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そうして、その日の夜に森川さんと会う約束を交わし、『バイトが終わってからになります』と返すと、『終わった頃にカフェに迎えに行く』と森川さんにメールで返された私は仕事が終わってからも、カフェの店内で待っていた
「藍璃、お疲れ様。 じゃ、私は帰るね。私もデートだから、藍璃も森川さんと楽しむんだよ」
最後に小声で付け加えてからいつもよりお洒落な那奈はもう一度、『お疲れ様です。お先失礼しまーす』と店長や他の店員に届くように大きな声で言うと、足早に出て行った
……那奈がデートだからって、私はデートじゃない
森川さんに対する私の気持ちが、恋愛感情だとはまだはっきりと分からない
店の窓際の席に座り、スマホの時刻と窓ガラスの向こうの街を交互に見やりながら浮き立つ気持ちで森川さんの姿を待った
数十分後
カランと、ドアベルの音が聞こえてカフェの出入り口の方に顔を上げると私が待っていた人が入って来る
「……いらっしゃい」
店長がいつもは愛想が良いのに、どこか無表情でコーヒーをハンドドリップで抽出しながらそう挨拶した
森川さんは何故か不機嫌顔の店長に会釈しつつ私を見つけると、ふっと優しい笑顔になり、こちらに近付いて来た
私は跳ねるように椅子から立ち上がる
「待った?」
「いえ、全然」
私と森川さんの間に一瞬だけ、沈黙が流れる
「行こうか」
「あ、はい。店長、お疲れ様です。お先に失礼します」
私はカウンターの中にいる店長に、挨拶をする
「ああ、お疲れ。……気をつけろよ」
店長は、ちらっと森川さんを鋭い眼差しで見ながら案じた
私は“気をつけて帰れよ”と言ったのだと、解釈した
「はい。お疲れ様です」
「……出ようか」
森川さんに促され、私は森川さんと店を出た
秋の風が吹き随分と肌寒くなったビル街の中を、森川さんの背中を見つめながら歩く
……大きな背中だなぁ……
黒生地の細いストライプが入った背広がよく似合う、背の高い人
身長いくつぐらいだろう?
私と約30センチ差があるから180以上だよね
ぽうっと森川さんの背中を見ながら足を進めていると不意に森川さんが立ち止まり、振り返った
「ごめん。歩くの早かったね」
私は、自然に森川さんの隣に立った
歩幅の距離は、背の低い私と森川さんとでは圧倒的に違い、私はどうしても歩くのが遅かった
それから森川さんは、今度は私の歩幅に合わせて一緒に並んで歩いてくれる
一緒に、並んでる
あともう少しで、私の腕が森川さんの腕に触れる距離がむず痒い
アクセサリーショップや、ファンシーショップ、ブティックのお店が建ち並ぶ明るい街中を歩いて森川さんについて行くと、とある大きなビルに入って行った
見るからに、私のような人間が入れる場所ではない
出入りしている人達はそれぞれ立派なスーツを着こなしている
また落ち着かなくなった私を促し、森川さんはエレベーターホールに向かう
床と壁は大理石で統一されていて、天井にはやはり巨大なシャンデリアが存在していた
エレベーターを待つ間、私は森川さんに話し掛ける
「森川さん、ここってどういう所ですか?」
私はそわそわしながら、キョロキョロと辺りを見回す
「ビジネスホテルだよ。ここには、ホテルの他に美術館やレストランがあるんだ。今日はそのレストランに藍璃ちゃんと、と思って」
「私、こんな格好で入れないと思うんですが」
ホテルの中にあるレストランなんて行ったことないから分からないけど、恐らくそのレストランもホテルと同様立派な場所で、普通の私服では行けるような感じではないと思う
すると森川さんは、『心配ない』と言っているみたいに軽く笑った
「それは大丈夫だよ。藍璃ちゃんには一回、部屋で着替えてもらうから」