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「――っ」
工事現場に着くなり、わたしは目をまん丸くして立ち尽くした。
わいわいがやがやと人のような声があちらこちらから聞こえてきて、けれどそれはどこからどう見ても人なんかじゃなくて。
「なに、これ……」
わたしは口にして、思わずその場にへたり込んでしまいそうになる。
「タクミ」
そんなわたしの腕を、堂河内くんは咄嗟に掴んで支えてくれた。
今、わたしが目にしているその光景は、確かに堂河内くんの言う通り、目を背けたくて、見なかったことにしたくて、けれど確かに彼らはそこに居て。
「そんな、でも、こんなのって……」
そこに居たのは、一つ目の小柄な男、頭にお皿をのっけて甲羅を背負った妙な生き物、二本足で立つたくさんのタヌキやキツネ、犬のような猫のような顔をした和装の集団、毛むくじゃらの茶色い猿のような何か、頭のてっぺんに大きな角のある大男、巨大なネズミ、子供が描いた落書きみたいなウネウネした蛇に似た化け物――ほかにも何が何やら解らない、見たこともないような異形がわらわらと屯していたのだ。
「これ、なに?」
訊ねると、堂河内くんは真帆さんが空を飛んでった時と同じようなことを口にした。
「――見たまんまだよ」
それから小さくため息を吐いて、
「いわゆる、妖怪と呼ばれる存在。それに相当する何者か。けど、彼らは自分たちを妖怪なんて呼ばない。彼らはそこに居る。居るからには居る。人間と同じだよ。ただ住む世界が違うだけの、不思議な存在。いや、案外彼らからしてみれば、僕たちの方が不思議な存在かも知れないね」
「……そんな」
堂河内くんの言っていることがいまいち理解できなくて、けれど言いたいことはなんとなく伝わって。でも、だからって、それに対してわたしは、いったいどうしたらいいわけ?
こんなものを、こんな人たちを見て、うまく言葉に言い表すことも出来なくて、ただただ戸惑うしかない。
その時だった。
「はいは~い! みなさ~ん! 注目してくださ~い!」
どこか間延びしたような声が、どこからともなく聞こえてくる。
その声は明らかに真帆さんのもので、あたりを見回してもその姿は見当たらなくて。
妖怪たちを見てみれば、みんな同じように空を見上げている。
わたしもつられて夜空を見上げて。
「それじゃぁ、これから皆さんにお願いすることを説明するので、よく聞いててくださいね~」
「は~い」
「う~い」
「あいあい」
「なにすりゃええんじゃ」
「しっ、ちゃんと話聞いとき」
「あ、ちょっと便所に」
「そんなのあとあと!」
真帆さんの言葉に、ざわざわする妖怪たち。
「はいはい、説明はカンタンです!」
真帆さんはぼんやりした月を背景に夜空にホウキで浮いたまま、ぱちんっと両手を叩いてから、
「今、この工事のせいでこの地を流れている地力――地の魔力が乱れています。本来なら町の外へと流れる川を伝って南下していくところ、行き場を失った地力は」
と、そこでびしっと右人差し指を天頂に向かって突き上げる。
「この町の空へ向かって流れ、空を覆ってしまったのです。それが月の形を歪めている原因です。月から注がれている月の魔力と空を覆っている地の魔力が拮抗して、巨大な魔力のレンズとなって月の形がいつもと違って見えるようになっているんです。ではこの流れをどうしたらいいと思いますか? はい、金剛さん!」
言って真帆さんは、天頂を指していた人差し指を、今度は大きな身体の(この妖怪は明らかに人だった。人にしか見えなかった。たぶん、人だと思う。たぶん)男に向かって差す。
「え、あ、俺?」
うろたえながら、金剛さんは、
「だから、つまり、あれだ。地力の流れを戻してやればいいんだろ?」
「そのとおり!」
真帆さんは満足したように胸を張って鼻息荒く、
「要は、この工事現場で流れの変わった魔力がちゃんと川に向かって流れるように、ちょっとだけ手を加えさせてもらえればいいわけですよ」
「はぁ、なるほど」
うんうん頷く金剛さんに、真帆さんはにっこりと微笑んで、
「それじゃぁ、皆さん! 用意は良いですか!」
「仕方ねぇなぁ」
「んだば、やるか」
「よっしゃ、やったるか」
「ちょっと、便所行ってからでええか?」
「そう言ってさぼる気なんだろ、お前!」
「はてさて、頑張りますかいな」
口々にそんなことを言う妖怪たちを見渡して、真帆さんはにやりと笑んでから、
「それじゃぁ、作業開始です!」
「「「「おぉー!」」」」
妖怪たちの声が、こだました。