テラーノベル
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FORSAKENの神殿には、決して触れてはならないものがいくつか存在する。
神殿最深部の封印書庫。
地下の「開けるな」と書かれた黒い扉。
そして――
スペクターの赤いシルクハット。
これだけは、本当に、本当に触ってはいけない。
神殿の住人なら誰でも知っている常識だった。
……一人を除いて。
◇
「よし!」
朝から神殿中を掃除していたアズールは、満足そうに頷いた。
背中の四本の触手は今日もフル稼働。
一本はモップ。
一本は雑巾。
一本は洗濯物。
残りは洗剤と柔軟剤係。
「換気扇も掃除した。
窓も磨いた。
マントも洗った。
今日は完璧だ!」
植物学者だった頃の几帳面さが、変な方向へ進化していた。
そんな時だった。
洗濯かごの中に、見覚えのある真っ赤な帽子が入っている。
「……あれ?」
アズールは持ち上げる。
「スペクター様の帽子?」
じっと見る。
「……結構汚れてるな。」
返り血。
埃。
FORSAKEN特有の黒い霧。
何かよく分からない紫色の粉。
「毎日被ってるし……
これは洗って差し上げた方が喜ばれるだろう。」
にこっ。
善意100%。
それが最悪だった。
ガコン。
赤いシルクハットは洗濯機へ投入された。
「高温洗浄!」
ピッ。
「強力洗い!」
ピッ。
「乾燥まで!」
ピッ。
「完璧!」
ゴォォォォォ……
洗濯機が回り始めた。
誰も止める者はいない。
◇
数時間後。
「……終わった。」
アズールは洗濯機を開けた。
「さあ、綺麗になっ――」
止まった。
「…………。」
無言。
「………………。」
さらに無言。
「…………え?」
#1x1x1x1
ゆ
457
城プル
11,163
99
そこにあったのは。
かつて威厳に満ちていた赤いシルクハットではない。
直径五センチ。
ころん。
赤くて丸い、ちょこんとした物体。
「…………。」
アズールは持ち上げた。
「ちっさ。」
引っ張る。
びよっ。
戻る。
「ちっさ!!」
「アズール殿。」
背後から低い声。
振り返るとMowlだった。
「おや、お洗濯ですか。」
「Mowl殿!!」
「……?」
「帽子が!!」
「?」
「縮んだ!!」
「…………。」
Mowlは受け取る。
眺める。
角度を変える。
裏返す。
もう一度見る。
「……これは。」
モノクルを外す。
もう一度見る。
「…………。」
さらにモノクルを磨く。
「…………。」
「現実でした。」
「どうしよう!?」
「どうにもなりません。」
「そんな!!」
「全宇宙終了のお知らせでございます。」
「そんな軽く言わないで!!」
その時だった。
コツ。
コツ。
コツ。
「やあ。」
全員が凍った。
スペクターだった。
今日は珍しく帽子を被っていない。
「僕の帽子知らない?」
「あっ。」
「あっ。」
「あっ。」
沈黙。
「……アズール。」
「は、はい。」
「それ。」
「……。」
「何かな?」
笑っている。
完璧に笑っている。
なのに。
瞳だけが完全に死んでいた。
神殿の室温が三度下がった。
◇
「洗いました!!」
アズールが土下座した。
「善意だったんです!!
返り血が!!
汚れてて!!
綺麗にしようと!!」
スペクターは無言で赤い物体を受け取る。
しばらく眺める。
そして。
ちょこん。
頭に乗せた。
「…………。」
誰も笑えない。
笑ったら死ぬ。
絶対死ぬ。
でも。
どう見ても。
赤いちょんまげ。
ホスフォラスなら爆笑していた。
ノスフェラトゥなら失神していた。
アズールは必死に口を押さえて震えていた。
◇
「……Mowl。」
「ハッ。」
「似合う?」
究極の質問だった。
正解がない。
いや。
ある。
死なない答え。
Mowlは一歩前へ出る。
モノクルを整える。
リボンを直す。
深く一礼。
「スペクター様。」
「うん。」
「大変前衛的にございます。」
「ほう。」
「芸術としては百点。」
「うん。」
「ですが。」
「ですが?」
「愚かな人間どもには理解できません。」
「なるほど。」
「威厳が九十九・九%減少しております。」
「……。」
「つきましては。」
汗が止まらない。
「私めが命に代えて復元いたします。」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
「……ふふ。」
スペクターが笑った。
「いいよ。」
全員が安堵する。
「あ。」
スペクターが振り向いた。
「アズール。」
「はい!」
「帽子が戻るまで。」
「はい!」
「君の触手。」
嫌な予感。
「僕の帽子にして。」
「…………。」
「四本あるし、編めば帽子になるでしょ?」
「なりません!!」
「なるよ。」
「なりません!!」
「道徳的に。」
「その理論やめてください!!」
◇
十分後。
玉座。
そこには。
赤いシルクハットの代わりに、
アズールの四本の触手を芸術的に編み込んだ生体ハット
を頭に載せたスペクターがいた。
「うん。」
満足そうに頷く。
「暖かい。」
「うぅ……」
アズールは後ろで必死に姿勢を維持している。
「頭皮に魔力を吸われるぅ……!」
「あと少し右。」
「ひいいぃ!!」
◇
一方その頃。
Mowlは作業机で職人の顔になっていた。
「スチーム。」
シュゴォォォッ!!
「湿度。」
「温度。」
「繊維方向。」
「一ミリ。」
「もう一ミリ。」
赤いちょんまげだった帽子が、少しずつ元の形へ戻っていく。
「……あと三時間。」
「急いでくださいぃぃぃ!!」
「急いでおります。」
「私めも命が惜しいので。」
◇
こうして神殿は、
「帽子を洗う前には必ず持ち主へ確認すること」
という新しいルールを制定した。
なお、その後スペクターは帽子を受け取ると満足そうに頷き、
「ありがとう。綺麗になったね。」
と優しく笑った。
そしてアズールを見て、一言。
「でも念のため、もう一日だけ触手帽子で。」
「まだやるんですかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その悲鳴は、その日一番大きく神殿中へ響き渡った。
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