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私は、安楽死について「きれいごと」で語る気はありません。
はっきり言います。
安楽死を『楽に死ねる制度』みたいに考える人間には、強い怒りを覚えます。
安楽死は、本来、
治る見込みがなく、
生きることが苦しみだけになり、
どんな努力をしても「生」が成り立たない人のための、
最後の、最後の選択肢です。
それを、
「死にたいから」
「つらいから」
「もう無理だから」
そんな理由で軽々しく口にする人がいる。
しかもそれが、10代だという現実に、私は腹が立って仕方がありません。
正直に言います。
それは安楽死じゃない。逃げです。
まだ何も終わっていないのに、
まだ何もやり切っていないのに、
まだ未来がどうなるかすら分からないのに、
「死」を選ぼうとするのは、あまりにも早すぎる。
私は思います。
馬鹿じゃないのか、と。
あなたたちは命を授かった。
それは選んだわけじゃないかもしれない。
でも、持ってしまった以上、勝手に捨てていいものじゃない。
苦しい?
つらい?
生きるのがしんどい?
『だから何だ?』
それは「今の環境が最悪なだけ」です。
「あなたの人生そのものが無価値」という証明にはなりません。
安楽死を、
「自分が死にたい理由の正当化」に使うな。
「生きる努力をしなくていい免罪符」にするな。
それは、本当に救いを必要としている人たちへの冒涜です。
安楽死は、
生きたくても生きられない人のためのものです。
生きるのがつらい人のためのものじゃない。
この違いが分からないなら、
あなたはまだ「死」を語る場所に立っていません。
私は、安楽死を軽く語る10代に、強く言いたい。
死にたいと言う前に、全部足掻け。
怒れ。泣け。逃げろ。助けを求めろ。
それを一つもやらずに「死」を選ぶのは、
選択じゃない。ただの放棄だ。
命は、そんなに軽く扱っていいものじゃない。
ゲームで詰んだからって、
コントローラー投げて電源切る人間を、
「賢いプレイヤー」だとは誰も思わない。
それと同じです。
今うまくいっていないだけで、
「もう終わり」と決めるのは、
考えることをやめただけです。
安楽死は、
「もうゲームが不可能だと証明された人」のためのもの。
「一時的に詰んでる気がする人」が使うものじゃない。
ここまで読んでいただきありがとうございました
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