テラーノベル
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自分の足音だけが響く。
かつ、かつ、かつ、サンダルが闇夜をリズムで包む。蒸し暑くて汗で髪がうなじにぺったりと着いてしまい気持ち悪い。いち早くでも帰りたい。折角買ったアイスが溶けてしまう前に。帰って、シャワーを浴びて、明日に備えて早寝しなければ。
道には誰もおらず、たまに車が通る程度。掲示板にまだ新しい新聞が貼られていて、「これで4人目 夜道注意 犯人未だ捕まらず」と大きく文字が踊っている。内容は30代の女性が襲われた最近よく見る似たようなニュースについてだった。治安があまり良くないのだろうか。もし自分が女性だったらこんな状況で心臓がうるさかったろう。ビビりな自分なら尚更だ。でも可愛いと言われることは多くても僕は普通に身長があるし、なで肩といえど体格は女性らしくない。まあ唯一髪が長いけど勘違いされることは無いだろうと思っていた。
かつ、ひた、かつ、かつ、ひた、かつ
音が、増えた。
思わずゾッとする。夜道と言うだけでこんなに背筋が凍るとは。自意識過剰なんて思われてしまいそうだから、振り返らずに進む。大丈夫、こんな時間でも仕事帰りの人とかは全然居るはず。僕も相手も一定のペースで進んだ。
ひた、かつ、ひた、かつ、ひた、かつ
近づいて、ないだろうか?
明らかに相手のペースが上がっている。きっと追い越そうとしているのだ。自分の厚底のものより、薄くて草履に似た軽さの音が着いてくる。自分の足も先程より動かす回数が早まっている気がする。
かつ、かつ、ひた、かつ、ひた、かつ
追い越すのかと思いきや、近くも遠くもない距離まで来たところでまたペースが一定になる。射程圏内、というやつだろうか。本能が警告を出している。振り返りたいが、家はもうすぐそこなので何とかこらえて痛くなってきた足を動かした。
かつ、ひた、かつ、ひた、かつ、ひた
まるでリズムを合わせるかのように着いてくる。先程から曲がるのもスピードもずっと同じ。大量の汗が出て、脳がパニックを起こしかけている。やっとお目当てのマンションが見えて来た。やっと、やっとだ。
でも、もし本当に付けてきていて、このまま帰ったら…
やっぱり1回だけ振り返ろう。確認だけしておかないと。大丈夫、一旦止まって見れば、きっとあっちも会釈したりリアクションしてくれる。大丈夫。
僕は立ち止まり、素早く振り返った。
「っ…!?!」
ぼんやりと、人影。真夏なのに長袖パーカーのフードを被って、僕と同じくらいの身長。多分男で、暗くて顔が見えない。あまりにも近過ぎる距離に、逃げようにも足がすくんで動く気配が無い。心拍数が有り得ないほど早まる。どうする、早く動かないと、やばい、死ぬ___
「…涼ちゃん、俺だよ」
まるで観念したように、男がフードを外した。
「…っえ、わ、若井…?」
聞きなれた声。赤髪が覗き、いつものセンター分けが確認できる。若井だ。正真正銘、同じメンバーである若井滉斗。音の正体はビーチサンダルのようなボロボロのものを履いていたからのようだった。何故こんなとこに、しかも声を掛けなかったのか。聞きたいことが溢れてくるが先程の恐怖でまだ体が上手く動かないでいた。
「それ、アイス?」
彼が手に持っているビニール袋を指さす。いつもの人懐こさはどこへやら、無表情で不気味にこちらを見据えられる。不安が拭いきれていないうちに、その圧からか反射的にあ、うんと頷いてしまう。彼はそっか、と笑って振り返る。そのまま来た道を歩き出そうとしだしたので腕を掴んだ。
「まっ、まって…!!」
ばっ、と若井が振り返る。暗闇で認識できなかったが目が血走っていて、呼吸が荒いように感じる。ひっ、と思わず手を離した。
が、離した腕を逆に掴まれてしまう。
「っ、!?わ、かい…?」
「はっ、はぁ…っ」
やはり呼吸がかなり荒い。暫く硬直した後、やっと手を離してくれた。俯いて、呟くくらいの声で何でもないと言っているのが辛うじて聞こえた。
その後の事はよく覚えていない。気づけば僕は家の中にいた。
あの日から、犯人が見つからないまま新聞でみた女性が襲われる事件はぱったりと無くなった。更にあの時のことを次の日スタジオで若井に問い詰めようとすると、曖昧に笑って回避されてしまう。あの時の気迫の雰囲気は微塵も感じられない。何かが、おかしい気がする。
ただ1つ、分かるのは。
家の中で、アイスはすっかりどろどろに溶けていて、僕は汗だくで立っていたという事だけだった。
コメント
3件
えー、得体の知れない恐怖…ゾワゾワしました😨