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LAST

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「いいよ」
思い切って言うと、彼は飛びつくように抱きついて、キスをしようとしてくるのでさっと手で遮った。
「待って」
「はぁ、まだ何かあんの」
「シャワー、シャワーを先に……」
ちぇっと舌打ちして彼は立ち上がる。上着をその場で脱いだところで振り返った。
「あ、春美ちゃん先入る? 俺が先でいい? それか一緒に入る? 」
「先! あなたが先でいいから! ここで脱がないでっ」
ここで脱がれたら困ると慌てて彼の背中を浴室方向へと押した。
ふう、とため息を吐いた。いいのかな……とは思う。けど、今度は違う“いいのかな”だ。彼からすると若くもない、美しくもない私で、私の身体でいいのかなって……。さっきキスした唇に指先で振れる。
柔らかく、熱がまだ残っている。キス――気持ち、良かったな。
ガタンと浴室のドアが開く音がしてハッとする。いつの間にか、シャワーの音が止んでいた。やだ、私何考えて……。
シャワーを浴びた彼は何だか色っぽく見えて、元々素顔で化粧も落としたわけじゃないのに少し違って見えた。私もシャワーを浴びて来る、と立てばいいのに動けないでいた。ガシガシとタオルで手荒に髪を拭く音がする。
「はあん、何。今度は何に躊躇してんの? 」
「別に、そういうわけじゃないんだけど」
「手、出していいのかなって? 」
「まあ、それもある」
「んー、じゃあ、“ワタシのカラダにこのコは欲情してくれるわけ?”って不安にでもなってんの? 」
図星なんだけど、甲高い声で私の声色を真似たふりをするから吹き出してしまった。
「もう! やめてよ。そう、ほんと驚くと思うよ、30過ぎて……」
「ははは、なるほど。心配いらない、かな」
そう言って彼は背中から抱きしめて来た。
何かが……何かが当たっていて、その何かの主張が、思いのほか強い。
かぁ、と顔が熱くなる。
「俺ね、これ以上なると痛いんだけど。早くシャワー浴びてきてくれない? 」
「やだ、でも、あなたは若いから、相手が誰でもこうなるんじゃ」
「ぶふ、やば。虫でも相手選ぶっつの。人間扱いされてなくてウケる」
「ご、ごめん、そういうつもりじゃ、でも……」
「俺だってね、緊張してんですから。年上のお姉さん相手にするわけだろ? 取柄、若さだけとか思われたらやじゃん」
「それなら私だって、年上だからってそっちの期待されたら困る」
「はは。自分の彼女、経験豊富じゃない方が嬉しいにきまってんでしょ」
「そ、そうか、そう……」
「ん、早くシャワー行っといで。初めての夜じゃん。純粋にドキドキして過ごしたらよくね? 」
軽い言い方だけど、正論で私の心も軽くなった。
罪悪感より、今のドキドキを大切にしていいんだろうか。男性と初めて過ごす夜。
……若干流されている気はするけど。
熱いシャワーで洗い流したメイクをしてない素顔が、曇った鏡に映っていた。これで冷めてくれるなら、それもまたいいのかもしれない。イマイチなスタイルは年のせいじゃなくて元々だ。
ふう、と息を吐く。
別にいいじゃないの、誰にも迷惑はかけていない。髪を乾かすドライヤーの風が顔に当たっても熱く感じない。
ドク、ドク、鼓動が早くなる。勇気を出してドアを開けると……。
「え? 」
寝てる。寝てる?
うつ伏せで手がベッドから垂れ下がっている。
近づいてみるが、心地よさそうな寝息と、規則正しく上下する背中と、ほんの少し開いた唇。
信じられない。この数分で眠るなんて!
おかしくなって吹き出した。ふ、何よもう。私の覚悟とドキドキを返してよ。綺麗な鼻先を弾いてみたけど起きる気配はなかった。
拍子抜け。
残念な気持ちとホッとする気持ちが共存している。もう後戻りできないという覚悟が緩む。まだ、今なら引き返せる。既成事実で後戻りできないようにされたかった気持ちもあって、複雑だ。自分の意思以外の何かに決めて欲しい、そんな委ねたい気持ち――。
そういえば、このくらいの年の時っていくら寝ても眠たかったよね。若いなぁ。
性欲より睡眠欲が勝ったってことか。
電気もつけっぱなしの明るい部屋、慣れないベッドでもこれなんだもん。
……さっきまでのはおさまったのかしら、つい視線を下げてしまって慌てて天井を見上げた。ゴホン、と咳払いする。やだ、セクハラだわ。まぁ、うつ伏せで寝ているということは大丈夫なんでしょ。
まだあどけなさの残る顔、何もしなくても艶のある肌。髭もない、毛穴もない。
寝ているのをいいことに近くでじっくりと観察する。綺麗な顔だなぁ。綺麗な綺麗な男の子……。
どうしてこの若さに気づかなかったのだろう。
覚えてないのかな、あの日、私の荷物を守って待っていたことくれたこと。あの時のやり場のない過去の虚しい感情からこの子が救ってくれたのは事実だ。
……余計、訳ありな相手だったけど。
「ほんと、あなた一体何を考えてるの……? 」
私のことを好きなわけじゃないくせに。好きになるには期間が短すぎるし、きっと女の子にはモテるだろうし、なぜ私にこだわるんだろう。この子の目的がわからない。だけど、自分から声をかけた責任がまだぬぐえない。
ただの気まぐれかもしれないな、そう思うといくらか気持ちは楽になって、だけど虚しくもなった。
どうかしてる、私。
ふふ、本当に気持ちよさそうに寝てる。
しばらく見つめた後、部屋中の照明を消すと彼の横に身を横たえた。幸いベッドの奥は半分のスペースが空いていたから。
暗闇の中、しばらくすると目が慣れて来る。
横に誰かが寝ているこの状況がまだ信じられなくてしばらくは寝付けなかった。
何をしているんだろう、私……。この子が何を考えているか、より自分が何を考えているかが一番わからなかった。
コメント
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うわあ、このエピソード、めちゃくちゃもどかしくて可愛いですね……! 春美さんの「覚悟してるのに寝てる」ってオチ、思わず吹き出しました。でもその裏にある、年の差や戸惑い、自己肯定感の低さゆえの迷いがすごくリアルで、胸がギュッとなりました。「性欲より睡眠欲」って冷静に分析してるところに笑いつつ、彼の寝顔を見て「綺麗な男の子」って思う気持ち、すごくわかります。このふわふわした距離感、これからどう転ぶのか気になりますね。