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「……女性に年齢を聞いたりして悪いが、君は年はいくつなんだろうか?」
「……はい、あの、32歳です。30を過ぎてもイラストレーターとしての夢を追っているだなんて、あまりいただけないようにも思われてしまうかもしれないですが……」
有名メーカーのCEOという肩書きの方を目の前にして、まるで面接でも受けているかのような緊張感に、手がじわりと汗ばんでくる。
「その年齢なら、若輩ということもないだろう。私は42歳だから、10歳ほど離れているぐらいだから」
……42! こんなにもスーツをスマートに着こなした、有名企業のCEOが私と10歳差の、42歳だなんて……!!
「CEOとのことだったので、もっと年齢が上の方だとも思っていました……」
顔を改めて見てみれば、口元と顎に濃くはない程度に気持ちたくわえられた髭が、一見すると年齢をやや上に見せているだけにも感じられるようだった。
「……息子がいい年にもなったんで、社長の座を早くに譲ったんだ。まだ私にも、取締役としての権限はあるがな」
「そうなんですか、息子さんに……」
息子さんが、いらっしゃるんだ……。だけど年齢的にも当然なのかもしれないと、ぼんやりと感じた……。
「受けてはもらえないだろうか?」
そんなにも真剣に頼み込まれては、当然断れるはずもなく……。
「それでは、運転手の件もイラストと合わせてお引き受けさせていただきます。……こんな風にお会いしたのも、何かのご縁なのかもしれないですし、自分でも仕事については、そろそろ本気で考えなければいけないようにも感じていたので……」
了承の旨を伝えると、蓮水さんはふっと表情を柔らげて、
「ありがとう。……広報誌の方は追ってお願いをするが、悪いが、運転手は明日からでも早速頼めないだろうか?」
そう続けざまに口にした。
「……あ、明日からでしょうか?」
面食らって、思わず聞き返す。
「ああ、申し訳ないんだが、もし君の都合が合うようであれば、明日からお願いをしたいんだ。運転手がいなくなり本当に困っていてな」
「はい、ええ……でも、明日からというのも、急すぎる気もして……」
とっくに中身もなくなり冷え切ったコーヒーカップを両手で包み込んで、せめてもの戸惑いを押し込めようとする。
「仕事のことを本気で考えるのなら、損はないと思うが。チャンスは即決で手に入れなければ、逃げていくだけだからな」
大企業の責任者然としたその言葉に、ぐっと息が詰まる。
今まで、こんな風にいつも二の足を踏んできたから、何一つものにできないまま、いつの間にか30歳も過ぎてしまったんだと、改めて実感した……。
私の答えを待って、真っ直ぐに見つめてくる眼差しに、
「……それでは、明日からよろしくお願いします」
きっぱりと腹をくくる気持ちで答えた。
「交渉成立だな。では、明日の朝9時に私の家まで来てくれるだろうか?」
手帳に住所を書きつけて、ページを切り取ると、
「もしわからないことがあれば、その番号に連絡してほしい」
と、住所の下に記してある携帯の番号を指先で差し示した。
「あっ、はい…。あの、いろいろと至らないところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
立ち上がり体を折り曲げて、お礼を言うと、
「そんなに恐縮はしないでいいから。10歳の年の差ぐらいは大したこともないだろう?」
そう言うと、口角を緩やかに引き上げて、まさにダンディとも言えるべき魅力的な笑みを、その人は浮かべた──。