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蓮司は、笑っていた。何の脈絡もなく、まるでテレビの話でもするような声色で、ふいにこう言った。
「ねえ遥、日下部、最近おまえのことよく見てるよ」
瞬間、心臓がどくりと鳴った。
何かの罰のように、呼吸が止まる。
「……は?」
掠れた声が喉の奥で転がる。問い返すような響きにはならなかった。
「いや。別にどうでもいいんだけどね。俺、あいつとそんなに仲良くないし」
蓮司はそう続けながら、ソファに崩れるように座って遥の顔をのぞきこむ。
「でも、面白かったから。……なんかさ、おまえのこと、“抱きしめたら壊れそう”って、ぽつっと言ってたよ。誰にも聞こえない声で」
――やめろ。
その言葉は、口から出ない。ただ、耳の奥で何かが爆ぜる。
(そんなわけ、ないだろ。なんで……)
心の中で、誰かが「ほんとうに?」と囁いた。
その声は、遥自身のものだった。
自分でも気づかぬうちに、信じたくなっていた。
日下部の声。手の温度。
「触れたい」と思ったことを、遥は何度も何度も自分の中で踏み潰してきた。
それなのに、今。
そんな戯言一つで――信じてしまいそうになった。
「でもさ」
蓮司の指が顎にかかり、強く上を向かされる。
「おまえって、“欲しがったら壊す”んじゃなかった?」
その声は甘く、爪を立てたような優しさだった。
「なのに、どうするの? 欲しがっちゃうの? 日下部を?」
遥の腹の奥が冷たくなった。
世界が、ぐらりと傾いた。
「……違う、俺は……そんな、つもりじゃ……」
言葉が震える。
言えば言うほど、浅ましくなる気がした。
「ねえ遥」
蓮司の顔が近づいた。
瞳が、氷のように澄んでいた。
「“救われたい”って、思った?」
(ちがう。そんなの、俺が思っていいことじゃ――)
――でも、思った。
喉が、焼けるようだった。
指先が痺れた。
この瞬間、何かが決壊しかけていると遥自身が分かった。
蓮司は、それを知っていた。
知っていて、壊れる瞬間を愉しんでいた。
「ねえ、思ったよね? だって顔に出てる。ねえ、言ってみなよ。『助けてほしい』って」
遥の目の奥で、なにかが音を立てて崩れた。