テラーノベル
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玄関の扉を開けると、柔らかな夕陽が差し込み、家の中にほんのり温かい光が広がる。
ひまなつ、こさめ、そしているまは、足早に家に入った。
いるまの表情は暗く、肩に力が入っている。
(……なんか、俺、もう……必要ないのか)
心の奥で、みことがすちに懐いていることを意識し、無意識に寂しさを感じていた。
ひまなつはその微妙な空気を何となく感じ取ると、そっといるまの背中に手を回す。
「……みことがすちに取られて寂しいんだろ?」
茶化すような口調だが、その手は力強く、いるまを包み込む。
「…はぁ!?」
「今まで、いるまとこさめが守ってきたんだよな」
ひまなつはそのままいるまを強く抱き締め、頭を優しく撫でる。
いるまは少し抵抗し、声を荒げる。
「離せ……!触んな!」
しかしひまなつの言葉は穏やかに、そして確かに胸に響く。
「これからは俺らがいるし?もう無理すんな。今まで本当に頑張ったんだよな」
ひまなつはさらにこさめの方を向き、手を差し伸べる。
「おいで」
こさめはためらうことなくひまなつに抱きつき、感情が溢れ出す。
「うわぁぁ……!」
涙が止まらず、声を震わせながら泣きじゃくる。
その光景を見たいるまも、胸の奥で溢れる感情を抑えきれず、声を殺して泣いた。
ひまなつは二人を包み込みながら、優しく背中を撫で続ける。
頑張った自分たちを労う時間――それは、兄弟として互いを守り、支え合うことの象徴のようでもあった。
ひまなつの腕の中で、こさめといるまはしばらく泣き続けていた。
すすり泣く声が次第に落ち着き、部屋の中に静けさが戻る。
こさめが袖で涙を拭いながら、ふっと小さく笑った。
「……いるまくんが泣いてるの、久しぶりに見た」
泣きはらした目で微笑むこさめの声は優しく、少し安心したようでもあった。
その言葉に、いるまは一瞬顔を上げかけたが、照れくさそうに眉をひそめる。
「……うるさい」
低く吐き捨てるように言うと、そのままひまなつの胸に顔を隠した。
ひまなつは何も言わず、ただその頭を包むように抱き寄せ、ぽん、ぽん……と一定のリズムで背中を叩く。
その穏やかなリズムは子どもをあやすようで、いるまの強がりをやさしく受け止めていた。
こさめはその様子を見ながら、涙と一緒に残っていた緊張がほどけていくのを感じていた。
「……なんか、安心するね」
小さく呟く声は、ひまなつといるまの胸の奥にも静かに響いていった。
「うるせぇ…」
ひまなつの胸に顔を埋めたままのいるまは、まだどこか拗ねたような空気を纏っていた。
吐き捨てる声は低いが、握られた拳は力が抜けていて、もう反発する気力は残っていない。
ひまなつはそんないるまの頭を大きな手で撫でながら、柔らかい声で返す。
「はいはい。強がりはもういいから」
「強がってねぇし……」
胸に顔を押しつけたまま、聞き取れるかどうかの小さな声。
こさめがくすっと笑う。
「素直になればいいのに。なつくんに甘えても怒んないよ」
「……甘えるとか、ガキじゃねぇんだから」
いるまはなおも反抗するように言うが、その指先はひまなつの服をぎゅっと掴んで離そうとしない。
ひまなつはその小さな動きを感じ取り、にやっと笑みを浮かべた。
「言葉と行動が真逆。可愛いなぁ」
「うるせぇ!」
声を荒げるが、顔はまだ胸に隠したまま。
しばらく押し問答のようなやり取りが続いたが、ひまなつがさらに優しい声で囁いた。
「もう頑張んなくていいよ。ずっと守ってきたんだろ?……今くらい、俺に頼れ」
その言葉に、いるまの肩がびくっと震えた。
こさめも息を呑み、黙って見守る。
「……お前、ほんっと……ずりぃよ」
かすれた声でそう呟いたあと、いるまはついに観念したように、ひまなつの胸に体重を預け、両腕でぎゅっと抱きついた。
ひまなつは驚いたふりをしながらも、優しく背中を包み込む。
「よしよし、やっと素直になった」
「調子乗んな……」
口では毒を吐きながらも、声はもう涙で震えていて、強がりは完全に崩れていた。
こさめはそんな2人を見ながら、目を潤ませて笑みを浮かべた。
「……やっといるまくんらしくなったね」
やっと素直に甘えられたいるま。
ひまなつに抱き締められたまま、こさめも加わって3人はソファに寄りかかっていた。
しばらくの静寂。
外の虫の声がかすかに聞こえる中で、ひまなつがゆっくりと囁く。
「……もう大丈夫。兄ちゃんが守ってやるよ」
その言葉に、いるまの指がかすかに震え、ぎゅっとひまなつの服を握りしめた。
「……俺らを捨てたら許さない」
かすれた声でそう呟いたのを最後に、疲れ切ったように目を閉じる。
「ん、わかってる」
ひまなつは小さく答え、いるまの頭を優しく撫で続けた。
その横でこさめも小さく欠伸をして、ひまなつに寄りかかりいるまの腕に抱きつくようにして目を閉じる。
「おやすみ、2人とも……」
やがて3人の呼吸はゆっくりと揃っていった。
ひまなつの大きな手が、2人の頭を交互に撫でながら動きを止め、最後には自分も眠りに落ちる。
リビングの灯りはまだついたまま。
けれどその空間には、久しく感じられなかった温かさが満ちていた。
寄り添う3人の寝顔は、どこか安堵に満ち、互いの絆を確かめ合うように穏やかだった。
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