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謎の人物の出現により、シャンフレックの一日の計画が狂ってしまった。
正面玄関から堂々と入ってきたシャンフレックとアルージエを見て、侍女のサリナは戸惑った。
「お嬢様? そちらの方は?」
「拾ったわ」
「拾った!?」
シャンフレックはここまでの経緯を説明する。
アルージエはどう考えても怪しい人物だ。
サリナは従者として、危険な人物を主人に近づけるわけにはいかない。
「アルージエさん、でしたか。記憶喪失というのは信じがたいですが」
「それは私も同意見よ。だからといって、自分の敷地内で倒れてる人を見過ごすわけにもいかないし」
二人の会話を聞いていて、アルージエは困っていた。
身分を示すものは携行していない。
信じてもらおうにも信じてもらう材料がないのだ。
「僕が信用できないならば、牢に入れてくれて構わない。決してきみたちに危害は加えないし、利敵行為も働かないと約束しよう」
馬鹿まじめに誠実な人物だ。
シャンフレックはアルージエからそんな印象を受けていた。
「何も罪を犯していないのに、牢屋に入れられるわけがないでしょう? こちらに来なさい。執務室で行方不明者の届け出がないか確認してみるわ。幸い、名前は覚えているみたいだし」
「私もお供します」
念のため、護衛としてサリナも同行する。
いつアルージエが主人に危害を加えるかわかったものではない。
「サリナは相変わらず心配性ね」
「当然の務めですよ?」
「……」
廊下を進むシャンフレックとサリナの後ろを、アルージエは周囲を見ながらついてきた。
彼はどのような身分だったのだろうか。
先程考えたように、そこまで低い身分ではないと思うが。
「こういう屋敷は見覚えがある?」
「うーん……なくはない、と思う。あんまり違和感はない」
「つまり、普段からこういう環境で過ごしていたってことね。でもアルージエなんて名前の貴族、聞き覚えがないわ。もしかして誰かの隠し子かしら」
執務室の扉を開き、シャンフレックは引き出しを開ける。
「行方不明者や捜索願の書類をまとめるわ。少し時間がかかるから、そこで待っていて」
「僕も手伝おうか?」
「記憶喪失じゃ何も手伝えないでしょう? いいから座ってて」
アルージエは申し訳なさそうに椅子に座った。
サリナは相変わらず彼を警戒しているようだ。
おそらくアガンが知ったら、一刻も早くアルージエを追い出そうとするだろう。
書類を確認しながら、シャンフレックは尋ねる。
「ねえサリナ。この敷地、不正に侵入できる箇所とかあるのかしら」
「この方が入り込んでいるということは、どこかしらに不備があるのでしょう。至急、確認を出します」
「お願い。私は一人でも大丈夫だから、手回ししてもらえる?」
「それは……わかりました。お気をつけて」
サリナは不服な様子だったが、主命を受けて部屋から出て行く。
アルージエはずっと観察されて気が張っている様子だった。
これで彼も少しは気が楽になるだろう。
「僕を信じてもいいのか? 見ず知らずの人の前に、令嬢が護衛もつけずに出るなど……」
「互いに名乗ったのだから、見ず知らずの関係ではないわ」
「そうか……ありがとう。では、僕もきみを信じよう」
アルージエは微笑んだ。
その笑みに、強烈な眩しさを覚えてシャンフレックは目を逸らす。
「……でも、おかしいわね。アルージエという名の人物はこの領地に登録されてないわ。本当にそれが名前なの?」
「そのはず、なんだが……自信がなくなってきたな」
直近で行方不明になった者に、若い男はいない。
名前の特徴から考えても、ここら辺の人間ではない可能性が高い。
外国にいそうな名前だ。
「う」
「……どうしたの?」
突然アルージエがうめき、頭を抑える。
慌てて駆け寄ったシャンフレックは彼の手をどかして、抑えられた箇所をみる。
「かなりの傷が出来ているじゃない……!? どうして言わなかったの!?」
「そうなのか? 気づかなかった……」
側頭部に、鉄製の武器で殴られたような傷があった。
これで記憶を失ったのだろうか。
「とにかく、医者に診せるわよ! 早く!」
「あ、ああ……すまない」
シャンフレックは慎重に彼を立ち上がらせ、医務室に向かった。