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朝、カーテンの隙間からやわらかい光が差し込んでくる。
まだ街が完全に目を覚ます前の、静かな時間。
わたしは小さな足音でキッチンへ向かった。
床がひんやりしていて、指先まで目が覚める。
「おねーちゃん! パンやくー!」
アーニャの声が階段の上から弾ける。
寝癖で髪が跳ねていて、パジャマのボタンは半分外れている。
「もう、アーニャ。顔を洗ってからね。」
「えへへ……アーニャ、ねむい。」
そう言いながら、彼女はふにゃっとわたしの腕にしがみついてくる。
まるで子猫みたいに。
温もりが伝わってきて、胸の奥がぽっと熱くなった。
この家に戻ってきてから、毎朝こうやって起こされる。
誰かが「おはよう」って言ってくれるだけで、
どうしてこんなに幸せなんだろう。
キッチンではヨルさんがすでに朝食の準備をしていた。
今日はオムレツとサラダと、ロイドが焼いてくれたパン。
「おはようございます、エレナさん。今日は早いですね。」
「はい。アーニャを起こそうと思って。」
「ふふ。いいお姉ちゃんですね。」
その優しい声に、思わず笑みがこぼれた。
昨夜のこと――刃物を握る夜の自分が、少し遠く感じた。
ロイドが新聞を広げながら入ってくる。
「おはよう。エレナ、今日は学校の下見だったね?」
「はい。エデン校の資料をもらいに。」
「気をつけて行くんだよ。あそこは……規律が厳しいからね。」
ロイドの言葉に、アーニャがピンと背筋を伸ばす。
「おねーちゃん、がんばって! アーニャといっしょにエデン行く!」
「うん、ありがとう。」
彼女の小さな手が、ぎゅっとわたしの指を握る。
その力が、何よりも温かい。
***
午後、エデン校の中庭。
レンガ造りの校舎の間を風が抜け、木の葉が舞った。
アーニャは芝生の上で転がって笑っている。
「アーニャ、おねーちゃんみて! ピーナッツの形の石!」
「ふふ、それどこから見つけたの?」
「ここー! たぶんラッキー石!」
その笑顔を見てるだけで、
心のどこかで固まっていた何かが、少しずつ溶けていく気がした。
ヨルさんがベンチに座りながら静かに微笑む。
「アーニャ、本当に楽しそうね。」
「ええ……こんな日が、ずっと続けばいいなって思います。」
ヨルさんが一瞬、わたしの横顔を見た気がした。
その瞳の奥に、どこか切ない光。
わたしたちは似ているのかもしれない。
“守りたいものがある”という点で。
アーニャがふたりの間に割り込んできて、
両手をつないだ。
「ママとおねーちゃん、なかよしー!」
「ふふっ」「そうね。」
その瞬間、風がふわりと吹いた。
白い花びらが三人のまわりをくるくる舞う。
わたしは思わずつぶやいた。
「……こういう日が、ずっと続くといいね。」
ヨルさんが小さく頷く。
「ええ。たとえどんな夜があっても……朝はきっと来ますから。」
アーニャが無邪気に笑って、空を見上げた。
「おねーちゃん、しあわせってこういうこと?」
「うん。……きっとね。」
その笑顔を見て、
わたしも、少しだけ救われた気がした。
🌸 次章予告
エデン校の面接練習。
ロイドの完璧な教育計画に、アーニャとエレナはてんやわんや!?
**第4章「フォージャー家、面接作戦!」**へ続く──