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第8話:猫が綴る、宛先不明の独白
若井side
元の家のリビング。高氏と元貴が「枕投げの延長戦だ!」とか騒ぎながら折り重なって寝静まった頃。
俺は、一人、借りた座布団の上で真っ白なルーズリーフと睨めっこしていた。
手元には、コンビニで買った安物のボールペン。……何やってんだ、俺。
「…書けるわけねーだろ、こんなの」
ボソッと毒づいて、ペンを放り出す。
涼架はさっき、元貴に貸してもらった布団でスースーと寝息を立て始めた。
あんなに怯えていたのに、一度安心するとこれだ。本当に、無防備な奴。
俺が書こうとしているのは、ラブレターだ。
いや、あいつが毎日毎日、兄貴の代役で受け取っているような、キラキラしたピンクの封筒のやつじゃない。
ただ、あいつに伝えたかった。
『お前はお前だ』なんて格好いいセリフ、口で言うのは一回が限界だ。喉の奥が痒くなる。
だから、文字なら言えると思ったんだが。
「……滉斗?まだ起きてるの…?」
不意に、背後から眠そうな声がした。
振り返ると、シーツをかけた涼架が、目を擦りながらぼんやりとこっちを見ている。
「……あ。ああ、寝付けねーだけだ。起こしたか」
「ううん。…何書いてるの?宿題?」
涼架がトコトコと歩いてきて、俺の横にぺたんと座った。
こいつは距離感がバグっている。パジャマの袖から覗く白い腕が、俺の膝に当たっていることも気づいてない。
「宿題じゃねーよ。……ただの、ゴミ」
俺は慌ててルーズリーフを裏返した。
「ゴミ?変なの。滉斗、眉間にシワ寄ってるよ。難しいこと考えてた?」
「…お前のこと考えてたんだよ」
「えっ、僕のこと?」
涼架がぱちぱちと瞬きをする。その無垢ない瞳で見られるのが、今は一番きつい。
「……お前、今まで何通くらい、あの兄貴宛の手紙預かった?」
「ええっと…数えたことないけど、百通は超えてると思う」
「…その中に、一通でも『藤澤涼架』に宛てた手紙はあったか?」
俺の問いに、涼架は少しだけ寂しそうに笑って、首を振った。
「ないよ。みんな、お兄ちゃんの弟だから僕に優しくしてくれるんだもん。…僕宛の手紙なんて、一生届かないんじゃないかな」
「…届くよ」
俺は手に持っていたボールペンをぎゅっと握りしめた。
今、この裏返した紙に書こうとしている言葉。
『フルートを吹くお前が見たい』
『兄貴に怯えてるお前より、クレープ食って笑ってるお前の方が、百倍マシだ』
『俺は、お前の名前しか呼ばない』
そんなラブレターとも呼べないような不器用な羅列。
「え?何か言った?」
「……何でもねーよ。ほら、冷えるから寝ろ」
俺はわざとぶっきらぼうに言って、涼架の頭からシーツをバサっと被せた。
「わわっ、ちょっと、滉斗!苦しいよぉ」
シーツの中でバタバタともがく涼架。その様子がおかしくて、俺の口元が少しだけ緩んだ。
シーツから顔を出した涼架が、俺の顔を見て「あ、笑った」と嬉しそうに呟く。
「…ねえ、滉斗。もし、もしもだよ?僕に手紙をくれる人がいたら、僕、お兄ちゃんに渡す時みたいにすぐに鞄にしまわないで、宝物にすると思う」
「……」
「だって、僕だけを見て書いてくれた言葉だもん。それって、僕にとっての魔法のカードみたいじゃない?」
涼架はそう言って、俺の腕に頭をこてんと預けてきた。……反則だろ、それ。
「……だったら、期待しとけ」
「え?」
「お前に魔法をかける奴が、案外近くにいるかもしれねーからな」
「ええっ、誰!?元貴かな?高氏かな?」
「…自分から探すな、バカ。ほら、寝るぞ」
俺は今度こそ涼架を布団へ押し戻し、自分も横になった。
暗闇の中、裏返したままのルーズリーフが白く浮かび上がっている。
明日、あの紙をちゃんと書き上げよう。
ピンクの封筒も、甘い香水もいらない。
ただ、俺のクソ汚い字で、世界で一番不器用な『藤澤涼架』宛の手紙を。
お前がいつか、兄貴の影に飲み込まれそうになった時。
俺の言葉が、お前の足元を照らす光になれるように。
……でもこれ、渡す時、絶対顔から火出るな…
隣で安らかな寝息を立て始めた涼架に、心の中だけで愚痴をこぼして、俺は重い瞼を閉じた。
次回予告
[秘密のルーズリーフと、騒がしい応援団]
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コメント
6件
鈍感すぎて分かってない涼ちゃんが愛おしすぎる笑 今回の話も最高です!!🫶
おぉひろとぉ〜😭不器用だけど伝わるよ💕純粋で何も気づいていない涼ちゃん!!癒されます❤️🔥🫶