「お前誰だ」 それは、私の初恋であった。
『獣人』それはただ、一人の主人に従うものであった。今から五千年前ほどの話であろうか。私は五人暮らしであった。それは、血の繋がりがある者たちではなくただ、寄せ集めの家族であった。そんな私の家族は、一人一人個性が強かった。母は穏やかで、あまり人に喋りかけようとはしない。父は臆病で、いつも自分のことしか考えていなかった。長女、私はいつも『この状況、どこかで見たことがある』と、感じる。妹は頭の良い子であった。いつも私が悩んでることなど解決して、みんな妹を褒める。だから、私などいる意味があるのか?と考える日々だ。最後の妹、末っ子はとてもいやらしい。例えば、人の途中までやったことをまるで自分がやったかのように人に見せ、自分が褒められる。そう言う人だ。
そんな私達の名前は、母プルヘン、父チョボリダ、長女、私はシン、妹ウス、末っ子チェジョ、みんな正式な名前は無い。必要ないからだ。そんな私たちは母と父以外、国から支給されるお金のおかげで学校には通えていた。毎日が幸せで楽しかった。だけど、ある日異変を感じたことを忘れるはずも無い。全てはここから始まったのであるから。学校の廊下を何気なく歩いていた時、私は校庭を見ていた。右耳から何やら小さな声が聞こえて来る。 「あいつら、気づいてないっすね。あの獣人の主人、早く殺してくダセェよ。」 話の内容は分からず、ただ頭の中に保存するだけであった。だけど、『獣人』それの表すことだけが、校庭を見ている私は分かった。 「彼はあそこにいる。」 それは、『狼』であった。 青く美しい毛並みには逞しい筋肉がついていた。また、その筋肉には背中全体に大きく掘られてた花のタテゥーがあった。そんな彼の一番の魅力は、瞳であった。黄色く美しい瞳は、月にさえも負けないほどであった。そんな瞳と目があった私は軽蔑された。目を細め私を見つめる狼の瞳は『怪物』と私に言うかのようであった。それから何分経っただろうか、授業の号令のチャイムが廊下中に鳴り響いたのだ。私はそれに反応し、見つめあっていた狼との目を途切らせ無我夢中で教室に向かった。だけど、向かう途中も彼のことを考えてしまう。
もう、手遅れだったのだ。こんなことは初めてであったのだ。初めての気持ちそれは、心が締め付けられるかのように苦しくまた、心臓の音が大きかった。
次の休憩時間、私は校庭を見たがすでに彼はいなかった。私は自分に仕方ないと言い聞かせると共に、授業、魔法の復習をすることにした。この世界には魔法が存在する。だけど、私には無い。寄せ集めの家族だって、学校の奴らもみんなみんな小さな魔法ぐらいは使えた。私は違った。なんの属性も持っていない私は人間以下の価値なのだと分かっていた。だけど、私は受け入れられなかったのだ。 「彼ならこんな私を受け入れてくれるのかな…」 気づけば一人言っていた。私、馬鹿だな。こんな無力な私を受け入れてくれる人などこの世界に存在しないことなどとっくの昔に知っていたことなのに。なのに、気づけば私の足は校庭へと足を運んでいた。息が荒くなり砂埃の経つ先にいたのは彼ではなく、一人の女性であった。その時私は一目でわかった。彼女こそが彼の主人。そして、恋人なのだと。憎い、悔しい、悲しい、羨ましい、その気持ちが混ざり合った私の腕は、気づけば彼女の首を絞めていた。
その時、自分が自分でないかのように感じた。そして次の瞬間、私の背後には彼がいた。彼は私に刃こぼれ一つ無く、美しく輝き彼の毛並みを映し出す槍こそが私をめがけて襲い掛かる。彼だ。そう思った瞬間、私は我に返り痛みを感じた。自分の分かる範囲で言えることは、血の海だ。私の首には長く逞しい槍が突き刺さっている。私は空を見上げて体が動かない。ただ痛い。声も出せない。ただ、彼が彼女を抱き抱えて泣いていた。そう、私は自分が刺される前に彼女の首の骨を折ったのだ。自分でもあり得ないほどの力が漲ってきたことから一瞬であった。泣く彼と血に浸る私とは大きく違う。 「お前だったのか、内通者」 違う。そう言いたくても言葉は私の喉から出なかったのだ。どれだけ彼に問われても私の喉が開くことはなかった。「私死ぬんだ。」死など怖くなかった。こんな世界に生きている意味などないと思っていたからだ。だけど、もう死ぬ。その言葉が今、この一瞬一秒一秒が怖くて怖くて仕方ない。私、喉を刺されいるというのに、一つも意識が遠のかない。
『私は本当に怪物なの。』私の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。今まで涙など流したことがなかった。もっと言えば、表情を変えたことが無いと言えるほどだ。最後ぐらい、人間らしく死ねるのかな。そう思うと共に私はゆっくりと目を閉じると、暗く何も無い世界へと入っていった。だけど、私は死ねなかった。次の瞬間、目を開くと私の体は自由自在に動かせられたのだ。喉に刺さっていた槍は地面に落ち、傷は無かった。その現象に驚く彼は私を警戒していた。
そして、私は気づいた。『涙』それが私の生き返る源なのだと。私の涙が流れ落ちた地面には美しく可憐な彼岸花が咲き誇っていた。
私は一か八かで彼の持つ彼女に近づいた。そして私は槍を持ち自分の指を切った。そしてゆっくりと血を唇へと触れさせた瞬間、地面に叩きつけられた。息ができない。苦しい。だけど、私は死ななかった。彼が私の首を絞め始めるとともに、抱き抱えていた彼女は徐々に意識を戻し目を開いた。そのことにすごく驚いた彼は泣き出したのだ。本当によかった。私はこの時気づいた。私の体内こそが私の『魔法』なのだと。昔図書館で読んだことがあった。神だけが使える魔法とやらを。それは、生まれた時から使えるわけでは無い。ピンチを迎えた時、または、新たな自分が生まれた時に、本当の姿、力が見られると。だけど、私の使える力は一つだけ。だから、私は違う。それから私は抵抗一つせずただ、その場に立ち尽くすばかりであった。「私が彼を愛する権利などない」私は立ち去ろうとしたその時、背後から聞こえてきた。 「あなたは神か?」 違う。私は神じゃない。もし私が神であろうと、これ以上苦しむのは懲り懲りだ。例え私が神であろうと、痛みは感じる。人と同じ痛みをこの体で感じるのだ。だから、私は何も答えなかった。そしてただ涙を流すだけ。私は怪物なのだと。そして獣人は言った。 「俺は、イリ・シムブルムだ。そしてこの方はカン・アルムダウォヨ様。俺の主人だ」 なにをいいたいの。私への当てつけ?私の顔は気付かぬうちに怒りへと変わっていた。そして、アルムダウォヨは言った。 「ちょっと、君には言いにくいのだけど、この獣人の狼は鼻が効くから君の感情丸見えだよ。だから、君がこのイリを好いていることも丸わかりなんだ。あっ、私は彼女とかじゃ無いし。旦那いるし。もっと言えば娘いるし。」 私の頭の中は真っ白へと変わった。まるで、記憶喪失になったかのように呆然と固まった。今まで私が嫉妬してきたものなどは全て感じ替えであったのだ。そして私の耳は赤く落ち葉色に変わるとともに耳を押さえた。そして耳を押さえながら呟いた。 「シン。」 それは私の名前であった。シン、それは一番お気に入りの絵本の題名だ。『シン』その絵本は神と悪魔の物語である。私はその絵本が大好きである。破れてもテープで直しいつまでも大切に持っていた。そんな絵本の名前を自分の名前にするなど当然寄せ集めの家族にも学校の奴らにもみんなに笑われ馬鹿にされた。それが悔しくて悔しくて仕方がなかった。
『いつかあいつらを驚かせるほどの魔法を使ってやる。』そう思いながら生きてきた私は報われなかった。私は生まれつき魔力がなかったのだ。だから、周りの奴らがみんなみんな自慢して喜び合っている中一人涙を流していた。なんでいつも私だけ。そうだ。いつも私だけが悲しい目に遭う。
こんな世界クソほど嫌いだ。嫌いだからこそ、本当に神がいるのならばこの世界を変えてほしい。そう思って生きてきた。いや、心のどこかでは分かっていた。この世界に神などいないことを。だけど、信じたかった。この世界には神が存在しており、また、悪魔さえもいると。だけど、今日今この一瞬にして理解した。この世界は『壊れている』んだと。この世界は、『間違っている』のだと。私の目からは涙が止まらない。そんな私を見たイリは言った。 「笑っていろ。」 その言葉を理解出来なかった。私は笑うことなどできないのであるから。笑えと言われても笑うことができない。そんな私に何を問うのか。彼は知っているはずだ。私の表情が変わらないことを。私がいかにも嫌な顔をしていたのか、彼は笑いながら言った。 「嫌がっている顔も可愛い。」 私の顔は赤くなった。この獣人は何を言っているのか。そして続けてこう言った。 「お前と目が合ったあの瞬間、俺お前に惚れたんだ。美しく揺れる白い髪に輝く瞳が愛おしかった。これって、一目惚れ?って言うんだっけ」 とても照れくさそうに頬を赤く滲ませた彼がいた。あの時、あの瞬間、私と彼は同じ気持ちであったのだ。そのことを知り、私は笑うことも泣くこともなくただ、笑顔でいたのだ。そして、イリは思っていたのだ。あの時、イリを見るシンは自然と微笑んでいたことを。それは決してうるさい笑いでも、ただ呟く笑いでもなく、華麗に一人微笑みだけを浮かべていたのであった。 「私も。あなたが好き」 その言葉は迷いなく口からこぼれ落ちたのであった。それからは楽しい日々であった。学校で嫌なことがあろうとカン様とイリ様は私のそばへと寄り添ってくれたから。誰かに優しくされることなど生まれて初めてであった。寄せ集めの家族は皆バラバラである。結局は家族になる気が一つも無いと言うことだ。だからこそ、私にとって二人と過ごしていられる時間は尊くまた、あっという間に過ぎるものであったのだ。だが、こんな幸せも長くは続かないんだろ。私の妹、チェジョは仲の良い私たちのことが気に食わなかったため、村人たちに私が神だとバラしたのであった。一週間前、私はカン様とイリ様と改めて話したのであった。 「シン、あなたは分かっていないけど、神なの。」 あの時と違うこの状況はとにかく理解が早く出来た。私はあの時あの一瞬で神へと変わったのである。だが、あの時以来私の力は使えない。あのような力が漲ってくることも、血に回復の力があるわけでもなくただ、前の自分へと戻ったのであった。だけど、それも神であるため仕方ない、とカン様は言った。その会話を盗み聞きしていたのは間違えなく妹であった。
最近よく早くに出かける私が怪しいと後をつけたらしい。そして真実を知ったチェジョは村人たちへと言った。だが、その選択は間違えであった。生まれつき脳みそがスカスカであった妹チェジョは殺されたのである。チェジョが思っていたより村人たちは頭が悪かったのだ。神の家族であれば、皆神の力が使える。そう考えたのであった。そして村人に伝えたチェジョはすぐさま手足を紐で括り抵抗出来なくすると、首を切り落とされたらしい。
首は山神へと捧げ物とし置いておく。体はもう要らないため、村人たちが食べるのであった。チェジョを殺した後、すぐに村人たちは私の家族を殺しに行ったと聞いた。狂ったかのように皆必死であった。この世界は神を愛している。だが、この世界のこの村人たちは神を嫌っている。だからこそ、この村で神が生まれたのであれば殺されるのは分かっていたことであった。
イリ様から私を村人たちが探していると聞き、すぐさま家へと向かった。行く途中になんども血を見た。鉄の香りも漂ってくるこの村で、私は必死に家へと向かった。そのうち鉄の匂いは強くなって行き、気づけば自分の家の前へと立っていた。ドアは壊された家の中は血まみれ。家族は一人も取り残されていなかった。ただ、私は恐る恐る家の中へと足を踏み込んだ。ギシギシと音のなる床を歩きながら私は鉄の香りを感じる。ここは地獄だ。そう思った。私は思い出を蘇らせるかのようにゆっくりと周りを見渡しながら歩いた。思い出などとっくの昔に無くなっていたのに。そんなことを考えている時、昔から入るなと怒られていた地下室の道を見つけた。そこは、母だけが入れる部屋として言われていた。ただし、鍵がない鍵がない限りここを突破することは不可能だ。そう思った。
だが、地面を見渡すと、少し光っているように感じたのだ。光っている元へと一歩ずつ歩いていくと、そこには母の腕と鍵だけが放置されていた。私は母の握っている手から鍵を奪い取ると恐る恐る離れた。ここに腕を取りに帰ってくる可能性がある。そう悟ったのだ。そのため早く体を動かし逃げなければいけない。そんなこと分かっている。だが、私は見てしまった。それは、床に血で書いてあった。
曖昧ではあるが、私にはこう見えた。『シンなんて産まなきゃよかった、死ねよ』それはどうせいつも思われていたことだと分かっている。だけど、いざ本当に書いてあるととても心が苦しく、痛くて。だけど、目から涙は流れなかった。今私はどんな顔になっているんだろう。私は逃げないといけないと言うのに、その場から動けなくなった。まるで、身体中に人間の死体が乗っているかのように重く、体が震えた。その時、背後から抱きしめられた。誰かわからない。もしかしたら村人かもしれない。心臓の脈が速くなったことが分かる。だけど、強く抱きしめるその温もりは間違えなくイリ様であることがわかった。 「もう、無理するな。お前は頑張った。」 その言葉に救われた気がした。目からは涙がこぼれ落ちた。そして泣いている私の頭をイリ様は優しく撫でてくれた。それは、とても気持ちよく、とても安心出来たのであった。私はイリ様に抱きついた。これ以上家族、友人を失いたくない。その気持ちが私の心を大きく動かしたのであった。