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線上のウルフィエナ

3 - 第三章 まだ見ぬあなたを

♥

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2023年08月26日

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灰色の雲が東へ流れ、空が淡い青色に塗り替わる。

 ぐずっていた天候とは別れを告げ、その光を一身に浴びる王国は、未来永劫の繁栄を約束されているかのようだ。

 もしくは、儚い蜃気楼か。

 それを知る者はここにはいない。

 どこにも、いないのかもしれない。

 どうであれ、今を生きる人々は目先の仕事に従事するだけだ。

 それは彼女も変わらない。予期せぬ患者が運び込まれたが、今は自身の診療室にて書類に目を通している。

 医者として、病人を救わねばならない。その使命が彼女を突き動かすも、今回ばかりはお手上げに近い。その少女はそれほどまでに手遅れだからだ。

 可能性はゼロに近い。その言葉に嘘はなく、それでもあの傭兵は諦めなかった。

 単なる楽観主義者なのか。

 ただただすがりたいだけなのか。

 諦めが悪いだけなのか。

 どうであれ、彼女は医者としての責務を果たすだけだ。

 ゆえに、今は待ち続ける。

 本来ならば数時間での往復など不可能なのだが、その少年は鼻息荒く飛び出した。

 大見得切られた以上、彼女も信じるしかない。とは言え、帰りがいつになるのかわからないのだから、もどかしい状況だ。

 午前から午後へ時間帯が切り替わった頃合いに、病室の扉がゆっくりと開かれる。


「あら、忘れ物?」


 送り出した少年の帰還に、アンジェは呆れながら問いかける。机の書類から訪問客へ視線を動かす際、眼鏡がわずかにずり落ちたが、本人は気にも留めない。


「ハァハァ……。お待たせ……しました。指定された、骨の頭……。多めに七個持ち帰りました。ゲホッ、ハァハァ」


 茶色い庶民着も、黒いハーフパンツもぐっしょりだ。灰色の髪も雨にうたれたように濡れているが、雨天のせいではなく全て自前の汗だ。

 肩で息をしながら、ウイルはよろよろと入室する。

 一方、それを見守る医者からは返答がなく、少年としても不思議そうに見つめ返すことしか出来ない。


「……今、なんて?」

「え、頭蓋骨、七個、取ってきました。ハァハァ。本当に疲れました」


 呆ける女医に歩み寄り、小さな椅子に腰かける。本当なら床に寝そべってしまいたいが、行儀が悪い上に汚れてしまうことから、今はグッと我慢する。

 苦しそうな息遣いを聞きながら、机上の時計を確認するアンジェ。ウイルが何を言っているのか理解出来ず、長針と短針の位置を見届けた今となってもそれは変わらない。


「あなたが飛び出して、まだ一時間ちょっとなんだけど」

「がんばったので……。あ、今お渡しても大丈夫ですか?」


 額の汗を拭い終えた右腕が、鞄から真っ白な頭蓋骨を一つ取り出す。大きさは人間のそれとほぼ同じだ。

 対して、ウイルの背負い鞄は小柄ゆえ、詰め込めるとしても二個が限界か。

 それでも収集した七個全てを収納出来た理由は、その鞄が普通ではないことに起因する。


「え、ええ、そこに置いてちょうだい。いつ見ても便利ね、そのマジックバッグ」

「母親のお古ですけど、重宝してます」


 頭蓋骨が机の上に並べられていく光景は圧巻ながらも不気味だ。アンジェは未だ半信半疑なのだが、証拠品を見せられた以上、疑うことを辞める。

 マジックバッグ。ウイルが所持するこれは、見た目こそただの背負い鞄だが、実際は全くの別物だ。

 魔道具と呼ばれる発明品の一つであり、収納可能な荷物の量は、中の体積に対しておよそ八十倍を実現している。


「あなた、本当に行って帰ってきたんだね。こんな短時間で……」

「だからもうヘトヘトで……。はい、これで全部です」


 机の上に鎮座する、七個の頭。


「早速、薬作りに取り掛かるわ。あなたはどうする?」


 ここからは彼女の仕事だ。素材が届けられたのだから、死にかけた少女を救うため、新たな薬品の調合に取り掛かる。


「僕は父親探しを進めたいです。手がかりは名前だけですけど……」

「娘をこんな目に合わせる奴の名前なんて知りたくもないのだけど、念のため、私にも教えて」

「ロストン。ロストン・ソーイングです」


 一仕事終えたばかりだが、ウイルは次の使命に取り掛かる。

 パオラ・ソーイングの父親探し。

 彼女の延命に成功しなければ無駄に終わるが、やると決めた以上、絶対に探し出す。

 そして、娘を虐待した理由を問いたださなければならない。


「私、そいつのこと知ってるわ」

「え! なぜ?」

「むしろ、なんであなたが知らないのよ。有名人じゃないの」

「有名……なんですか?」


 優良な手がかりは眼前の医者が握っていた。

 一方、少年は首を傾げながら思案するも、やはり思い当たる節はない。


「つい最近、等級六に上り詰めた四人組よ。同業者なんだから、常識なんじゃない?」

「あ、確か……、百年ぶりに等級六へ昇級したっていう……」


 等級。それは傭兵にとっての階級だ。一から始まるそれは、働きや実力を認められると二、三の順に増していく。

 ウイルは等級三の傭兵だが、大多数がそこで停滞する。

 その理由は等級四に進むための昇級試験に起因しており、この少年が上へ進めない理由もまさにそれだ。

 もっとも、等級三であっても困ることはなく、ゆえに多くの傭兵がそこに居続ける。


「巷でもそう言われているようだけど、実は誤りよ。百年ぶりなのは等級五。そして、等級六は三百年ぶり。その意味、わかる?」

「三百年前……。え、それって、傭兵制度が制定された年」

「ええ。つまりは、その四人は史上初の等級六ってこと。歴史の教科書が改定されたら載るかもしれないわね」


 等級制度における事実上の上限は四だと言われていた。

 その理由は、等級五へ上がるための条件が非現実的あり、それを満たす者が現れないからだ。


「そんなにすごいことだったんですね。僕なんか等級四すら夢のまた夢です。けっこう前にエルさんと検討したことはありますが、試験費用すら工面出来ず……。メリットもないからいいかなって。自分で言うと、負け犬の遠吠えみたいで格好悪いですね」

「昇級したいのなら、そのくらいのお金、私が出してあげても良いわよ?」

「え! 本当ですか?」

「その代わり、結婚して」

「ギルド会館に情報収集しに行ってきまーす」

「その前にあの子の顔見ていってあげたら?」


 指定された素材を届けたウイル。

 新たな薬品の調合に挑むアンジェ。

 バトンは手渡されたのだから、午前に引き続き、午後もそれぞれの役割に打ち込む。

 その前に二人は別室へ赴くのだが、少年としては率直な感想を口にせざるを得ない。


「干からびた死体にしか見えませんけど、きちんと生きてるんだから驚きです」


 白いベッドに横たわり、点滴を受けながら眠るパオラ。少年の言う通り、放置された死体以外の何者でもないが、彼女は飢餓状態ながらも寝息をたてている。


「改めて言うけれど、新型のエリクシルが作れたとしても……」

「はい。改めてこの子の姿を見てしまったら、絶望的だってことくらいは……」


 この少女は被害者だ。

 加害者は父親であり、そうであろうと今は探すしかない。


「仮にすぐ見つけられたとしても、ロストンって奴に襲い掛かったりしたら駄目よ? 相手は等級六、軍だけでなく女王すらも認めた最強の傭兵。どう転んだってあなたの勝てる相手じゃないもの」


 それが現実だ。

 等級は実力の目安でしかないが、その数字が三も離れているのなら、試すまでもなく言いきれてしまう。


「殺すかどうかは返答次第です」

(あ、絶対やる気だわ……)


 パオラのためにも生かしてはおけない。心を入れ替えるのなら話は別だが、骨と皮だけの顔を見てしまった以上、怒りが収まるかどうかはその時次第だ。

 許すか、許さないか。

 殺すか、殺さないか。

 主導権はこの少年が握っている。そのことを、一介の医師に見抜けるはずもなかった。


「夕方くらいにもう一度来ます。パオラのこと、よろしくお願いします」

「任されて」


 ウイルはギルド会館へ。

 アンジェは錬金術の協会へ。

 今日という一日は、まだ終わらない。



 ◆



 傭兵組合。傭兵に仕事を斡旋するための運営母体であり、ギルド会館にて働く職員がそこに属する。

 彼らの仕事は多様だ。

 窓口にて国民の相談に耳を傾け、依頼を発行。

 強力な魔物に対し、どれほどの懸賞金を提示するか検討。

 軍との情報共有。

 食堂側にて調理および給仕。

 そして、ユニティの認可。

 ユニティとは、傭兵が独自に結成する小規模な組織を指す。

 彼らは金を稼ぐため、掲示板に張り出された羊皮紙の中から身の丈に合った依頼を探す。報酬の良さから難度が高いものを選ぶことも少なくはなく、そういった際は一時的な仲間を募り共闘することで、山分けにはなるのだが高額な収入を得ることが可能だ。

 意気投合したのなら、その後も活動を共にすればより効率的な傭兵生活が過ごせるだろう。

 ユニティはそういった時に役立つ仕組みだ。結成するかどうかは彼らの自由だが、初期費用がかかること以外にデメリットはないのだから、傭兵の多くは何かしらのユニティに所属している。

 現在、すなわち光流暦千十五年において、最も有名なユニティの名がネイグリングだ。

 彼らは四人で活動しており、打ち立てた偉業は枚挙にいとまがない。

 その一つに、等級五への昇級が挙げられる。

 活動期間の長さや実力の目安となるそれは、誰であれ等級一から始まり、条件を満たす度にその数字が上がっていく。

 等級一、傭兵試験に受かった者。

 等級二、その後、八十個の依頼を完遂。

 等級三、さらに四百個の依頼を達成。

 等級四、巨人族を単独で討伐。

 普通なら、ここが限界だ。そもそも等級四でさえ、困難極まる。なぜなら、討伐対象物がそれほどまでに手強いからだ。

 巨人族は単なる魔物ではない。低いながらも知能があり、独自の言語を話すばかりか文化さえ築いている。

 そういった意味では人間に近いのかもしれないが、行動原理は似て非なるため、両者が手を取り合うことは不可能だ。

 巨人は他の魔物同様、人間に対し明確な殺意を抱いている。その欲求は突出しており、地上から人間を一掃するまで消え去ることはない。

 イダンリネア王国が建国された最大の理由が、この魔物だと言われている。過去、人間はこれに苦戦を強いられ、活動範囲を狭められたばかりか、滅亡さえありえた。

 強さの根源は、その名の通り体の大きさだ。

 個体にもよるが、おおよそ三から四メートル。人間と比較するとたったの二倍でしかないが、殺し合いにおいてその差は十分過ぎた。

 丸太のような腕が、小さな人間を撲殺する。

 怯える人間を、ぐしゃりと潰す。

 素手から繰り出される打撃さえ脅威にも関わらず、それらは拙いながらもこん棒のような鈍器を生産、人間を殺すために使用する。

 巨躯に秘められた筋力と、見た目に反した俊敏性。

 その上、自身の負傷に怯まない異常性と身長差から生じるリーチ差が、小人のような人間を容易く殺してしまう。

 勝てるはずがない。

 人間に勝機など見いだせるはずもない。

 それでもイダンリネア王国が千年を超える歴史を築けている理由は、人間が狩られるだけの存在ではないからだ。

 魔物と同等以上に戦える強者が現れ、ついには巨人族さえ蹴散らしてしまった。

 その一人が初代王であり、現代においては等級四の傭兵もその分類に該当する。

 残念ながら、傭兵のほとんどが等級二、もしくは三だ。

 等級一が少ない理由は、比較的短時間で自動的に数字が繰り上がるからだが、一方で等級四はそれ以上に珍しい。

 魔物の中でもとりわけ強敵な巨人族に単身で挑もうなどと思う者は少なく、そもそものこれと相対した際のセオリーは三人以上での討伐が推奨されている。

 そういった背景から等級四は突出した一握りの傭兵にだけ与えられているのだが、この制度にはさらに上が用意されている。

 等級五、窮地に陥っている軍隊に加勢、脅威を排除。

 等級六、巨人族の拠点を単身もしくはユニティにて壊滅。

 この上もあるのだが、等級五の時点で夢物語であり、六に至っては絵空事だ。

 ゆえに、最上位の傭兵でさえ等級四で足止めとなった。もっとも、それで困ることはなく、傭兵制度は王国民の支えとなり、荒くれ者達の受け皿として機能し続ける。

 そんな中、四人の傭兵が歴史を塗り替えた。

 ユニティ、ネイグリングだ。

 彼らは旅先で軍隊と巨人族の戦闘に遭遇、劣勢の軍人を庇いながらもその後は一人の死者も出さずに勝利へ導いてみせた。

 その活躍が評価され、四人は見事等級五へ昇級する。

 この時点で百年ぶりの快挙だが、その一か月後、巨人族が新たに作った前線基地をたったの四人で壊滅させたことが、彼らの地位と名誉を絶対のものとした。

 等級六を名乗れる傭兵の誕生だ。傭兵制度が制定されて以来の快挙であり、女王自ら四人を祝福したほどだ。

 彼らの名前は国民へ知れ渡り、同業者ならなおさら知っていなければならない。

 例外は、この少年だ。タイミングが悪かっただけではあるのだが、いくらか立ち直ってはいたものの、エルディアを連れ去れたことが尾を引いており、視界は酷く狭まっていた。

 そんな事情はもはやどうでもよい。その男の名前と立ち位置を知ることが出来たのだから、後は居場所を探すだけだ。

 ロストン・ソーイング。パオラの父親であり、ネイグリングに所属する槍使いの傭兵。

 ウイルはこの傭兵の手がかりを求め、ギルド会館を訪れる。


「その人達でしたら……、え~っと、今はどの依頼も受けられてはいないようですね」


 入館後、右手側へ進むと依頼用の掲示板に出迎えられる。そこを素通りすると、行き着く先が窓口だ。そこでは様々な手続きが可能であり、依頼の受発注を目的とした人の往来が頻繁にあるのだが、今は運良く空いており、ウイルはカウンター越しに緑色の長髪を束ねた職員から返答を得る。

 その内容は手がかりとしては不十分だ。ゆえに追加の質問を投げかけずにはいられなかった。


「そうですか……。でしたら、最も新しい履歴はいつになりますか?」

「おおよそ一か月前になります。等級六へ昇級される直前くらいでしょうか? すごい話ですよね、私達も鼻高々です」


 女性職員が胸を張ることで、ただでさえ豊満な胸がより一層強調されるも、少年は考え事をしており気づくことはない。


(僕が限界を超えられた頃か。丁度その頃はいなかったし、最近の世情に疎いわけだ。って、そんなことはどうで良くて、だったら、いったいどこに?)


 未だ有益な情報は得られていない。

 ゆえに、ウイルはアプローチの仕方を変更する。


「最近、変わったことってありましたか? 不審な魔物が現れた、とかでも構いません」

「そうですね……。ご存じかもしれませんが、三日前からジレット監視哨が封鎖された件は不可解ですねー。。傭兵と言えども、向こう側への移動は禁止のようですし。ジレット大森林等に関する依頼も現在は凍結中です。パッと思いつくのはこれくらいでしょうか」


 長い髪を傾けながら職員は平然と答えるも、この傭兵を驚かせるには十分だ。


「え、そんなことって平時にはありえないと思うんですけど……」

「私もこんなことは初めてです。理由までは共有されていないので何とも言えませんが……。位置的に巨人族との大規模な争いが起こっているのかもしれません」

「た、確かに……」


 ジレット監視哨は、イダンリネア王国の遥か北西に位置する関所のような軍事拠点だ。巨人族に備えて軍人達が交代制で待機しており、最前線に位置する防衛線として機能している。

 そこが閉鎖された。その影響として、傭兵はそこを通過することが出来ず、その向こう側へ赴くことは禁止されたに等しい。


(うぅ、あの人達の足取りすら掴めない)


 八方塞がりだ。諦めるにはまだ早いが、ウイルは子供らしくウジウジしてしまう。


「ウイルさん、ウイルさん。このことは内密でお願いしますよ。ユニティメンバーでない人にお伝えすることは、規定で禁止されてるんです」

「は、はい。ありがとうございました」


 一先ず撤収だ。多少なりとも情報は得られたが、人探しという観点においては無価値に近い。

 その後、数時間かけて同業者に訊ねてまわるも、収穫はなかった。


(ありえない。なぜ?)


 羊皮紙だらけの掲示板を見上げながら、ウイルは静かに唸る。レアケースなだけかもしれないが、少年が眉をひそめたくなる程度には奇妙な状況だ。

 ここはギルド会館。傭兵が仕事を求め、集う施設だ。イダンリネア王国で活動する者なら、例外なくここに足を運ぶ。よって目撃情報だけでも得られるはずなのだが、ここ一か月に限定すると彼らの足取りは掴めない。

 何らかの理由で活動を停止しているのか。

 活動拠点を王国以外に移したか。

 軍に引き抜かれたか。

 あるいは、傭兵組合とは別口の仕事に打ち込んでいるのか。


(等級六になったから、貴族あたりから直接依頼が舞い込んだってことも考えられる? いや、不干渉法に触れるからありえない……よね)


 ネイグリングの四人組は、何らかの理由でギルド会館には寄り付いてはいない。

 ならば、ここでいくら情報収集に励もうと時間の無駄だ。


(エルさんも全然見つけられないし、あの子のお父さんもさっぱり……。魔物探しが得意なだけで、僕って本当にダメダメだ……)


 悲観的な思考に陥ってしまう理由は、当てが外れたからか、もしくは空腹のせいか。どちらにせよ、気分は沈んでしまう。

 もっとも、諦めるにはまだ早い。それをわかっているからこそ、肩を落としながらも歩き出す。

 ギルド会館を一歩出れば、そこは行き交う人々で賑わう大通り。大人から子供まで、それぞれの足並みで闊歩している。

 ウイルもそこに加わるも、石畳の道をトボトボと歩く姿は完全に子供のそれだ。肩を落とすも、それは落ち込んでいるからであり、西日を体の左側面で受けながら、一先ずは病院を目指す。


(あ、無一文だった……。明日はお金を稼がないと。今日は晩御飯抜きか。あ、明日の朝も……)


 心の中は負の連鎖だ。八方塞がりという状況が、少年の思考をかき乱す。

 くじけてはいないが、己を責めてしまう。八つ当たりにも似た心境だが、他者にあたるよりは健全的なのかもしれない。


(こういう時、エルさんがいてくれたら……)


 モソモソと歩きながら、エルディアの顔を思い浮かべてしまう。

 しかし、今は一人だ。

 二本の足だけで立たなければならない。

 そう思い込むことで、十六歳の傭兵は前に進むことが出来る。

 アンジェの病院は丘の上にあり、折れ曲がった坂道を淡々と上る必要があるのだが、ウイルのような庶民に立ち入りは許されておらず、番人が見張りのため立っている。

 ゆえに、その男の行動は職務通りだ。


「おい、おまえ。ここに何の用だ?」

「あ……」


 坂を上り切る直前、ウイルは驚きの表情を浮かべる。

 真正面には、緑色の制服を着た一人の男。イダンリネア王国の治安維持に努め、犯罪者を取り締まる部隊、治維隊だ。

 腰の鞘には片手剣が収まっており、それは決して飾りではない。

 眼光が鋭い理由は、身分違いの人間がこの地に足を踏み入れることを許さないからであり、不審者が近寄ってきている以上、殺気だったとしても不思議ではない。


「その身なり、さては傭兵だな。随分若いな……。名は?」

(しまった、ぼーっとしてたら……。ふ、不甲斐ない。こうなっちゃうと……)


 もはや手遅れだ。

 顔は見られ、警戒されている以上、逃げ出すことも突破することも叶わない。

 物理的には可能だが、そんなことをすれば手配されてしまい、状況は悪化の一途を辿る。

 ウイルは大人しく名乗るも、拘束され、あっという間に連行されてしまう。

 取り付く島もない。王制を採用しているためか、身分の差は絶対であり、傭兵程度には反論の余地すら与えてはもらえなかった。


(あばばばば……、久しぶりにしょっ引かれちゃった。あ、でも……)


 実は二度目だ。過去に誤認逮捕された経験があり、そのためか動転はすれど混乱には至らない。

 坂道を下りながら来た道を戻る。今回は一人ではなく二人で。

 もっとも、同行者は治維隊の隊員であり、状況としては連行されているのだから、周囲から向けられる視線はどこかよそよそしい。

 いたたまれない状況だが、少年は前向きだ。なぜなら、あの四人に関する手がかりが得られる可能性があり、この瞬間だけを切り取れば恥ずかしい限りだが、到着してしまえばそこは情報の宝庫だ。

 挫けはするが、諦めない。

 彼女の背中から、そう教わったのだから。

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