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「――ま、俺も嫌がる女を無理矢理抱く趣味はねぇからな。とりあえず今夜は添い寝だけで許してやるよ」

それでもどうしても日和美ひなみのことを離したくないみたいにギュウッと腰を抱く腕に力を込められたから。


日和美は先程感じた罪悪感のせいでそれを振りほどくことが出来ないまま、グッと下唇を噛んで「……リビングでもいいですか?」と妥協案を提示した――のだけれど。


「リビングだったら狭いから布団一組しか敷けねぇな」


と、すぐさまニヤリとされてハッとする。


「俺はむしろその方が大歓迎なんだけどさ……。俺から距離を取りたい日和美的にゃあ寝室そっちんが都合がいいんじゃねぇの?」


小さく縮こまりながら信武しのぶの腕の中。不安そうな顔で彼を見上げたらそう続けられて、日和美はまたしても言葉に詰まって。


確かに信武の言う通り。

リビングより書斎も兼ねている寝室の方が断然広いし、布団だって余裕で二セット並べて敷ける。


そこまで考えて「え……?」と、やっと信武の言葉のに気付いた日和美だ。


恐る恐る背後のふすまを振り返って『立入禁止』の貼り紙が無事なのを確認した日和美は、その上で問わずにはいられなかった。



「もしかして……信武さん。こっちの部屋に入ったり……」


そうでなければ今のセリフは絶対に出てこないではないか。


フルフルと震えながらそわそわと信武を見上げたら、「俺の記憶が戻ったきっかけ。多分そこに入ったからじゃねぇかと思うんだけど」と続けられて。

その意外な分析に日和美は思わず「えっ」と大きく声を漏らした。


「ふ、不破さんはそんなこと……」


「しねぇって言い切れんの? ――お前、アイツの何を知ってんだよ」


茶化すでもなくじっと真剣な表情で見下ろされた日和美は、その雰囲気に呑まれて「しない」という言葉が言えなくなってしまう。


ついでボソリと信武が「大体ありゃぁ俺の……」と続けるから、それが気になって意識をそちらに引きずられて。


でも信武はそれ以上その続きを話すつもりはないみたいに口を閉ざしてしまった。


(ねぇ信武さん。不破さんは貴方の……何なの?)


気になるのに聞くのが怖くて聞けなくて。

日和美は信武に腰を抱かれたまま、キュウッと身体を固くする。


そもそも不破は出会った時からずっと記憶喪失だった。

日和美は不破の柔らかな物腰と外観は彼の真実の姿だと信じていたけれど、実際記憶を取り戻した彼――信武――は不破とは似ても似つかない全くの別人格で。


今更のようにそれに気が付いた日和美は、自分が不破についてこうだと思っていたイメージの全てに、何だか自信が持てなくなってきてしまう。



考えてみると、不破はいつもヨロヨロと日和美が寝室から不破用の布団を持ち出すたび、「僕が……」と口走っていたのだ。


日和美は毎回それにちゃんと答えることが出来なくて、ただ曖昧に「大丈夫です」としか伝えてこなかったのだけれど。

もしどんな理由で日和美があんなにもかたくなに寝室への入室を拒んでいるのか、是が非でも知りたいと不破が思ってしまったのだとしたら。


朝晩自分のため、重い布団を抱えてよろめく負担を軽くするという大義名分があったら、不破は簡単に禁を犯してしまいそうな……そんな気がして。


眉根を寄せて信武を見上げたら、信武が小さく吐息を落とした。


「ちなみに俺もこのアパートに。そこ、入ったから」


「ふぇっ?」


どこかに出かけていたような口ぶりもさることながら、至極当然のようにサラリと告げられた言葉に、思わず間の抜けた声を上げてしまった日和美だ。


「うそ……」


そんなこと一言も……。


そう続けようとして、日和美は不破――信武が自分のものだと告げた、キッチンに〝わざとらしく出しっ放しにされていた〟オフィスラブもののことを思い出した。


あれを日和美に見せたのは、立入禁止部屋の秘密を知っていると示唆しさするためだったのではなかろうか。


不破だったのか信武だったのか、今となっては曖昧なあの時の不破が、TLを肯定してくれて少しだけ気持ちが軽くなったのを思い出す。



「俺に言わせりゃ、見られてまずいモンなんかひとつもなかったぞ? けどな、十代やそこいらのガキじゃあるまいし性描写があるモン好んで読んでるからって、どうってことねぇだろ」


さらりとそんなことを言い募った信武に「でもっ」と耳まで真っ赤にしたら、クスクス笑われてしまう。


「今度俺のコレクション見せてやろーか? お前のTL本なんて可愛く見えるよーなえげつねぇのだってゴロゴロしてっぞ?」


何でもないことみたいに「仕事柄」と織り交ぜられて日和美はハッとする。


「あ、あのっ、信武さんのお仕事って……」


今更またその話を蒸し返したら、「TLやBLにしか興味がねぇのかも知んねぇけどさ。お前も本屋の店員ならの名前もある程度は知っといた方がいいと思うぜ? 大体俺、お前んトコの勤め先に近々……。ってまぁ、そりゃあ今はいいか」と意味深に微笑まれた。



***



「明日も仕事だろ。寝るぞ」


何が何だか分からないうちに手を引かれて、何の躊躇ためらいもなく『立入禁止』の貼り紙がしてある和室の引き戸を開けられた日和美は、知られていると分かっていてもやはりオロオロせずにはいられない。


「往生際わりぃーぞ、日和美。俺、お前が萌風もふもふの熱烈なファンだってことも知ってっから安心してこっち来い。っちゅーか今更些末さまつなことでいちいち狼狽うろたえんじゃねぇよ」


敬愛する萌風もふもふ先生のことを名指しされて、思わず「ひっ」と引きつった声が漏れてしまった日和美だ。


(どうでもいいですけど、些末とか日常会話で使う人、私、初めて見ましたよ⁉︎)


混乱する余りどうでもいいことを思いつつ。


そこまで知られているということは、ちょっとこの部屋に入りましたよという感じではなく、棚に並んでいるアレコレをじっくりガッツリ眺められたとしか思えないではないですか!と、日和美は今更のように思い至った。


「お、お読みになられたのですかっ」

(私の濡れ恋コレクション!)


「は? バーカ、読んでねぇわ。自分テメェが大事にしてるもん、他人ひとに勝手にベタベタ触られんの、嫌だろ」


動揺の余り思わず敬語で語り掛けてしまった日和美に、信武が意外にも気遣いに満ちあふれた言葉を返してくるから軽く驚かされて。


その上で「まぁ読んではいねぇけど……萌風もふとは色々縁があっからな。書いてある内容は大体知ってんだよ」と不敵に微笑まれたから堪らない。


日和美は今度こそ大きく瞳を見開いた。


「えっ⁉︎ えっ⁉︎ えっ⁉︎」


(信武さん、もしかして萌風もふもふ先生とお知り合いなのですか!?)


長年の――それこそ萌風もふもふ先生のデビュー当初からのファンとしては、「そこ、もっと詳しく!」案件なのだが、信武にとってそれは〝些末なこと〟だったらしい。



「ほら、んなこたぁどうでもいいからさっさとこんなか入れ。湯冷めすんだろ」


ぐいぐい手を引かれて、気が付けば布団の中。


頭上をズラリとピンクの背表紙に囲まれた部屋で、信武に押し倒されていた。


そうして当然のように彼も一緒の布団へ入り込んでくるから。


「ちょっ、ちょっと待って、ちょっと待って!」


「なんだよ」


「も、もうひと組の布団はっ⁉︎ 何で敷こうとしないの!?」


そもそもこの部屋で寝るだの何だの押し切られたのは、それがあったからじゃなかったですかっ?


不破が使っていた布団は部屋の片隅。綺麗に畳まれて置かれている。


(あれをこっちに持ってきてスルスルッと伸ばしたら……あっという間にもう一組の布団の設置、完了しますけどね⁉︎)


声にならない悲鳴を上げながら懸命に信武を見上げたら、「あー? だっていちいち敷くの面倒くせぇじゃん。こうやってくっ付いてる方があったけぇし、このままで構わねぇだろ」とか。


まるでそうすることが当然かのように背後からギューッと抱きすくめられて、日和美は息もできないくらい心臓がバクバクする。


ちょっと、さすがにこれは話が違います!

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