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鉄臭い配管の中をどの位、進んだのだろう…… 途中、幾つもの勾配を越え、曲がりくねった細い通路も通った。
見たことも無い、様々な種族達とも擦れ違い、時には絡まれたりもしたが、何故かこの猫人種《クロット》の幼女の対応には皆、頬を赤らめ逃げ出して行った。
「おっ⁉ 猫人種《クロット》じゃねぇか。小っせいなぁ」
「ちっちゃくてもボインなのですっ。吸わせてやるから金よこせなのですっ。ホレホレ」
豊満な胸を見せつけ金を無心する。幼女の皮を被った、ただのずる賢い痴女である。誰もがその幼い見た目と不釣り合いなボインに、己の理性と、背徳感によって戦意を喪失してしまう。
「クッ、こっ、子供がふざけた事ぬかすな。おっ、大人を揶揄《からか》うんじゃねぇよ、しっしっ」
「ふんっ、意気地なしなのですっ」
―――猫人種《クロット》恐るべし……
「すげぇよアンタ」
暫く迷路のような配管の中を彷徨うと、漸くノンが呟いた。
「着いたのですっ。此処からがゴールデン階なのですっ」
然し見る限り店の類《たぐい》は見当たらず、配管の鉄壁が無残にも引き剥がされ、人ひとりがやっと入れる崩れかけた横穴が開いているだけである。
「なんもねぇじゃんよ」
「穴の中を覗いてみるのですっ」
ミューは恐る恐る薄暗い横穴の中を覗く……。
「へいっ! らっしゃい、やってるよ~ お二人さんかい? 」
「ぎゃあぁ――― 」
暗闇の中で光る二つの目玉に、思わず驚きの声を上げた。
「ぎゃあってな失礼なこったい。こちとら色黒でねぇ~ 白くなれねぇ~んだよ。勘弁してくんな」
着流し姿の煙管をふかした黒い毛並の猫人種《クロット》が出迎えた。
「ガジロウさん、お久振りなのですっ」
黒猫がカンっと煙管の火種を落とすと、カウンターから身を乗り出し、顎に手を乗せノンをまじまじと覗き込む。
「ってぇ事は、おめぇさん、うちに来た事があるってぇか? 」
「はいなのですっ。2年位前に此処に冒険に来てたのですっ」
「んんんっ? あぁ思い出したぜ、あの時の家出娘《ボイン》かぁ! 久しぶりだなぁ。元気だったかい? 入っておくんねぇ、さぁさぁ」
店内は小さなカウンターに席が4つと、極小の空間に厨房機器がむりくり収まっている。勿論カウンターと座席の距離も、互いの口からの飛沫が届く程の距離である。
天井も低く、背の低い猫人種ならば問題ないが、他の種族であれば頭を擦りかねないだろう。
「今回も脱出してきたのですっ。お腹ぺこりんです」
ノンは首から下げた大きな蝦蟇口《がまぐち》の中身をジャラジャラとカウンターに撒き散らした。
「脱出ってまたおめぇさん家出かよ、まぁ、その辺のこたぁいいか。そんで? 何でおめぇさんはコインを持ち歩いてるんでぇ? 重てぇだろ? 今の時代はみんなコードNo払いだぜぇ? 」
「コードNo払いだと、じっちゃんに貰った大事な蝦蟇口《がまぐち》が使えないのですっ」
「なるほどねぇ、爺さん想いのイイ子じゃねぇか、ちくしょうめぇ、泣かせるねぇ。それで家出してりゃあ世話ねぇわ。 んで? そちらさんは?」
「ノンの雇い主なのですっ、このおねいちゃんの船の整備士になるのですっ」
「整備士なんて、随分と立派になったじゃねぇか、偉ぇぞう。よしっ、今日は新たな門出を祝って、とびきり上等な肉を食わせてやる。銭は少し足りねぇが、俺っちのサービスだ、景気良くやってくんな」
「わーい!嬉しいのですっ」
「茶柱が熱くなっちまった、イヤ目頭か」
「目頭2:50分て居たよね? 」
「おねいちゃんソレ何ですか…… 」
「イヤ忘れて」
「ホレお待ちぃ――― 」
ミューはドンっと目の前に置かれた、小ぶりなジューシーな肉の塊に直ぐさま心を奪われた。芳しい薫りが鼻腔から脳天を突き抜けると、気付かぬうちに涎がポタリとカウンターを汚した。堪らずかぶりつくと、幼女のノンに怒られた。
「おねぃちゃん、いただきますわなのですっ」
「あっ、あぁごめん、頂きますぅ」
慌てて申し訳なさそうに肩を落とすミューに、ガジロウと呼ばれた店主がニヤリと笑う。
「我慢出来なかったんだろぅ、解るぜぇ、いいからガブリとやってくんな」
「あざ~す‼ 」
記憶の片隅に肉の味わいを探す。肉を味わうのはいつ以来だろう、久しぶりに口の中に飛び込んで来るジューシーな肉汁の波に唾液が絡み、複雑な味に舌が歓喜に踊る。鼻から抜けるスパイシーな薫りが遅れてやって来ると、自然とミューを笑顔に変えた。
「うんめぇぇぇ――― 何だコレっ」
ミューは一瞬にしてペロリと平らげた。
「おかわりぃ」
「おぅ、スゲー食べっぷりだな。気に入ってくれて嬉しいってもんよ、特上のネズミ肉を仕入れたかいがあったぜ」
「んんんっ? ネズミ肉? 今何て?」
何やらギクリとしたミューの顔色が変わって行く。
「イヤっ気に入ってくれて良かったってな」
「いやその後ですよ店主…… 」
「んっ? 特上のネズミ肉? 」
「「ねっ、ネズミ??? 」」
ミューは顔面蒼白になり、天を仰ぐと白目を剥いた。
「「うっぷっ――― ウゲェェェ――― 」」
食べたものを吐き出すと、白目を剥いたまま後ろへと、椅子からバタンキューと倒れ落ちる―――
「おっ、おねいちゃん、どうしたのですか? 大丈夫? しっかりするのですっ 美味し過ぎて、ぶっ倒れたのですっ」
「あちゃー、やっぱりネズミは苦手だったかぁ、うちら猫人種《クロット》にはご馳走なんだがなぁ」
「ネズミアレルギー? 」
「イヤちげぇな。元々、人種によって食うものが違うってだけの事よ。嬢ちゃんは兎人種《クニークルス》だからネズミを食わねえ種族なんだろうよ」
「コレ着ぐるみなのですっ」
「なんだとぅ、ちきしょうめ、だぁし《騙し》やがったなぁ、俺の兎萌えを返しやがれ」
するとドガンと壁が吹き飛び、隣の店から人がゴロゴロと雪崩れ込んできた。
「なっ―――? 」
「うわあぁぁ」
「なんでぇ、なんでぇ、またか、こんちくしょうめ、これで何回目だと思ってやがる。オイ! ふざけるんじゃねぇぞ、お隣さんよぅ」
吹き飛んだ壁の穴から、隣の店主の穴堀人種《モグラ》が、キラリと光るサングラスをした顔を覗かせた。
「ごめんよぉガジロウどん、ソイツ食い逃げなんだぁな」
「んだとぉ! 食い逃げだぁ? 」
「出口を塞いだらぁ、壁をぶち抜いて、逃げようとしたんだぁな」
「ふてぇ野郎じゃねぇか、しょっぴいてやる」
「いててて…… 何だか騒がしいな…… 」
状況も把握できない状態で、気を失ったミューから中身が入れ替わると、バルザが埃塗れの店内で目が覚めた。
「おう! ウサちゃん目が覚めたか? いやぁびっくりしたぜ、やっぱりネズミはダメだったか? 」
「誰がウサちゃ…… うっぷっ――― ゲロゲロゲロ――― 」
「何でぃ、まだ駄目か…… まぁいいや、おいっボインちゃん、気ぃ失ってる間にソイツを捕まえてくれぃ、食い逃げだってぇ話だ」
「らじゃーなのですっ」