コメント
1件
夜が明け、いさなは目を覚ました瞼をこじ開けると、頭の中にはまだ昨日の萌香の姿がちらついている。
「もう忘れるんだって…!」
布団を跳ねのけて、いさなは船室から外に出た。
「おはよ。」
みりんがいさなに声をかけた。
「お、おはよう。」
いさなは顔をそらしながら答える。だがその動きは不自然で、みりんはすぐに何かを察した。
「まだ昨日のこと考えてる?」
「はぁ!?何のこと?」
いさなは思わず声を荒げたが、みりんのにやりとした笑みを見て、すぐに口を閉じた。
その時、船室から萌香が現れた。顔を伏せたまま、足早に甲板を通り過ぎようとする。
「萌香、おはよう。」
いさなが声をかけるが、彼女は一瞬立ち止まったものの、そのまま無言で通り過ぎた。
「……。」
その様子を見ていたみりんは、小さくため息をついた。
「ねえ、あんたさ、ちゃんと話した方がいいんじゃないの?」
「いや、でも、何話すって言うんだよ。」
いさなは頭をかきむしる。
「そりゃあ、昨日のことを謝るとか、気まずさをなくす方向で話すとかさ。」
「でもさ、あれって俺が悪いのか?状況的にさ…。」
いさなは小声で反論するが、みりんの冷たい視線に黙り込んだ。
その後、いさなは釣りをするふりをしながら、船の端でぼーっとしていた。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。
「……。」
振り返ると、そこには萌香が立っていた。
「あの…」
萌香は俯きながら声を絞り出す。
「昨日のこと、気にしてないから。」
「えっ?」
いさなは驚き、思わず顔を上げた。
「だから、その、あんまり気にしなくていいって言ってるの!」
萌香は早口で言い切ると、恥ずかしそうに顔を赤らめながら立ち去ろうとする。
「待って!」
いさなはとっさに声を上げた。
「俺も…その、ごめん。昨日、変なタイミングで入っちゃって。」
いさなは必死に言葉を紡いだ。
「別に、見ようとしたわけじゃないんだ。ほんとに偶然で。」
「分かってるよ。」
萌香は振り返らずに答えるが、その声には少し安心感が混じっていた。
「ありがとう。」
いさなの短い言葉に、萌香は小さく頷き、その場を去った。
遠くからそのやり取りを見ていたみりんは、満足げに微笑んだ。
「ふーん、結局そういう感じなのね。」
「よし、これで少しは落ち着く…かな。」
いさなは自分に言い聞かせながらも、まだ心臓が高鳴っているのを感じていた。
しかし彼は気づいていなかった。
この不思議な感覚が、ただの気まずさではないことに――。
穏やかな海の朝。船は緩やかに進み、波音が心地よいリズムを刻んでいる。ゆうなは船端に腰掛け、釣り竿を手にしていた。
「全然釣れないなぁ…」
ぼやきながらも、揺れる糸をじっと見つめている。
「もうちょっと待てば、そのうち釣れるだろ。」
いさなが後ろで声をかけるが、ゆうなは舌打ちして応じた。
「あんたはいいのよ。何もしてないくせに余裕ぶってさ。」
「いやいや、俺は見張り役だし?」
適当に返すいさなに、ゆうなは半眼で睨む。
その時、海面に異変が起きた。釣り糸がピンと張り、ゆうなの手元を激しく引っ張る。
「えっ、来た!」
興奮しながら竿を握り直すゆうな。しかし、その引きの強さは尋常ではなかった。
「でかいぞ、それ!」
いさなが慌てて近づくが、次の瞬間、海面が大きく割れた。
現れたのは巨大なサメの背びれ。鋭い歯がちらりと見えた瞬間、ゆうなの顔から血の気が引く。
「やばい!サメだ!」
サメは釣り糸を引っ張り、船を揺らし始めた。
「ゆうな、糸を切れ!」
いさなが叫ぶが、ゆうなは恐怖で手が動かない。
「無理無理無理無理!」
ゆうなは泣きそうな声を上げながらも、竿を手放せずにいる。
「バカ、そうなったら俺がやる!」
いさなは急いでナイフを取り出し、釣り糸を切ろうとする。
だがサメは勢いよく跳ね上がり、船に向かって突進してきた。
しばらくの格闘の末、サメは深い海へと逃げ去っていった。
「助かった…ありがとう。」
ゆうなはお礼を言いながら、頭を撫でた。
「まったく、サメ相手に釣りするなんて。」
いさなが呆れたように笑うと、ゆうなは悔しそうに顔を赤らめる。
「私だって好きでやったわけじゃない!」
その後、船の中ではサメの話題で盛り上がったが、一つの問題が残っていた。
「釣り竿、壊れちゃったよ。」
ゆうながしょんぼりと言うと、みりんがふっとため息をつく。
「また道具作り直しね。」
「それもいいけど、次はサメが来ない場所で釣りたいな…」
いさながぼそっと呟くと、全員が苦笑した。
静かに揺れる青い海。前日のサメ騒動から、ゆうな達の船旅は再び穏やかなものとなっていた。
「そろそろ海のアーティファクトを探し始めるか。」
いさなが海図を広げながら言う。
「でも、どうやって探すの?広すぎるでしょ。」
萌香が不安そうに呟く。
「これを使う。」
みりんが取り出したのは、小さな手製の水中スコープだった。
「すごいじゃん!これで海の中を見られるの?」
ゆうなが興奮して声を上げる。
「まぁ、限界はあるけどね。あとは運次第。」
みりんが苦笑する中、彼らはスコープを使って海底の探索を開始した。
数時間後、船の先端でスコープを覗いていたゆうなが突然叫ぶ。
「見つけた!何か沈んでる!」
全員が集まってスコープを覗き込むと、深い海底に大きな影が見える。それは朽ち果てた沈没船だった。
「ここにアーティファクトがあるかもしれないな。」
いさなが静かに言った。
船を沈没船の真上に停めた一行は、潜水の準備を始める。リオとサニー、トラは今回は船で待機。
「酸素ボンベ、ロープ、そしてこれ。」
みりんが手渡したのは簡易の防水ランプだった。
「こんなのまで作れるのか…本当にすごいな。」
いさなが感心する中、ゆうなと萌香も潜る準備を進める。
「怖いなぁ。」
萌香が震えながら言うと、ゆうなが笑って肩を叩く。
「私たち、ここまで生き延びてきたじゃん!大丈夫、大丈夫!」
水中に潜ると、辺りは青と黒のコントラストで覆われていた。ランプの光が揺れる中、沈没船が徐々に姿を現す。
「でかいな…まるで映画の世界だ。」
いさなが船体を見上げながら呟く。
船は古びており、木材は腐敗し、藻が絡みついていた。しかし、不思議なことに一部だけが綺麗に保たれている。
「こっちだ!」
ゆうなが手を振りながら進むと、船内の一角に不自然に輝く箱があった。
「これだ!アーティファクトだ!」
箱を開けると、中から光る赤色の石が現れる。その輝きはまるで生きているかのようだった。
アーティファクトを手に入れ、全員が安堵していたその時。突然、暗闇の中から巨大な影が現れる。
「なんだ、あれは…?」
萌香が恐る恐るランプを向けると、それは巨大なウミヘビだった。
「ヤバい!逃げるぞ!」
いさなが叫ぶが、ウミヘビは素早い動きで近づいてくる。
「アーティファクトを守らないと!」
ゆうなが咄嗟にウミヘビの注意を引くように泳ぎ出す。
「バカ、戻れ!」
いさなが追いかけようとするが、みりんが腕を掴んで止める。
「冷静に。私たちは船に戻るべき!」
全員で息を合わせ、ウミヘビの攻撃をかわしながら船へと急ぐ。リオとサニーが甲板から大きな咆哮を上げると、それに気圧されたウミヘビは一瞬動きを止めた。
その隙に全員が無事船に戻り、アーティファクトを守り切った。
一行はアーティファクトを手に入れ、次の目的地に向かうため、船を走らせていた。いさなが地図を広げ、目を凝らしながら言った。
「次のアーティファクトは…この近くの小さな孤島にあるらしい。雪山の次に行こうとしていた場所だが、島の地下にあるみたいだ。」
「孤島…なんだかまた不安になるな。」
萌香が不安そうに呟く。
「でも、次のアーティファクトを手に入れないと帰れないんだろ?」
ゆうなが意気込む。
「その通りだ。」
いさなが頷く。