テラーノベル
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羽理からの承諾を得た大葉が、携帯を充電ケーブルから抜いて「もしもし?」と応じれば、当然というべきか。 電話先で息を呑む気配がした。
『あ、あれ? 私……羽理の携帯に掛けた、はず……だよね? えっ。もしかして間違え電話、しちゃってますか?』
困惑した様子でそう問いかけてくる法忍仁子に、大葉は「いや、間違ってないよ。キミが掛けたのは荒木羽理さんの携帯で合ってる」と答えたのだけれど。
途端電話先で一瞬だけ黙る気配がしてから、『あの……もしかして……裸男さん?』と問い掛けられた。
自分が〝裸男〟と呼ばれているのは知っていた大葉だけど、「はい、そうです。俺が裸男です」だなんて素直に認められるわけがない。
ふとそこで今は亡き大物コメディアンの『そうです、私が変なおじさんです』というセリフを思い出してしまった大葉は、尚のことうなずくことが出来なくて。
少し考えてから、「キミたちの間で俺がそう呼ばれていることは何となく知ってはいるが……正直俺としては不本意な呼び名だ。すまんが屋久蓑と呼んでくれるか?」と本名を名乗ることにした。
電話に応じながら壁際に寄りかかるようにして座り込んだままの羽理の元へ近付くと、大葉はそっと羽理の腰に手を添えるようにして猫型ローテーブルのすぐそば。
ニャンコ柄座布団の所まで羽理を誘ってゆっくりと座らせたのだけれど。
羽理が着座と同時に「きゃうっ」と悲鳴を上げて眉根をしかめたのにオロオロしていたら、手にしたままのスマートフォンから、法忍仁子の困惑した声が漏れ聞こえてくる。
『えっ。ちょっと待って……? 屋久蓑って……もしかして……ぶちょ……っ!? ええええええーっ!? 嘘でしょぉぉぉーっ!?』
大葉のすぐそば。痛みからか涙目で自分を見上げてくる羽理に、小声で「勝手に名乗ってすまん」と謝ったら「……大丈夫です」と何となく困ったような顔で微笑まれた。
「その……倍相課長にもバレちゃいましたし……仁子にもちゃんと伝えなきゃフェアじゃありませんから」
手放しに明かしたいわけではないようだが、どうやらそういうことらしい。
***
法忍仁子が落ち着くのを見計らって、大葉が羽理と懇意にしていることを打ち明けたら、仁子が妙に納得した風に、『ああ、言われてみれば羽理と部長、何か距離が近かったですよねっ♥』とどこか嬉しげに鼻息を荒くした。
そうして続けざま、『いつからですか!?』とか、『どちらから告白したんですか!?』とか矢継ぎ早に質問攻めが来て、羽理に携帯を手渡せないまま。
大葉は小さく吐息を落として、「いま悠長にそんなことを話していたら、会社に遅刻するんじゃないのかね?」と上司の顔でするりと躱すことにした。
途端電話の先から『あっ、そうだ! いま朝だった!』と慌てた声がして。
『あ、あのっ、屋久蓑部長! 時間がないのは分かってるんですが、ちょっとだけ羽理に変わって頂けますか? あの子ってば昨日早退してからそのまま音信不通になっちゃってるんで心配で……』
そこだけは譲れない、と言った調子で畳み掛けられた。
羽理の携帯電話は、羽理が大葉宅の風呂場に飛ばされてきてから長いこと電池切れでダウンしていたから、法忍仁子の言い分はもっともで。
朝になってやっと繋がったと思ったら、代理が出て本人が応答しないとあっては、彼女が羽理の安否を気遣うのも無理はないと思えた。
「もちろんだ。そもそも羽理の携帯でキミと俺が長々と話していること自体おかしな状況だしな」
大葉はすぐそばで自分を見詰めている羽理をちらりと見遣ると、画面をササッと服の袖口で綺麗に拭って、羽理に携帯を差し出した。
***
「もしもし、仁子?」
大葉から携帯を受け取って、恐る恐る応答したら『もぉー、羽理ぃー! メッセしても既読スルーだし、電話しても電源切れてるってアナウンスが流れるばっかだし……! 何の音沙汰もないからめっちゃ心配したんだよ!?』と、思わず電話を耳から離さないといけないくらいの大音量でまくし立てられた。
「ごめん! その……寝込んでる間に携帯の電源が落ちてたみたいで」
厳密にはずっと寝込んでいたわけではないが、そこは嘘も方便だ。
そもそも、今日も羽理は〝別の理由〟で仕事に行けるような状態ではないわけで……ゴニョゴニョ……。
「もぉ! しっかりしなさいよね!? ……そういえば、体調はどうなの? 余りにも連絡がつかないから私、昨日の夕方、ちょっとアンタの家、行ってみたのよ?」
「嘘……」
「嘘じゃないわよ。けど、羽理、チャイム鳴らしても出てこなかったでしょ? もしかして病院行ってた? それとも……ひょっとして寝込んでて出らんなかったとか!?」
もし後者だったら申し訳ないことをしたと謝ってくる仁子に、羽理は言葉に詰まった。