テラーノベル
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検査結果が出るまで、二週間かかった。
MRI、血液検査、神経心理検査。
時計の絵を描かされたり、単語を覚えさせられたり、簡単な計算をさせられたり。
「子どもみたいなテストだったね」
病院の帰り道、みことはそう言って笑った。
「……そうだね」
すちは曖昧に相槌を打つ。
みことは軽く振る舞っていたけれど、検査中、答えに詰まるたびに指先が小さく震えていたのを、すちは見逃していなかった。
診察室。
医師は静かな声で、はっきりと告げた。
「若年性認知症の可能性が高いです」
空気が、一瞬で重くなる。
「まだ初期段階ですが、記憶障害や見当識障害が徐々に進行する可能性があります。進行のスピードには個人差がありますが……」
みことは、医師の言葉を真っ直ぐ聞いていた。
すちは、途中からほとんど内容が頭に入らなくなっていた。
――認知症。
――若年性。
――進行性。
その言葉だけが、耳の奥で何度も反響する。
「治らない、んですか」
すちの声は、かすれていた。
「完治は難しいです。ただ、進行を遅らせる薬やリハビリはあります」
みことは、少し考えてから、静かに頷いた。
「……俺、ちゃんと生きていけますか」
医師は、みことの目を見て答えた。
「支えがあれば。今はまだ、自分でできることも多いです」
その「支え」という言葉に、すちは小さく息を呑んだ。
病院を出たあと、二人はしばらく無言で歩いた。
冬の空気が、肺の奥まで冷たい。
「……ねぇ、すち」
先に口を開いたのは、みことだった。
「俺さ」
一度、言葉を探すように間を置いてから、いつもの柔らかい笑顔を浮かべる。
「すちが、大好きだよ」
あまりにも自然な笑顔で、あまりにもいつも通りの声で。
すちは、思わず足を止めた。
「……急にどうしたの」
「言いたくなっただけ」
みことは、少し照れたように目を細める。
「俺ね、すちがいてくれて、ほんとに幸せ」
すちは胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――怖いからだ。
忘れてしまうのが、壊れていくのが。
それを悟らせないために、みことは笑っている。
「……俺も、みことが大好きだよ」
声が震えないように、必死で抑えながら答える。
みことは、満足そうに頷いた。
「よかった」
それから、みことは毎日言うようになった。
朝、目が覚めたとき。
「おはよう、すち。大好きだよ」
出かける前、靴を履きながら。
「今日も一日、がんばろうね。大好き」
夜、布団に入って電気を消す前。
「……すち、大好きだよ。ちゃんと伝えられた」
その笑顔は、あまりにも優しくて、あまりにも健気だった。
すちは、そのたびに胸が痛んだ。
(忘れないために、刻みつけてるんだ)
言葉で。
声で。
表情で。
自分の中に、必死に“愛の記憶”を残そうとしている。
それが分かるからこそ、苦しい。
ある夜。
みことが眠ったあと、すちは一人、暗い天井を見つめていた。
(いつか、この言葉も忘れるのかな)
「大好きだよ」
その一言さえ、誰に向けた言葉なのか分からなくなる日が来るかもしれない。
喉の奥が、ひりつく。
すちは、そっとみことの手を握った。
「……忘れてもいい」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「忘れても、俺が覚えてるから」
その言葉は、祈りのようだった。
コメント
2件
黄ちゃんが恋心をもわすれませんように
若年性認知症、、、!聞いたことあるかも、!まだ若いのに記憶力が弱っていったりとか、、、ていう、! 🍵くんのことが好きだということを忘れないように自分で口にして記憶に刻み込もうとしているのがとても健気で切なくて泣きそうになりました、!不安なのを笑顔で隠しているのもすごく感動しました、、! 投稿ありがとうございます!続き楽しみにしてます!