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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「ほら、歩いて」

全身に覆い被さるような重さに、崩れそうだった。

それに負ける前に彼をベッドに、放り投げる。

私は急いで部屋の扉を閉めた。

「今度は私の部屋まで来たの?」


今日はずっと、彼に追いかけられてばかりだったのだ。

一限目は追いかけではないと思っていた。

だから、 二限目から彼はおかしかったと思う。

二限目。

再び私の席の横に来ては、逃げようとする私の腕を掴んできた。

でも、いつものように無表情だった。

焦点も合わないし、彼はきっと変な夢でも見ているのだと思っていた。

そんな世界に取り込まれるのはごめんだ。

背後にいたあの二人組は引くような目で、

私と彼を見ていた。

彼を振り払ってきた三時限目はペア学習の授業。

人数が少ない科目で私は困っていた。

私のいるテーブル席に座っていたもう一人の女の子。

てっきり、その子とペアのなると思い込んでいた。

先生が手を叩き、

「ペアがくしゅ…」

と言い終える頃に彼女は他の席へ移動していた。

三人席のテーブルに私一人。

周りの視線を浴びる中、 他の椅子と机にぶつかりながらも彼は来ていた。

私は言葉が出ないほどに驚いていた。

それは私だけじゃなく、遠い席にいたあの二人も。

他の生徒もだった。

近場にいた方かもしれないが、彼は今までそんな行動力はなかったはずだった。

今日の彼は何かおかしいと思っていた。

でも、変わらずの輝きのないエメラルドの瞳。

それは今だって変わらない。

ベッドに仰向けの彼は、両手を飛び出している。

「ちょっと…そんな格好で情けないと思わないの?」

壊れた人形は虚ろに目を開けて、動こうとしない。

彼のすぐ傍で共に押しつぶされそうになっているミリーを助ける。

強引に彼から引っこ抜くと、エメラルドの瞳が私を映す。

「で、何を言いに来たわけなの?」

物言いたげな表情に見えたのは、私だけでは無いはず。

といっても、ここには私と彼しかいないのだけれど。

彼はずっと私を見つめていた。

眉一つ動かさず、精巧な人形そのものの瞳で。

私は彼を見て思い出した。

「そうだ、これ…渡すのを忘れていたんだよ」

それをポケットから取り出そうとして、私はやめる。

服の擦れる音と、空気が潰れるような封筒から漏れる音。

「ごめん、やっぱなんでもないや」

私はミリーに顔を埋めるように、笑う。

けれど、彼の瞳は笑わなかった。

動作、表情一つ一つを観察するようなそのエメラルドに目を合わせられなくなっていた。

私はミリーを抱きしめたまましゃがみこむ。

「どうでもいい。どうせ皆、私の事なんて分からないんでしょ」

何かに隠れたい気持ちでいっぱいになる。

素足が出てる部分も、毛布で隠したい。

また私は独りよがりの産物を渡してしまうところだった。

何度も繰り返す過ち。

私は恥ずかしくなる。

あのエメラルドに映らない方法は、何かないのか。

「貴方もおもしろいからここへ来ただけなんでしょ。私が変でおもしろいからって」

何を言っているのだろうか。

私はそれでも意味の分からない言葉を吐き続けてしまう。

「車椅子はどうしたの。あぁ。やっぱ、歩けないなんて嘘なんでしょ」

未だベッドに投げ出されたまま動かない人形。

けれど、彼は確かに私の部屋までやってきたのだ。

「どうして来たの」

抱えているものを吐き出したくなる。

理由なんて分からない。

「何か言ったらどうなの!」

高ぶっていく気持ちとともに、それを見下す冷静な自分もいる。

吐き捨てる言葉はやはり自分だった。

尻拭いをするのも自分なわけで。

ノック音がする。

「おーい。クリッシュか?まだ起きてるのかー」

私はハッして口を覆う。

繰り返しノック音がなる。

扉に鍵はかけていなかった。

先生がノックした勢いのまま、入ってくるかもしれなかった。

私は息をするのも忘れるくらい、声を殺した。

部屋に静寂が落ちる。

空気の揺れも許さないほど静かになる。

「気のせいかー?起きてたら寝るんだぞー」

先生の足音が遠ざかっていく。

「バレなかった…」

胸を撫で下ろすと、エメラルドの瞳と目が合う。彼はいつの間にか、ベッドに腰をかけ起き上がっていた。

「そうだよ…男の人と二人で個室なんて…罰則以上だわ」

ふと冷静になった私は、彼に近付いていく。

彼はちゃんと私を見つめていた。

私は何も言わず、彼の頭に手を置く。

その目はとても驚いているようだった。

「私みたいに、思うことちゃんと言葉に出来たらいいのにね」

私は微笑みかける。

しがらみに取り憑かれたような彼の表情。

腕が震えている彼の手を握る。

僅かな振動が私にも伝わってくる。

恐怖を全身で感じながら、それを押し殺した無表情。

「貴方も何かを抱えているんだよね…きっと」

何かに怯えて生きる苦しさを私も知っていた。

心と身体全部で抑えきれないでいる彼の恐怖心を、優しく包み込む。

彼はここに来てからも一言も発していない。

けれどなぜか、会話をしたような感覚が占めていた。

彼は私をしばらくの間見つめると、満足したのか立ち上がった。

なぜかそのエメラルドは、明日を向いているような気がした。

「ほんとに。あなたの心が全く読めないわ」

無表情には変わりないのに、目が合っていた。

それを聞き届けると、彼はそそくさと部屋を出ていった。

「結局、何をしたかったのか初めから最後まで分からなかったし…」

けれど、わだかまりが溶けたような感覚はあった。

彼についていた取り巻きはいつの間にかいなくなっていた。

今日一日、彼は一人で私のところへ何度も来た。

私と同じ視線を浴びながら、彼は私に会いに来てくれていた。

それが寂しさを思う間を与えなかった。

その行動に私は少なからず、救われていたのかもしれないと思った。

だから、彼の抱えるものにも私は言葉を渡してあげたい。

そんな事を一人になった部屋で、日記に書き綴っていた。

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