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十五番街にある『血塗られた戦旗』本部。二階建ての大きな屋敷であり、そこは傭兵集団である彼等の本拠地である。一階は広々とした酒場となっており、様々な依頼が張り出されたボードとギルドの受け付けも併設されていた。二階はリューガを含む幹部連や事務方の事務所になっていた。
酒場は傭兵達で賑わっていたが、ボードにはなにも張り出されておらず、併設されている受け付けも無人となっていた。
これは『血塗られた戦旗』を率いるリューガがあらゆる依頼を一時的に断り、傭兵達には特別手当てを支払うことで戦力として維持しようと図った為である。
だが、当然報酬は手に入らず組織としての資金にも限りがあるので長期戦を行う余裕など無かった。
更に『暁』による破壊工作はジワジワと『血塗られた戦旗』にダメージを与えていた。今はまだ微々たるものではあったが、それも時が経てば軽視できないものになるのは目に見えていた。リューガはジェームズと聖奈に腕利きを何人か預けて、彼等の活躍に期待する他無かった。
そんな最中、パーカーの傭兵団が壊滅したことを知る。生存者は居なかったが、『帝国日報』によって大々的に報道されたためである。
それを目にしたリューガは驚きながらも自分の政敵が一人消えたことに安堵していた。
「パーカーの野郎、口ほどにも無ぇじゃねぇか。しかも貴重な装備を失いやがって」
「良いじゃないかい、リューガ。あの馬鹿は、いっつもやり過ぎてうちの看板に傷を付けてきたんだ。依頼主が怒って後始末をしてたのは私達なのにさ」
リューガの向かいに座るのは、『血塗られた戦旗』の紅一点。緑の髪をした隻眼の美女カサンドラ。美しい見た目とプロポーションを誇るが、あちこちにある傷跡が歴戦の勇士であることを示していた。
「厄介な奴らを始末してくれたんだ。それだけは『暁』の奴らに礼を言いたいくらいだな。だが、問題はこいつだ」
リューガは不機嫌そうに『帝国日報』を指す。
内容としてはパーカー傭兵団の敗北が報道されているが、それに合わせてまるで『血塗られた戦旗』が落ち目の組織であり『暁』に完敗するであろうと思わせるような論評がなされていた。
「なんだいこれは?影響は?」
「もう幾つかの得意先から問い合わせが来てる。まだ影響は出て無ぇが、長引けば今後の仕事に影響が出るのを避けられ無ぇだろうな」
「余計なことを。まさか、ボルガンズの野郎が『暁』に付いてるんじゃないだろうね?」
「あの野郎が特定の組織に肩入れするわけ無ぇだろ。いつも誰かを煽って無理矢理スクープを生み出すような下衆野郎だぞ」
「けど、そんな下衆野郎が私達の抗争に注目してるって事でもある。だろう?リューガ」
カサンドラの指摘に、リューガは苦々しい表情を浮かべる。
「ああ、そうだ。野郎は俺達の抗争を面白おかしく干渉してやがる。それも俺達が負けると予想してるわけだ。気に入らねぇな」
「それで、どうするんだい?」
「……カサンドラ、二番手で気に入らねぇだろうが頼まれてくれるか?あの馬鹿が泥を塗った看板を綺麗にしなきゃいけねぇ」
リューガの言葉にカサンドラも溜め息を吐く。
「やれやれだよ。死んだ後までアイツの尻拭いをさせられるのかい?うんざりだよ」
「分かってる。これが尻拭いだってことはな。『ライデン社』からブン盗った礼のアレを使って良いから、パーカーの馬鹿を殺って調子に乗ってる新参者に痛い目を見せてやってくれ」
「はぁ……分かったよ。その代わり、手当ては弾んで貰うからね。それと、最新の装備も回しておくれ。『暁』の実力は侮れないからね」
「だが限界があるぜ?『暁』の奴らがうちの縄張りを荒らしてる。ジェームズ達が対応してるし対策も打ってるが、それでも被害は出てる」
リューガの説明を受けて、カサンドラは意外そうな表情を浮かべる。
「聖奈ちゃんが関わってるのに、まだネズミを始末できないのかい?」
「どうやら連中相当なやり手らしい。三者連合なんて弱小共に好き勝手されるレベルだからな、正直侮ってた」
三者連合、特にリンドバーグ・ファミリーによる破壊工作によって受けた被害により『暁』は諜報方面の強化に重点を置いた。その結果が終わらない破壊工作である。
「それも何とかしないと後々しんどいよ。せっかく手に入れた武器がなくなるのは致命的だし、成果を出さないとスポンサーも納得しない」
「だからだ。頼めるか?」
「何日か貰うよ?真正面から挑むのも良いけど、少しだけ弱みを探りたいからね」
「おう、任せる。期待してるぞ」
『血塗られた戦旗』は次なる手を打つべく行動を開始する。
その日の夜、引き続き倉庫を攻撃する『暁』工作部隊。この日はそれなりに大きな倉庫を襲撃したが、相変わらず貯蓄されている武器は旧式で数も少なかった。だが、これまでとは明らかに異なる事態が発生していた。
「レイミお嬢様、ご無事ですか?」
そう問い掛けるエーリカは抜き身の件を片手に、衣服は返り血で真っ赤に染まっていた。
「ええ、無事よ。でもエーリカ、貴女凄い格好よ?」
刀に付いた血を払い、納刀しながら幼馴染み相手に苦笑いを浮かべるレイミ。
今夜襲撃した倉庫には数人の刺客が潜んでおり、爆薬を仕掛けた直後に工作員達へ襲い掛かった。だが不穏な気配を察知して備えていたエーリカ、レイミの二人が迎撃。工作員はアスカの先導で既に安全圏に離脱していた。
「えっ?うわっ!?」
レイミの指摘を受けて自分の有り様を見て驚く。
「貴女は近付き過ぎよ、エーリカ。いっつも真っ赤じゃない」
エーリカはとにかく相手に接近して必殺の一撃を与えるスタイル。動脈を斬り付ける一撃は、常に大量の返り血を浴びるのである。
「あはは、間合いを詰めないと不安になるんです。だからどうしても相手の懐へ飛び込んでしまうんですよねぇ」
エーリカは血糊で汚れた剣を袖に挟んで拭い、そのまま鞘に納めた。
「また汚れが増えたじゃない。まるで怪我をしたみたいに見えるから心配になるわ」
「怪我はしていませんよ?大丈夫です」
笑顔で答えるエーリカにレイミは頭を抱える。
「はぁ……まあ良いわ。まさかここで刺客を潜ませてるとは思わなかったわね」
「私達のことがバレている。と言うことでしょうか?」
「今回だけじゃまだ分からないわね。けれど、次からは益々警戒しないといけないわ。ほら、行きましょう。先ずは水浴びして汚れを落とさないと」
レイミは仕掛けていた爆薬に点火し、エーリカの手を引いて足早にその場を離れる。
今回の襲撃で今後の作戦に漠然とした不安を抱きながら。
そして、大爆発を起こして炎上する倉庫を見つめて愉しげな笑みを浮かべる栗色の髪をした少女がいたことは、『暁』の誰も知ることはなかった。