。
この攻撃の目的は、彼女を久世の許へ向かわせることなのだから。
戦闘の合間を潜り抜け、芙蓉が久世に近づいた。
「琴波……ようやく、私の許へ来てくれたね」
「……わたくしは言ったはずですわ。このようなことはやめて、と」
「何が気に入らない? 全ての準備は整った。あとは、琴波の異能を消失させるだけだ」
「もう、あの頃のわたくしではないのです。今はそのようなこと、望んではいません。わたくしが望んでいるのは平穏だけですわ」
「その望みを叶えるのが、この場所と、彼の電脳総命だ。すぐに叶えられる」
「お断りですわ。わたくしの望みはわたくしが叶えます」
キッパリと言い切った。
その意思も、瞳も、決して揺らぐことはない。
「あなたの手は借りません。他者の意思を捻じ曲げてまで遂行しようなどと……そのような愚かな行為、決して、許されることではありません」
背後で、異能同士がぶつかっているのを感じる。目黒と渡辺が、阿部の異能を防いでいる。久世が直接声に出して指示をしなくてもいいということは、支配が深く入り込んでいるということを表している。
このままでは、阿部が飲み込まれてしまう。
「琴波。もう止めるつもりはない。琴波にその気がなかろうとも、完遂させる。それが私の、私たちの幸せに繋がるのだから」
久世の背後に出現した蔓が久世の体に巻き付いた。
このまま、渡辺の花で麻痺させれば無力化できると、そう思った瞬間、久世に巻き付いた目黒の蔓が凍り付いて砕け散った。
「良い作戦ではあったが、出し抜くには至らないな」
久世がパチンと指を鳴らすと、渡辺の体が重力に圧し潰されるように床に倒され、芙蓉の右足首に巻き付いた蔓に引っ張られて芙蓉はその場に座り込んだ。
そして目黒の肩に痛みが走ったかと思うと、肩には一本の彼岸花が刺さっており、途端に体が痺れて足に力が入らなくなると、膝をつき、そのまま床に倒れ込んだ。
「素晴らしい力だ。複数の異能を同時に扱うこともできるとは。稀有な力が発現するだけの頭脳の賜物か」
🖤「っ、阿部、ちゃん……」
見つめる先の阿部の頬を、ツーと涙が伝っていく。
目隠しで見えていないはずだけれど、使っている異能と、聞こえている声から感じ取っているのだろう。状況を読むことに、長けているから。
悔しさに、目黒は拳を握り締めることしかできなかった。
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