テラーノベル
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FORSAKENの神殿で最も危険な言葉がある。
「処刑開始」でも、
「ゲーム開始」でも、
「絶望を味わおうか」でもない。
それは——
「……ヒマだなぁ」
支配者スペクターが、その一言を呟いた瞬間。
神殿のどこかで、誰かの日常が終わる。
そして、この日の犠牲者は。
元植物学者にして魔導管理責任者、触手付きウィザード――アズールだった。
◇
「すぅ……すぅ……」
珍しく静かな私室。
連日続いたフィールド調整。
魔法陣の再構築。
さらには、
「触手あるんだから換気扇掃除向いてるよね?」
という、スペクターの悪魔的発想による高所清掃任務。
触手四本を酷使したアズールは、デスクへ突っ伏したまま完全に電池切れを起こしていた。
帽子は斜め。
背中から伸びる四本の触手は、
力なく床へだらり。
「……疲れた……植物になりたい……」
寝言である。
そこへ。
コンコン――
というノックすらなく、扉が静かに開いた。
「やあ、アズール」
赤いシルクハット。
真っ赤なスーツ。
そして、人類史上もっとも信用してはいけない笑顔。
スペクターだった。
「今日のゲームの難易度なんだけど……」
そこで彼は止まる。
「……あ、寝てる。」
道徳は知っている。
だから、
「寝ている人を起こすのは良くない。」
という知識も持っている。
「うん。起こすのはやめよう。」
非常に道徳的である。
……しかし。
同時に。
「ヒマだ。」
という問題は何一つ解決していなかった。
「さて。」
スペクターの視線が。
無防備に伸びる四本の触手へ吸い寄せられる。
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「あっ。」
嫌な閃きだった。
◇
「人間界ではね。」
一本目の触手を持ち上げる。
「仲のいい子同士で髪を編んだりして。」
二本目。
「愛情表現って大事なんだ。」
三本目。
11,220
#Vanity
ゆ♨️
1,876
#azure
ゆ♨️
134
#1x1x1x1
ゆ♨️
476
「つまり、僕も。」
四本目。
「アズールに愛を伝えるべきだよね。」
完全に理論が破綻していた。
しかし。
スペクター本人は大真面目だった。
「よーし。」
シュバッ!!
四本の触手が空中で踊る。
交差。
ねじり。
編み込み。
輪。
折り返し。
締め。
さらに締め。
もう一回締め。
最後に巨大な蝶結び。
「……うーん。」
芸術家のように腕を組む。
「左右のバランスもいい。」
クルッ。
「立体感もある。」
キュッ。
「リボンの膨らみも完璧。」
ギチッ。
「解けない。」
そこが一番問題だった。
わずか三分。
アズールの背中には、
四本の触手を総動員して作られた超巨大リボン。
しかも、
職人泣かせどころか、
職人でも泣いて逃げるレベルの複雑構造。
「うん。」
スペクターは満足げに頷いた。
そしてメモを一枚。
『アズールへ。
いつも頑張ってるからプレゼント。
可愛いでしょ?
解いたら怒るね(^^)』
最高に優しい字で書いてある。
内容だけが恐怖だった。
「じゃ、おやすみ。」
スペクターは鼻歌交じりで去っていった。
◇
数十分後。
「……ん。」
アズールが目を覚ます。
「よく寝た……」
ぐいっ、と触手を伸ばそうとした瞬間。
ミシィッ!!
「ぶべっ!!?」
顔面から机へ激突。
「痛ぁぁぁっ!!」
触手が。
動かない。
「え?」
もう一度。
ぐっ。
ギチギチギチ……
「……え?」
三度目。
バッ!!
ミシミシミシミシ!!
「いっっっっったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
背中が、
まるで鉄筋コンクリートになったように硬い。
嫌な汗が流れる。
「ま、魔力暴走……?」
恐る恐る背中へ手を回す。
触れた。
「…………。」
ふわふわ。
でも。
ギッチギチ。
「…………。」
嫌な予感しかしない。
鏡を見る。
そして。
「…………。」
五秒。
十秒。
十五秒。
「……………………。」
「スペクター様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
神殿中へ悲鳴が響いた。
◇
「痛い痛い痛い!!」
触手を一本引けば、
二本締まる。
逆を引けば、
全部締まる。
「知恵の輪かこれはぁぁぁ!!」
泣きながら転げ回るアズール。
「第二触手が第四触手を締め付けて第三触手が第一触手を固定してる! 誰だこんなの作ったの!!」
犯人は分かっている。
世界で一人しかいない。
◇
「……Mowl!」
最後の希望だった。
「Mowl殿ぉぉぉ!!」
涙目で廊下を這うアズール。
その前方から。
カツ……
カツ……
規則正しい靴音。
「おや。」
茶色のマント。
黄色いリボン。
黒ハチワレの猫頭。
そして美しく光るモノクル。
Mowlだった。
「アズール殿、そのような姿で——」
視線が止まる。
背中を見る。
巨大リボンを見る。
カードを見る。
数秒。
「…………ほう。」
「笑うなぁぁぁ!!」
「笑っておりません。」
「今『ほう』って言った!!」
「感心しただけです。」
「同じだ!!」
◇
Mowlはゆっくりモノクルを押し上げた。
「なるほど。」
低い声。
「これはスペクター様特有の。」
一拍。
「過剰な愛情表現。」
「物理的すぎる!!」
「しかも。」
結び目を見つめる。
「芸術点が高い。」
「褒めないで!!」
Mowlは静かにマントを脱いだ。
シャキン。
猫の爪が伸びる。
「私めを誰とお思いですか。」
「救世主。」
「第一の下僕にございます。」
「お願いします救世主。」
◇
「では。」
シュババババッ!!
爪が走る。
結び目を掴む。
潜り込む。
引く。
緩める。
ほどく。
締め直さず抜く。
「痛っ!」
「我慢です。」
「そこ神経!」
「知っております。」
「知ってるの!?」
「もちろん。」
シュババッ!!
「いたたたたた!」
「あと少し。」
「まだ!?」
「第三触手が意地を張っています。」
「そんな人格いらない!」
最後の輪を。
スッ。
「……ここ。」
ぽん。
一瞬だった。
バサァァァッ!!
四本の触手が一斉に自由を取り戻す。
「戻ったぁぁぁぁ……」
アズールは床へ崩れ落ちた。
触手たちが嬉しそうにぴこぴこ揺れている。
「ありがとう……Mowl殿……。」
「お気になさらず。」
Mowlは前脚をハンカチで丁寧に拭く。
「紳士として当然です。」
「君がいてよかった……」
「ただし。」
その一言で空気が変わる。
「今回のレスキュー料金を頂戴いたします。」
「……え?」
「次回。」
モノクルがキラン。
「私めがスペクター様の『猫吸い』対象となりました際。」
一礼。
「三分間。」
にっこり。
「身代わりをお願いいたします。」
「…………。」
沈黙。
「…………。」
さらに沈黙。
「無理ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
神殿中へ、本日二度目の悲鳴が響いた。
◇
その夜。
「あれ?」
スペクターが首をかしげる。
「アズール。」
「はい。」
「リボン解いちゃったの?」
「…………。」
「せっかく可愛かったのになぁ。」
その瞬間。
アズールの危機察知能力が爆発した。
「スペクター様!!」
触手四本、全展開。
モップ装着。
雑巾装着。
ワックス装着。
バケツ装着。
「神殿全域! 超高速大掃除モード起動します!!」
シャカシャカシャカシャカ!!
床が光る。
窓が輝く。
シャンデリアまで磨かれる。
十分後。
神殿は新築同然になっていた。
「……おぉ。」
スペクターは感心したように頷く。
「すごいね。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ今日はリボンやめとく。」
「助かったぁぁぁぁ……」
床へ崩れ落ちるアズール。
その背中で四本の触手が、
「もう編まれたくない」
と言わんばかりに、ぶんぶんと首を横に振っていた。
FORSAKENに平和はない。
だが今日もまた、アズールはかろうじて触手の尊厳だけは守り抜いたのである。
コメント
2件
アズールは苦労人だね....しかし一体どんなリボンだったのやら...