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第一章 白痴
通りかかった人は視界に入ってから三歩も歩けば忘れていそうな、凡庸な外観の一軒家に殻間ゆらという娘がいる。
公立中学校に入ってから一年経とうとしているゆらは、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
肌は血色が悪く、表情の乏しい顔と合わさると、まるで幽霊のように思える。
母親譲りの鴇色の髪は、肩に届くか届かないか程度の長さで毛先が少々跳ねていた。
父親譲りの翡翠色の目は、常に虚ろな半眼になっている。
相手側から見て右目だけが二重で、左目の左下には、小さな黒子が目立っていた。
ゆらには、六つ年上の腹違いの兄写楽と、二つ年下の弟光政がいる。
乾燥した寒気が染み渡る中、世間の正月気分も抜けた頃。
夕刻、ゆらは閉鎖的な自室で問題集を解いていた。
自室といっても、階段下の物置である。
物置には、和風の敷布団と小さい木製机に座布団だけがあるように見える。
実は敷布団で隠れた床下には収納庫があり、そこには分厚い本がたくさん揃っていた。
今解いている数学の問題集も、今年のお年玉で購入して床下収納庫に入れていたものだ。
「母ちゃん!テレビに良沢駅が映ってる!」
居間から光政の明るい声がはっきりと聞こえる。
良沢駅は最寄り駅で、家から十五分も歩けば着く距離だ。
丁度、ゆらは円錐の面積を求め終わってキリがいいため、居間へ向かった。
「最近、この辺りで失踪事件が多いわよね。光政も気をつけなさいよ。」
居間の扉を開くと、二人の視線がこちらを向く。
テレビには、『忠相区で行方不明者が続出』のようなテロップが一瞬見えたが、すぐに別のニュースに移ってしまった。
数日前の全学年集会でも、校長が「この周辺で失踪事件が幾つか起きたから、登下校はなるべく誰かと一緒に歩きなさい。」みたいなことを言っていたのを思い出した。
「マジで浮いてたのか?」
「すぐ茂みに逃げちゃったから、あんまよくわかんねぇけどな〜」
外から声が聞こえた母親は、ソファの横の窓を覗く。
「あら、写楽が帰ってくるわ。お友達と一緒かしら。」
光政はその窓に駆け寄って、窓を開けて顔を出した。
「兄ちゃん、おかえり〜!」
写楽とその友人らしき男性は、光政の方を見て微笑む。
「あの子がお前の弟さんか?」
「ああ、良い奴だろ?
それじゃ、今度それを見かけたら写真撮ってくれよ。」
「スマホ出すときには、もう逃げてそうだけど。じゃあな〜」
十秒も経たないうちに、玄関の扉が開く音がする。
写楽はコートを脱ぐ間もなく真っ先に居間に来た。
「東洲がすげぇものを見たんだ。
青緑の音符みたいな見た目で、2つの球の部分に目がついてたんだって。浮かんでたけどすぐ茂みに隠れたから、明確には分からなかったとのことだけどな。」
「未確認生物じゃん!俺も見たいな〜。」
「見た場所は?」
初めはよくある出鱈目かと思ったゆらだが、ほんの少しだけ興味を持つ。
「大岡竹林のすぐ近くにいたって言ってたな。」
「写楽は早く手洗いなさいよ〜。大学生になっても、こういう噂って流行るものなのね。」
次の日、ゆらが通っている元禄中学校にて。
昼休みにトイレに行くと、女子グループが駄弁っていた。
「それでさ〜、星みたいなナニカが塀の上を飛んでたんだよ!」
「マジ?」
「流石に話盛りすぎだって〜」
詳しく話を聞きたかったが、その中にはゆらが苦手としている御霊西鶴がいたため、女子達に話しかけずに個室へ入った。
(また変な生物の噂……)
放課後、ゆらは誰よりも早く昇降口から出た。
今日は塾も部活もなく、いつもの登下校の景色とは違ったところを歩く。
(あくまで、運動不足解消のためが目的だけど。)
着いたのは、ゆらが纏ってる雰囲気以上に鬱蒼とした大岡竹林だ。
この竹林には道らしき道がなく、人は滅多に入らない。
本格的に竹林の中へ足を踏み入れる気はなく、周囲を散策してみる。
数分程歩いていると、不自然に幾つか竹が倒れているところがあった。
(倒れ方からして、竹の2mぐらいに何かがぶつかったことによって折れてる。竹は数時間ぐらい前に倒れた感じだ。
もし噂されていた生物が倒したのならば、数時間前に大岡竹林から出た?……この近くに、小動物なら簡単に身を隠せそうな公園がある。)
ゆらはすぐ近くの化政公園へ赴く。
二つのよくあるベンチと、遊具は錆びたブランコしかない。
公園を囲む柵の内側には、紫陽花の低木がたくさん並んでいる。
低木の一つにかき分けたような跡の空間があった。
そこを覗いてみると、短い腕の生えた鳩羽色のツチノコのような動物と目が合う。
「!?」
(……爬虫類っぽいな。蛇に似ているけど、これは太いし短い。ティラノサウルスの前脚みたいな部位もある。)
ツチノコもどきは二つのピンク色の結晶を大事そうに抱えていた。
「ポー!?び、びっくりしたポー……」
(人工で作られたもので、どこかに人を感知して音声を流す部分がある?ポーって何だ?エドガー・アラン・ポーのことか?
生物のように見えるこの機器は誘拐の手口に使われていそうだ。そうなると、兄の友人が見たやつや、トイレの女子が話していた存在も、誘拐の為のもので、忠相区で相次ぐ失踪事件もこのような存在を使った何らかの方法で……)
ツチノコもどきは丸っこい刈安色の瞳でじっとこちらを見ている。瞳に小型カメラ等はなさそうだ。
「確か、染色体XXで生まれてから9〜17年程経過した人間……キミはプリキュアになる条件に満たしてるポー。」
(成る程、そのプリキュアとやらに勧誘して何処かへ連れ去る手口か。プリキュアはprettyとcureを合わせた造語?)
「……この二つの石は?」
「ネガイストンっていうめっちゃ貴重なものポー。さっきの条件に合ってる人間をすっごい力を持つ存在に変身させられるんだポー。
……あ、自己紹介をしてなかったポーね。ポーロスは、ポーロスって名前の友地派の妖精で、惑星フェアリからプリキュアに相応しい正義感の持った人間を探しにきたんだポー。」
「詐欺師の風上にも置けない。騙すならもっとマシな嘘にしなよ。」
「サギシ?っていうのはよくわかんないけど……騙してるわけじゃないポー。えっと、キミは地球の人間だから、惑星フェアリを知らないんだポーね。
地球からすごく遠くに、惑星フェアリっていう星があるポー。そこに住んでるのがポーロス達、妖精だポー。
惑星フェアリにはラクトブ池っていう、ネガイストンでできた池があったんだポー。ポーロスのご先祖様が『惑星フェアリと最も似ていて妖精と最も似た構造の生物がいる星に行き来できるようになりたい。』って願いを、ネガイストンが叶えたポー。ただ、叶えた反動でラクトブ池が干からびちゃったんだポー。」
(無謀な嘘を随分と細かく考えたな。)
「それでラクトブ池から、地球の日本の忠相という地名の場所にテレポートできるようなったポー。そのときの妖精は、そこの生物を捕獲して研究したり、妖精が最も興味のある生物の人間をキツく扱っちゃったんだポー。めも、人間の文化が惑星フェアリの文化に影響をめっちゃ与えたポー。
そのあと、人間と妖精は『お互いに干渉しない』という約束をしたんだポー。妖精は目立った悪いことをしなくなったけど、それでも人間の文化を惑星フェアリに持ち帰り続けてるポー。
そこからちょっとだけ最近に、全部の妖精が日本語を使えるような喉や口になったポー。妖精の言語はほとんど日本語になったポー。
今のラクトブ池は、オウキングっていう妖精が統治してる範囲に含まれてるポー。それで最近は、反地派の妖精が地球を支配しようと、忠相区の人間を幾つか誘拐したりしちゃってるポー。そこで、友地派のポーロスは、反地派をとめたいんだポー。」
やけに長々とした説明にゆらは飽きて、英単語帳を取り出して見ていようかと思った。
しかし、警戒を緩めるとすぐに誘拐されそうなため、ポーロスを観察しつつも周囲に怪しい影がないか見渡す。
「反地派というのは地球を植民地にすることが目的の妖精、友地派は地球に友好的な妖精っていう設定にしてるのかい?」
「設定じゃなくて本当だポー!しょくみんちが何かは知らないけど、多分そんな感じだポー。友地派の数は少ないから、キミ達人間からも反地派の野望をとめる人がいてほしいんだポー。」
「行政機関に行けば?新種の生物として研究されるのが先だけど、あたしのような小娘に頼るよりはずっと良いよ。」
「妖精への攻撃は、プリキュアに変身した人間か同じ妖精しか効かないんだポー。」
「自衛隊にプリキュアっていうのに変身してもらうのが最善だと思うけど……少女しか変身できないって言ってたか。」
(こいつは少女の誘拐が目的か?)
「さらに正義感があると良いんだポーけど……」
ポーロスは、ゆらがプリキュアになったら碌でもないことになりそうな気がした。
(ここで逃げてすぐ誰かに相談するのが、最も安全な道だろう。でも、退屈で平凡な生活をずっと続けるなんて嫌に決まっている。この存在による人生の変化がなければ、あたしの将来には期待できない。希望を持たずに生きることは、死ぬことに等しい。そして、人間は新しい一歩、新しい言葉を恐れている。つまり、勇気を出せということだ、殻間ゆら!)
「……ネガイストンとやらを、地面のここに置いてくれない?」
「なんでポー?」
「人体にこれが触れると危険を伴う可能性は充分にあるからね。直接手渡されることは避けたい。」
「プリキュアになりたいポー?でも、ネガイストンがこの状態のままだと変身させる力は発揮できないポー。」
「あたしがネガイストンを変身させられる状態にすればいいってことか。なくしたりはしないから、ここに置いてほしい。」
「じゃあ、一つだけポー……」
ポーロスはおずおずと低木から身体を半分出し、片方のネガイストンを地面に置く。
(ネガイストンに盗聴器やGPS等はないか……?)
ゆらはその辺に落ちてる木の枝で、ネガイストンを突いて様子をよく見た。
ネガイストンに何かしらの反応がないことを確認すると、学校用鞄から手袋を取り出してはめ、ネガイストンを持って鞄のポケットに入れた。
「後日ここに来るから、何があってもこの低木から出ないでね。それじゃ。」
「またねポー!」