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これは、もう、気まずすぎる。トホホ。


「朝倉先生、申し訳ございません」


美優を抱えた状態で、頭を下げた。

気持ちとしては、土下座をしたいぐらいだった。

お世話になりっぱなしの朝倉先生にどんだけ迷惑をかけているんだろう。トホホ。


「取り敢えず、上がらせてもらっていいかな」


朝倉先生にそう言われ、ハッとした。

家の玄関先で何をしているのか……。


「ドウゾ、オアガリクダサイ」


ツライ、辛すぎる。

せっかく部屋を綺麗にして、私もよそ行きの服に着替えて準備万端だったのに……。

あきらめモードで、美優をベビーサークルに下ろそうとすると、朝倉先生が美優を受け取るように手を差し伸べる。


「美優ちゃんを抱かせてもらってもいいかな?」


「はい、おねがいします」


美優も朝倉先生へ手を伸ばし、抱っこをねだる。

息が掛かるほどの距離。

視線が合うと気まずさから目を逸らしてしまう。

それを誤魔化すように「お茶を入れますね」と声を掛け、キッチンに移動した。


キッチンに入った私は、頭の中でグルグルと考えがまとまらない。

どうしよう。何から話す?

だいたい、どこから話したらいいの?


まったく、将嗣が変な時に来るのがいけない。仕事相手が来るから帰れって、言っているのにグズグズ帰らず、朝倉先生に余計な事を言って。

なにが” 美優の父親 ”だって、つい、この前、知ったばかりなのに何なの?


将嗣への怒りが沸々を湧いてくる。

朝倉先生を牽制するようなことを言って、朝倉先生は、ただ親切で私たち親子の事を助けてくれているのに……。

はぁー、と大きなため息を吐いた後、気を取り直して朝倉先生に声を掛ける。


「先生、お茶が入りました。どうぞ、椅子におかけください。美優を見て頂いてありがとうございました」


テーブルの上にお茶を置き、美優を受け取ろうと手を伸ばした。

すると、朝倉先生の手が私の手首を掴む。


「先生?」


「この子の父親と会っているのか?」


普段の穏やかさからとは、違う荒々しさに朝倉先生の怒りの大きさが伝わってくる。その行動と言葉に戸惑った。


” この子の父親と会っているのか? ”


美優の実の父親がいるのに、朝倉先生に散々迷惑を掛けてしまっている。本当に申し訳がたたない状態だ。

朝倉先生の問いになんて答えたらいいのだろう。

私は、小細工や言葉の駆け引きが出来る様な器用なタイプではない。本当の事を言うしかない。


「この前、偶然会ってしまったんです。今日も勝手にやって来て、朝倉先生には、ご迷惑をお掛けしてすみません」


すると、朝倉先生は、気持ちを落ち着けるように、ふぅーっと息を吐き出した。

でも、手首は掴まれたままだ。

ドキドキしながら顔を上げると、ふたりの視線が絡む。

朝倉先生に掴まれている私の手首がクンッと引き寄せられ、美優を抱えた朝倉先生の空いている方の胸に、ストンと抱き留められた。


「えっ?」


朝倉先生のウッディな香りに包まれ、触れた部分からは体温が伝わって来る。


ち、近い。これって、どういうこと?

その場で固まっている私の耳に朝倉先生の声が聞こえた。


「ごめん、頭に血が上ってしまった」


そう言って、朝倉先生は私と美優を抱きしめたまま動かない。


それにしても何で朝倉先生が ”ごめん”なんだろう?

散々迷惑を掛けられて怒って当然だと思うんだけど……。

今日の朝倉先生の行動は、わからないことだらけだ。



「朝倉先生?」


と声を掛けると朝倉先生は、ハッとして、私を腕の中から解いた。


「ごめん、ごめん」


いつもの柔らかな笑顔に変わる。


「谷野さんのプライベートに口を挟んでしまって、すまなかったね」


朝倉先生の謝罪の言葉に首を振った。


「そんな、朝倉先生には、この子の産まれる前から助けてもらっています。産院で(仮)パパまでして頂いているんですもの。朝倉先生無しでは、私たち親子はこうして暮らせなかったかもしれません。朝倉先生には感謝しています。美優も私も朝倉先生のことが大好きですよ」


私の言葉を聞いた朝倉先生は、甘やかに微笑んだ。


イケメンの蕩けるような笑顔が、尊い……。


というか、この狭い部屋のとても近い距離で、その笑顔は反則です。


自分の頬が熱く火照っているのがわかる。朝倉先生の手がスッと伸び、その火照った頬へ触れた。そして、形の良い薄い唇が動く。


「君たちは、特別だからね」


ずるい。


その特別の意味が知りたくなる。私がどれだけ朝倉先生の言葉に動揺するか、わかっていないんだから……。


「朝倉先生も私たちにとって特別な存在です」


私の言葉に、朝倉先生はフイッと顔を逸らした。


また、何かやってしまったのではないかと不安になっていしまい、朝倉先生の様子をおそるおそる窺った。

すると、朝倉先生の耳が赤く染っているのに気付く。


もしかして、朝倉先生照れているの?

そう思うと、ドキドキと心拍数が早くなる。


朝倉先生が私の方へ向き直り、耳元に小さな声で囁いた。


「名前……。朝倉先生では無く違う呼び方で、呼んで欲しい」


「えっ? 名前?」


「そう、名前」


朝倉先生の名前。『朝倉翔也』をなんて呼べば良いのだろう。


「翔也……先生」


慣れない呼び方で、呼ぶのはどこか恥ずかしい。


「はい。……夏希さん」


呼び方を変えただけなのに、近い距離が恥ずかしい。

心がそわそわと落ち着かなくなる。


朝倉先生にとって、私はただの仕事相手と思っていたのに” 特別 “と言ってもらえたり、名前で呼ばれたり、これは勘違いじゃなくて自惚れていてもいいのかな。

名無しのヒーロー

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