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エレベーターが開ききる前に降り、走って部屋を目指した。大急ぎでインターフォンを鳴らしたが反応はない。
やむを得ず俺は少々乱暴に鉄扉を叩いた。「律さん、律さん? いらっしゃいますか?」
まだ返事が無いので、再び声を掛けた。「倒れていませんか? 大丈夫ですかっ!?」
夜遅い時間だから管理人はいないだろう。どうしたらいいかを考えた。鍵屋に言うのがいいのか警察に言うのがいいのか――もう一度電話してみようと思ったところで、カチャリと玄関の施錠が解かれる音がして扉が開けられた。顔色の悪い今にも倒れそうな空色が顔を出した。
「律さん! ご無事でしたかっ! 電気も点かないし、連絡も取れないので、途中で倒れられたのかと…。良かったです」
心底安堵した。良かった。彼女が無事で、本当に良かった。
「ご心配をおかけしてすみませんでした。電気を点ける前に、眩暈がして動けなくなってしまったので…」
「いいえ。体調が悪い律さんをマンション前ではなく、最初から自室前まできちんと送り届けるべきでした。電気が点いたのを確認したら帰ろうと思っていたのですが、一向にご帰宅の気配がないので心配になり、電話しても出られなかったので駆けつけてしまいました」
俺の顔を見て、空色も安堵の息を吐いた。しかし上手く自分の身体を支えられずにバランスを崩して俺の方に倒れ込んできた。
「す、すみません。ちょっと立ち眩みが…」
「大丈夫ですか? 許可して下さるなら、少しだけご自宅にお邪魔してもよろしいですか? もう少し顔色が良くなるまで、お傍にいます」
空色をしっかり抱きとめると、彼女のつけていた香水がほのかに鼻孔をくすぐる。手を伸ばせばすぐ手の届く所に空色が――この手の中に、彼女がいる。
離れなきゃいけないことはわかっている。でも離れたくない――……
俯いていた空色が顔を上げて俺を見つめた。不安そうに揺れるまつ毛、震える唇。そっと口づけて、俺がずっと守ってやりたいと空色への溢れる思いをつげてしまいたい。
俺で良かったら傍にいる。苦しい時は必ず俺が支えてやる。
お前が望んでくれるなら俺はどんなことでもしてやる――思わず両手で包み込んでしまいそうになるのを、寸前で堪えた。
恋というのはやっかいな代物や。
俺みたいな男がこんな風に誰かを想い、翻弄させられるなんて。しかも旦那持ちの女に。
実らない恋を諦めるどころか、妊婦になった彼女をまだ諦められないなんて。あんなに院内でショック受けたところやのに。
こればかりは時が解決してくれるのを待つしかない。
心が落ち着くまでは時間が必要なのだ、と。
彼女を支えながら部屋に入った。ソファーまで運んで空色を降ろした途端、急に手洗いに立った。一度戻ってきたが再度手洗いに入ってしまった。ずいぶん辛そうだ。
俺にできることはないかと思っても、彼女の痛みを和らげさせる方法もないし、ましてや他人の俺がいつまでもここにいるべきではないだろう。しかし勝手に帰るわけにもいかないので、しばらく待ったが彼女は戻らない。
「ご気分はいかがですか?」
心配で手洗いの扉越しに声を掛けた。
『はい。もう大丈夫です』
俺に気を遣って慌てて中から出てきた。やっぱり顔色が随分悪い。
「あまり大丈夫な顔色ではありませんよ。律さん、無理はいけません。寝室まで行きましょう。付き添います。早く横になった方がいいです」
俺の言葉に、空色は戸惑っている。
「緊急事態なので、失礼しますね」
「きゃっ」
思いのほか、彼女は軽かった。「軽いですね。これからしっかりお食事して、体重を増やさないといけませんよ」
寝室の場所を尋ねてそこへ向かう。入ってすぐに綺麗なフォトフレームに収まっている写真の白斗(おれ)と目が合った。ファンクラブ限定の通信販売だけで売っていたグッズ。結構なセクシーショットを要求された、上半身裸のヤツ。
こんな写真を買った上にまだ持っているなんて……。驚いた。
他にもある。寝室にはRBのアクセ、更にベット付近の下には非売品のアウトラインに送った『アウトライン様へ』と俺が書いたRBのサイン入りポスターが額に入れて飾られていた。モリテンに送ったものだ。こんなところにあったなんて。
なあ、空色。
お前、十年前からなにも変わってないんやな。
いや、十年じゃない。解散して六年経つから、もう十六年になる。
旦那と結婚してんのに
未だに俺(はくと)のこと
めっちゃ好きやんか――