どうにか頼みに頼み倒して、セージを黙らせることに成功した俺は、謎に疲弊していた。
そしてうるうると瞳を潤ませながら、捨てられた子犬のようにしょんぼりとしたセージを、二人から少し離れた場所に引きずる。
「あの、ヤヒロさん、どうしたのですか? 僕は何か、変なこと言いましたか?」
「あーうん、君は何も間違ってない、間違ってはいないと思うぞ……? でもな、セージ? お兄さんの今まで頑張って築き上げてきたキャラ的には、とてもとーっても不自然なんだよなー……」
見てみなさい、あの二人を。俺に対して不審な目を、未だにやめてないじゃないか! そろそろお兄さん本気で泣いちゃうから、二人ともその目をお願いだからやめなさい!!
そんな俺のことなど露知らず。セージは困り顔だが、真っ直ぐに俺を見る。
「でも、ヤヒロさんもヒナコ様も家族ですし……家族が互いに心配し合うのは、なにも不自然なことではないと思います」
セージの純度百パーセントの優しさとド正論に、ちょっと意地を張ろうとした、俺の不純度ほぼ百パーセントの汚い心には、グサグサと突き刺さる。
「そう、そうね……家族は大事にしないとね。……でもな、セージ。人は時に、貫き通さなくてはいけない『プライド』というものがあるのだよ」
「ぷ、『プライド』? ですか……?」
俺は腕を組んで、力強く頷く。
「そう、『プライド』。あの二人の保護者としての、言わば誇りだよ。保護者……いや、年長者というのは、常に下の子たちにとって、頼りになる存在であるべきなのだ。だからな、もし俺が弱さを見せてしまって、それであの二人に不安な思いをさせる訳にはいかない……。これは所謂、俺にとっては責務であり、義務なんだよ」
俺は『グッ!』と親指を立ててセージを説得……否、この際正直に言えば、社会の荒波で汚れきった俺の心に、セージのこの純粋さは色々と来るものがある。よって、この会話を強制終了するために、俺はそれっぽい理由と理屈でセージを丸め込もうと考えた。頼むセージくん。お兄さんの為にも、ここで引き下がってくれ。
しかしまぁ、セージくん。予想通りというか、なんと言うか……『パーッ!!』と顔を明るくしたかと思えば、両手を合わせて納得したように頷く。
「なるほど、流石はヤヒロさんです! ヒナコ様とイオリ様にとって、ヤヒロさんは言わば先導者……。泣いていた事を隠すのはただ恥ずかしさからではなく、強く頼もしい姿を見せることで、お二人を安心させるため。つまり、常にお二人を案じてのことだったのですね!」
「え? あ、うんうん、そういう事ダヨー! いやー、流石セージくん。話が早くて助かるヨー!」
セージの肩をバシバシと叩きながら、あまりのポジティブさと純粋さに、俺はズキズキと良心が痛む。何だ、この罪悪感は……!?
……だが次の瞬間、セージは再び捨てられた子犬のようにしょんぼりとし始める。え? ちょっと待って、何で?
「……それなのに僕は、そんなヤヒロさんの気遣いに気づかずに、余計なことを……なんと謝罪したら……!」
今にも『セージ・イクスフォルが、腹を切ってお詫び致します』とでも、言わんばかりの勢いに、俺は内心慌てる。
「えっ、えっ……!? えっ、いや、えーっと……ま、間違いは誰にでもあるって! それにほら! 『一を聞いて十を知る』とか言うけどさ! 人間、全てを察するなんて、探偵とかそっち系の本職の人じゃない限り、そもそも無理だから! だから気にするなって! な!?」
俺は引きつった笑みで、必死にセージを必死に励ました。あー! 泣くなセージぃ! お兄さんのSAN値は、もうピンチよ!? 混沌の隷になっちゃうよ!?
……というか、こんな所をロキに見られてみろ。確実に胸ぐら掴まれて、一発蹴りか拳が飛んでくるぞ。
俺の必死の励ましのおかげか……セージの表情が柔らかくなる。そして、まるで神でも見るかのように両手を合わせ、澄み切った……いや、子供のようなキラキラしたお目目で俺を見る。
「なんと……こんな僕に、ヤヒロさんは慈悲をお与えくださるのですか……?」
「いや、そんな大層なことじゃないけど!? ……でも、まぁ、セージが元気になるなら、お兄さんいくらでもあげちゃう!!」
こんな俺のお情けなんかでいいなら、大安売りのバーゲンセールだ。なんなら出血大サービスで、頭も撫でちゃうぞ!?
「ありがとうございます、ヤヒロさん。このご恩は一生忘れません」
そう言って涙を指でふき取り、セージはいつもの笑顔になる。
俺はホッとしつつも、セージのこの純粋さが心配になってくる。ずっと思ってたけど、君は純粋すぎやしないか?
ロキの気持ちが、改めてわかる。そりゃあ、こんだけ素直で純粋な子とずっといるんだ。ロキの警戒心が強いのも、お兄さん納得しちゃう。
「大袈裟すぎるな……そんな大層な事でもないし、なんなら今すぐ忘れてくれてもいいんだぜ?」
というか、むしろ今すぐにでも忘れて欲しい。
こんな事で一生忘れられない恩とか、お兄さんにはちょっと荷が重すぎます。