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すっきりしない気分のまま八月半ばを迎えたその日、私は柚乃と碧斗の三人で、花火大会に出かけた。
子どもの頃から毎年のように見ている花火大会だが、何年か前からはこの顔ぶれで会場まで出かけるのが当たり前になっている。
シャトルバスを利用して会場に着いた私たちは、花火の打ち上げまではまだ時間があるからと、屋台やキッチンカーが並ぶエリアに足を向けた。
柚乃と碧斗は、私を挟んで楽しそうに軽口をたたき合っている。
その声を頭の上で聞いているうちに、自分が二人にとってお邪魔虫のような気がしてきてしまった。実は碧斗は、柚乃と二人だけで来たかったのではないかと、彼の気持ちを想像してしまう。
「今年も花火大会、行くだろ?」
あの時の碧斗の台詞には、やっぱりお前も行くんだよな、できれば遠慮してくれないか、という意味が込められていたのかもしれないと、ややネガティブなことを考え始め、気づけば私の口からはため息がこぼれていた。
それを聞きつけた碧斗が心配そうに私の顔をのぞき込む。
「どうした?足でも痛いのか?」
「だ、大丈夫、なんでもないよ」
私は曖昧に笑って誤魔化した。碧斗から目を逸らし、辺りの賑やかな光景に視線を飛ばす。不意に柚乃に袖を引かれた。
「どうしたの?」
柚乃がとある店を指差す。
「あそこにフラッペのお店があるよ。詩乃、あれ、食べようよ。あ、でも待って。たこ焼きが先の方がいいかなぁ。隣の焼きそばも美味しそうだなぁ」
柚乃はうきうきとした様子で、あちらこちらの店をきょろきょろと眺め回している。
碧斗が呆れたように笑う。
「食べたい物、全部買えばいいだろ。どこかに座って食べようぜ。レジャーシート、持って来たからさ」
「え、今年も持って来てくれたの?さすが碧斗。気が利くわ」
柚乃に褒められて、碧斗は照れを隠すかのように辺りに目をやる。
「しっかし、毎年のことだけど、すごい人出だよなぁ」
そこで言葉を切って、私を見てにやりと笑う。
「詩乃、俺らとはぐれるなよ。お前はなんとなくぼうっとしてるからさ」
「私、ぼうっとなんてしてないわよ」
私がムッとしながら碧斗に反論している間にも、柚乃は屋台の物色を続けていた。他にも気になる店を見つけたらしく、明るい声を上げる。
「チョコバナナだって。あれも食べたい」
柚乃は言うなり、一、二軒先にあるその店に向かって歩き出した。
「あ、柚乃!待ってよ!」
姉の後を追おうとして、私は慌てて足を踏み出した。
誰かに呼び止められたのはその時だ。
「もしかして、詩乃ちゃん?」
「えっ?」
驚いて声の方に顔を向け、さらに驚いた。人混みの中で起きた嬉しい偶然をすぐには信じられず、私はその場に棒立ちになりながらその人の名前をつぶやく。
「戸崎さん……」
彼はにこにこしながら私の前までやって来た。
「やっぱり、詩乃ちゃんだった。浴衣姿だから、一瞬、誰か分からなかったよ」
碧斗が不審げな声で私に訊ねる。
「誰だ?詩乃の知り合いか?」
「戸崎さんだよ。碧斗も前に一度会ってる。覚えてない?」
「戸崎さん……?」
首を捻っていた碧斗だったが、しばらくしてようやく思い出したらしく、戸崎にぺこりと頭を下げた。
「こんばんは」
「こんばんは。今日は二人で花火を見に来たの?」
「いえ、違います。姉と三人で来てます」
私は即座に戸崎の言葉を否定した。碧斗との仲を誤解されたくない。
「お姉さんも一緒?」
戸崎の目が気まずそうに揺れたと思った時、屋台へ向かっていた柚乃が引き返してきた。
「二人とも、まだここにいたの?詩乃だと思って、全然知らない人に話しかけちゃった」
柚乃の位置から戸崎の姿は見えなかったようだ。彼の横を素通りして、姉は私の手を取って急かす。
「早く、行こ」
再び目的の屋台に向かおうとした柚乃だったが、ようやく戸崎に気づいて目を見張り、次には眉をひそめた。
「どうしてここにいるんですか……?」
柚乃は、戸崎に会ったことを喜んではいないようだった。
彼はぎこちなく笑う。
「こんばんは。この前の飲み会で、この花火大会のことが話題になってただろ?こっちに住んでいるのに、今まで一度も見たことがなかったから、来てみたんだ。……それにしても」
戸崎はふっと言葉を切り、柚乃をじっと見つめた。
「浴衣、すごく似合ってる」
「え、そ、それはどうも……」
戸崎の誉め言葉に動揺したのか、柚乃は目を泳がせ、ふいっと横を向いた。
二人を前にして、私の心の中は穏やかさとはかけ離れていた。戸崎から関心を向けられた柚乃が羨ましかった。浴衣姿なのは柚乃だけではないのにと、私には何も言ってくれない戸崎に対して、拗ねた気分になっていた。
けれど、綺麗ではないその気持ちに蓋をして、今は戸崎に会えたことを素直に喜ぼうと気を取り直す。
「戸崎さんは、ここの花火、初めて見るんですか?」
戸崎ははっとしたように瞬きを一つして、私に笑顔を向けた。
「俺、こっちの出身じゃないし、この時期は毎年帰省していたからね。でも、せっかく話を聞いたから今回は、と思ってね」
「そうでしたか。ところで、お友達はこれから来るんですか?」
私の問いに戸崎は苦笑を見せる。
「いや、一人で来てる。友達に声をかけたんだけど、みんなデートだとか帰省だとかで、全然つかまらなくてね」
「そうなんですね……」
もし良かったら私たちと一緒に、と彼を誘おうとして、その言葉をぐっと飲み込んだ。本当はもっと戸崎と一緒にいたい。けれど、どことなく意識し合って見える戸崎と柚乃が、このイベントで一緒に過ごしたことで、さらに何らかの進展をみせることになったらと思い、不安になった。そしてたぶん、碧斗も私と同じように思っているはずだ。
なんとなく皆が無口になってしまった中、柚乃が再び私の手をぐいっと引っ張る。
「詩乃、私たちはもう行こう?」
「え、う、うん……」
「それじゃあ、戸崎さん、失礼します」
柚乃は愛想なく彼に頭を下げて、私と碧斗を先へと促した。
私は後ろ髪引かれる思いで振り返ったが、戸崎の背中はすでに見えなくなっていた。
碧斗が気がかりそうに言う。
「なぁ、あの人も一緒にって誘わなくて良かったのかな。一人で花火大会見物って、なんか寂しいだろ」
「それでもいいから来たかったんでしょ?別に私たちが気にする必要はないわよ」
「そうかもしれないけど……。でもなぁ……。やっぱりさ……」
碧斗はまだぶつぶつ言っていた。
柚乃は意地悪な顔で彼に言う。
「だったら、碧斗が一緒に付き合ってあげれば良かったんじゃない?こっちは私たち二人でも、全然構わなかったわよ」
「馬鹿言うなよ。危なくて、お前たち二人だけになんてできないよ」
「『お前たち』ねぇ」
柚乃は碧斗の言葉の一部を繰り返しながら、意味ありげににやにやと笑った。
「いったい何が危ないのかしらね」
碧斗は柚乃にむっとした顔を向けたが、姉はそれを無視してお目当ての店へ私を引っ張っていく。
「見て、詩乃。ここのチョコバナナ、デコレーションされてるんだよ。可愛くて、選ぶのに迷っちゃうね」
「う、うん、そうだね」
柚乃の隣で、私もまた店頭に並ぶチョコバナナを眺め始めたが、一人で来ていると言った戸崎の顔が脳裏に浮かんでどうにも落ち着かない。碧斗が言ったように、やっぱり戸崎を誘えばよかっただろうかと後悔し始めていた。
「詩乃、どれにする?」
「え?あ、えぇと、じゃあ、これ」
今はどの辺りにいるのだろうかと戸崎を気に掛けながら、私は適当なチョコバナナを指差した。
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柚乃はどんな気持ちでいるんだろう?