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俺は額に手を当てて、内心では盛大なため息をつく。セージはというと、何とも言えぬ表情で妹と伊織を交互に見る。
一方、妹からとんでもない暴露を聞いた当の本人である、伊織はというと……。両の目を大きく見開きながら、口を閉じることを忘れたかのように開いたまま絶句している。
そのままの状態で、どれくらい時間が経っただろうか。ようやく、頭の整理ができたのだろう伊織は、やや引きつった笑顔を浮かべながらも、恐る恐るといったように、妹の方を見ては口を開く。
「えっ、と……いやいやいや、そんなまさか。それこそ、ありえないでしょう」
……と、伊織は軽く笑っては俺を見ながら「ねぇ、ヤヒロさん?」と、同意を求めるように顔を向ける。
「………………」
俺はすぐさま、伊織から『サッ』と無言で顔をそむける。
不審な俺の反応を見た伊織は、さらに確認するようにセージへと顔を向ける。
「えーっと、そのぉ……」
……が、セージもぎこちない笑顔で、伊織からゆっくりと顔をそむける。
この同じような反応を示す俺たち二人に、伊織は再び妹へと顔を向ける。
顔があからさまに、パニクっている。
ちなみに『パニくる』とは、『パニックになる』の略である。
なんでそんな、分かるような言葉を説明をするかって? 俺も最近気づいたのだが……今の若者には『死語』と認定され、時たま通じないことがあるからだ。
ついでに、だが……。妹には通じるが、伊織や歳の近い同僚には通じない。そういうところが、オタクや世代特有の壁を感じる。そして俺は毎回、ジェネレーションギャップで地味にショックを受ける。
まぁ、こういう理由の一つに、だ。俺たち兄妹は、世間一般的な家庭の親御さんたちと比べて、両親と歳が離れている。俗に言う、晩婚というやつだ。
そのせいか、親世代のネタが地味に通じてしまうがために、俺はよく周りから『お前、実はサバ読んでるだろ?』と言われる。全くもって、失礼な話だ。
話が脱線してしまったが……そんなことは、実にどうでもいい。今、目の前の伊織は、妹の宣言とその内容の不一致に困惑しているのだ。
「どう、いうことですか……?」
先程の妹の説明だと、『あの謎の道化師に、剣で胸を刺された』という情報しか分からない。実際、妹もそこまでの記憶や情報しかないのだ。故に、そう説明せざるを得ない。
しかし、それが事実だとして。この妹は何故、こんなにもピンピンしているのかということである。
「その説明は聞きました。それが仮に本当だとして、どうして……いや、だからこそです。何故、アナタは元気なのですか!?」
「え? それは私にも分かんなーいよー」
妹は口を尖らせる。伊織も、未だに理解出来ていないのか頭を抱えている。そんな俺も、どう説明すればいいかと、内心では頭を悩ませる。
そこで意外にも……救いの手を差し伸べてくれたのは、なんと他でもないセージだった。
「これは仮説ですが。ヒナコ様に刺さった剣は、古い術式の施されたものだったようで……肉体に外傷などは現れませんが、身体機能を止め、治癒魔法などの回復魔法を全て妨害するものだったようです」
「それで……そのヒナに刺さっていたという剣は、どうなったのですか?」
セージは俺と妹を見ると、ニッコリと笑う。
「剣は消滅しました。それもこれも、全てヤヒロさんが泣きながら頑張ったおかげです」
俺は慌ててセージの口を塞ぐ。
まさかあの必死に頑張った俺の勇姿を、ロキからではなく予想外のセージの口から暴露されるとは一ミリも想像していなかった。
「えっ、泣いたの?」
「ヤヒロさんが……?」
そんな言葉が聞こえ、俺は二人を見る。妹と伊織は、ヒソヒソと会話をし始めている。
「いい歳して泣いたの? ヒロくんが? 何で?」
「ヤヒロさんが泣くとは……意外です。一体何が?」
「待って、二人共、ストップ! 違う、コレはセージの言葉のあやだから! あれはなんというか、生理現象だから!!」
そう、あれは剣を抜く際の反発と抵抗によって感じた痛みによって反射的に出た涙! 言わば生理現象! 断じて俺が弱虫とか、泣き虫とかではない!
二人の目が、視線が冷たい。
俺が二人の誤解を解こうと、セージの口を外してしまったのが俺にとって運の尽きだった。
「ヒナコ様が倒れられた時も、意識が戻らない間も……ヤヒロさんは大変取り乱しておられましたし。ヒナコ様は本当に愛されてますね」
セージ本人は俺をフォローしようとしたのだろう。
しかし、俺的には不意打ちに後ろから銃口で誤射された気分だ。
「違う! もういい、やめろ……いや、やめてくださいセージさん。これ以上、俺は、本当に、耐えられないから!!」
半ば懇願するように、セージの手を掴んで頭を下げる。